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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-47.February 2016
233/500

(3) 伝染(うつ)る

【お題】黄、先例、危険

 事件は始め、その国で起こった。二本の河と幾つかの支流が各地を分ける、内陸の小さな

途上国であった。

 始めはごく一部の者達が目撃し、報告された症状であった。

 何の前触れもない。少なくとも彼らにそんな自覚はない。ただはたと目を遣ってみれば、

その顔面や腕、身体のあちこちが黄色くくすんだ痣に蝕まれていたのだった。

『お、お前。一体どうしたんだ……?』

『? 何を驚いて──』

 恐怖であった筈だ。まるでメッキの剥がれた人形のように、黄色くくすんだ痣を持った相

手がこっちへと近付いてくる。

 ひっ……!? 彼らは思わず喉を詰まらせ、悲鳴を上げた。目がぼやっと虚ろになってさ

えいるように見える。

 伸ばされた手。

 それはまるでまだ罹らぬ正者を求め、引き摺り込むかのような──。

『う……うわぁぁぁぁぁーッ!!』

 掴まれ、咄嗟に突き放した。どうっとこの痣の相手は倒れ、ぐぐっと数拍悶えていたが、

やがてそのまま動かなくなった。

 ぐらぐらと瞳が揺れる。ただ触れただけなのに。なのに、どうしようもなく「恐れ」とい

う感情が自身を鷲掴みにして離さない。

『──っ!?』

 恐る恐る手首を見た。今し方、彼に掴まれた部分だ。

 じわり。痣がそこには生まれ始めていた。まるで“感染”したかのように。じわじわと痣

は、静かな狂気を連れてこの男を蝕んでいく。


 今となっては確実なことは言えない。

 だが、人々の証言を遡っていった限りでは、こうした「初めて」のケースが国内の数ヶ所

で確認されている。それらは何処も河口部──国外へと繋がりうる地域での出来事だった。


 伝染する。

 その「初めて」は大よそ共通点を持っていた。

 一つは顔などに出来始めた痣。次にこの痣はやがて本人の全身へと広がっていき、やがて

他人を求めて、まるで熱に浮かされたように彷徨うようになる。

 彼らは襲い掛かった。人々もその豹変に驚き、力を尽くして抵抗しなければならない。

 だが触れてしまっては駄目なのだ。その痣に触れてしまえば、やがて自分自身もその狂気

に呑まれてしまう。

 感染する。

 はっきりと目に見える恐怖だった。そしてそれは、初期の感染者の多くが近隣諸国からの

移民であったことが更に事を大きくさせる結果となる。

 折りしも、内海を挟んだ隣国らの間で、武力衝突が起こっていた最中であった。その事が

人々の恐れと確信を強固なものとした。

 ──あれは、内海の外むこうからもたらされたモノだ。

 ──あれは、戦争が始まるとなって撒き散らされた細菌兵器だ。

 ──あれは、内海うみを越えてこの国にやって来る。

 実際、疑いの目を向けられたのはこの紛争によって祖国を追われた難民達だった。

 ただでさえ、そう裕福な国でもないのに彼らの助けには──人道的には応じなければなら

ないし、衣食住も用意する必要がある。……だが、繰り返すがこの国はそう裕福ではないの

である。政府が救いの手を差し伸べようと、差し伸べるべしと内外から圧力を加えられ実行

に移す度に、元よりこの国に暮らす人々にしわ寄せがいった。

 ……だからこの時期、このタイミングで人々に“伝染”していったのは、最早必然の結果

であったのかもしれない。

『何故、政府はあいつらを庇う?』

『この病気は、あいつらが持ってきたものなんじゃないのか?』

『追い出してくれ! これじゃあ安心して暮らせない!』

 押し寄せた余所者への反発。事実人々の間に広まっていったこの正体不明の伝染病。

 国民らは政府要衝や各地に大挙して怒りの声を上げた。中には実際、この痣によって気を

確かにできなくなり、傷害や殺人にまで手を染めてしまった者の親族もいる。

 ──奴らを追い出せ! ぶちのめせ!

 故に、暫くしてそんなうねりにいち州知事は折れた。彼らの要求の通り──名目上は件の新型

伝染病を排除する為として──この地域に流れてきた難民達を強制的に排除し始めたので

ある。

 ──何故? 何故俺達ばかりが?

 ──当然だ。お前達がこの災いを連れて来た。

 双方の身体に痣が出来始めていた。そんな感染の広がりを人々は、役人達は見ていた。

 そして先の州知事傘下の報道官は会見を開く。州知事自身も政府に働きかけ、事態がこち

らの想定以上に深刻化している可能性があると直訴に出向いた。

『調査の結果、今回感染が広がっている症状は過去例のないものです。……抜本的な治療法

はまだありません。とにかく痣に、触れないようにしてください』


 実際の感染よりも、いちとはいえ権力の認めたその言葉は大きな影響力を誇った。

 何より、人々は恐れたのである。人を狂気に苛ませ、凶行にさえ駆り立てさせる謎の伝染

病。その原因として一番濃厚とされた、内海の外むこうからの難民達に彼らは最早剥き出しの敵意

を隠さない訳がなかった。

 ──出て行け!

