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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-46.January 2016
230/500

(5) 害蟲

【お題】虫、幼女、雷

 その日光が消えたのは、女の子が家族と夕食を囲んでいる時でした。

 何の変哲もない光景。そんなさまが次の瞬間、パチンと文字通りスイッチを切ったかのよ

うに暗闇で覆い被されてしまいます。

「わっ!?」

「停電……? あなた、姫香、お爺ちゃん、無事?」

「ああ。平気じゃよ」

「わ、私も」

「はぁ……またか。皆、そこでじっとしてろ。様子を見て来る」

 暗がりの中、母親が呼び掛けてくるのが聞こえました。女の子とお祖父ちゃんが、一大事

である筈なのに何処か落ち着いた様子で答えます。

 嘆息。すると彼女達をその場に留めて、父親がガタッと立ち上がる音がしました。まだ目

か利いてくれない中、慎重に両手で周りの障害物を確認し、ゆっくりとキッチンから一人隣

の部屋へ奥の部屋へと歩いていきます。

「あ~……。やっぱまた“蟲”っぽいな。うち以外も軒並み消えちまってる。ちょっと待っ

ててくれ。今ロウソク持ってくるからな」

 居間のガラス窓から目を凝らし、父親が言います。

 辺りは一切の、自然の夜闇で、すぐ近くで同じように灯っている筈のご近所さんの電気

も全て消えてしまっていました。

 嘆息。それはげんなりという感情にとても近いものです。

 暗がりの向こうから言い、またトントンと居間の中を移動すると、彼は手探りて棚の中か

らロウソクと携行用の燭台しょくだいを取り出しました。同じく中に入れておいたマッチ箱の側面を指

先で確認し、すっかりこなれた様子で火を点けます。

「ほいよ。お待たせ」

 ロウソクに点した火がほんのりと辺りの暗闇を照らし、燭台に乗せたそれを持って父親が

戻って来ました。

 トン、とテーブルの上に置きます。

 この明かりに女の子を含む家族全員がそっと身を寄せ合い始め、且つ彼は引き続き踵を返

すと、この明かりを頼りに今度は食器棚の引き出しから二本の懐中電灯を取り出しました。

「……また、発電所かしらねえ」

「だろうなあ。全く、いい加減根本的な解決策はないものか……」

 もしこの停電が全くの偶然ならば、彼らはもっと焦っていたでしょう。

 ですがもう、この村もこの街もこの国も、こうした事態は今やすっかり日常茶飯事のもの

となっていました。

 故にこの女の子の家でも、いざという時の備えや場数は十分に踏んでいて。

 特に夜──光輝くものが限られてくる時間帯に、こぞってそれらはやって来ます。

「ねぇねぇ。やっぱり今日も“蟲”さんなの?」

「ああ。多分そうだろう」

「……姫香。一応言っておくけど」

「じゃあ行かなくっちゃ! でんとー借りて行くね?」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 だから女の子はぱぁっと顔を明らめてテーブルの上の懐中電灯を一本取ると、部屋を飛び

出していきました。母親が眉間に皺を寄せて留めようとする声も聞きません。



 思った通り、外は真っ暗でした。どの家も電気が消えて──届かなくてじっと暗がりの中

に息を潜めています。

 ですが彼女にとっては勝って知りたる我が村。女の子は懐中電灯の明かりを頼りに、時折

雲間から差してくる月明かりにも助けられ、田んぼと畦道ばかりで構成された村のど真ん中

をトテトテと走っていきます。

 秋の心地良い夜長でした。少し冷たさはありますが、家々から電気が消えても、耳を澄ま

せばリンリンと虫達の声が聞こえます。

「~♪」

 拙い音程で、女の子は道中鼻歌を歌いながら道を進みました。やがてそれはきちんと切り

拓かれたものではなくなり、しかし彼女は一寸の迷いもなく緑の草が茫々に生えた坂の上を

上っていきます。