 ──この疫病神め!

 難民達は、潜伏先を見つけられる度に武装した人々に追い立てられ、さんざに打ちのめさ

れた。それだけではない。これ以上感染が広がらないようにとその身に火を点けられ、文字

通り“処分”され始めたのだ。

 何たる迫害か──。だが難民達かれら自身、彼らの反発を抑え込めるだけの証拠、材料を持ち合

わせてはいなかった。

 実際、同胞が狂っていく。逃げ延びたこの国の人達が狂っていく。

 本当に“感染”したというのか……? その謎の病というものに? その原因が自分達の

祖国にあるというのか? だが確かめようにも、その当の祖国らは今現在進行形で砲撃を交

えて殺し合い、どうエスカレートしていてもおかしくはない。おかしくは……ない。

『感染の疑いが認められた方は、緊急ではありますが、こちらで隔離させていただきます。

目下最善の治療法を調査中ですが……もしもの時は……』

 そして月日は重なる。狂気に呑まれた人々はゆるりゆるりと比例して増えていく。

 更に難民達かれらにとっても受難であったのは、そんな強硬策をこの国の政府が方針として採り

始めたことにある。

 ……一向に明確な原因も、治療法も見つからなかったのだ。

 だけども実際に、この新型感染症によって狂い、様々な凶行に走る者達が後を絶たなかっ

たのだ。追いつかない。故にそれが強権的で、乱暴な手であるとは解ってはいても、人々の

安全確保の為にはそうするしかなかったと言うのである。

『ひっ! た、助け──』

『大人しくしろ! 両手を後ろに組んで跪け!』

『連行する。痣を、確認させて貰うぞ』

 直接触れぬよう分厚い防護服に身を包んだ当局の人員が、市中の難民達──人々を毎日の

ように確保しては連れ去っていく。


 街は死んだように静かになっていた。

 誰もが他人あいてを疑い、痣はないと示そうにも露出すればいざ触れてしまうかもしれないと着

込むを得ず、ただ各々に閉じ篭る。


 ***


「──こいつは酷いな」

 事の発端から、半年以上が経った頃である。

 事態を重くみた国際機関から、ようやくこの国へと調査団が派遣された。そして彼らが踏

み入れた先で目撃したのは……荒廃したじごくであった。

 市中を、肉を焼いたような異臭が覆う。

 手入れを放置された家屋は何処もかしこも痛みが激しく、通りを行き交う人間は皆無と言

っていい。例外があるとすれば──彼らもまた事前に着込んでいたが──防護服姿で厳戒態

勢に当たる当局の兵達の行進くらいである。

「こりゃあ本格的にイッてますね。普通人間をそのまま焼くなんてしないでしょ。それも国

策だなんて」

「ああ。……だがまぁ、それは近い内に上が直接政府を質すさ。俺達はとにかくこの現地で

の記録を撮って帰ればいい」

 防護服を着ろと再三命じられて渋々袖を通したが、これでは傍から見ればあの兵達と同じ

だと見られてしまうだろう。調査団の面々は総じて陰気な心地でぎゅっと唇を噛んでいた。

今この国には、ある深刻で遍在する「病」が満ちている。

「見つけたぞ!」

「捕まえろ! 絶対に逃がすな!」

 そうしていると、途中遠巻きで当局の一団が慌しく駆けていくのが見えた。どうやらこの

日も野放しの感染者が見つかったらしい。その当人らしき、ボロ切れを纏った少年が一人、

必死の形相で逃げていくのが見える。

「……隊長」

「ああ。やっぱり“彼らは被害者”だよ」

 少年が追われている。だがその顔は多少黒い肌ではあったが、病の症状とされる黄色い痣

は一点も無かった。

 それでも、当局の兵達は血眼になって彼を追っている。フコーフコーと防護服の下から息

を切らし、構えた火炎放射器のノズルを引いて発射──この少年を火だるまにして焼き殺し

てしまう。

「……ずっと、こんな事をやっているのですか」

「? ああ、調査団の皆さんですか。お話は上より伺っております。ご安心を。感染者の拡

大は我々がこうして水際で防いでおります」

 ざりっ。一行はこの兵達の方へと歩いていき、彼らと会釈を交わした。とりあえず眼前の

脅威を排除し終わった安堵感なのか、背後に消し炭になった元少年にくかいを置き去りにして、彼ら

のリーダー格がガコッとその面を取る。

「ですが市中ではなく、政府庁舎へおいでになられた方が情報は集まっているかと……」

 その瞳は、文字通り黄色くくすんでいた。痣のように眼球を侵食し、こちらに笑い掛けて

くるその表情かおを狂気の如く感じさせる。

「……。ええ」

 一行は言わなかった。まだ言ってはならなかった。

 どうなってしまうのだろう? この先、どんな混乱が待っているのだろう?

 元々伝染っておかしくなっていたのは彼らであって、難民達ではなかったのだと知ってしまったら。


 謎多き病だ。ある意味深刻で、だが且つ常に我々の中に遍在している病である。


 それでももし仮に言葉にするなら、即ちそれは「テキイ」であり「サベツ」であり、或い

は総じて「アクイ」と呼ぶべきものである。

                                      (了)

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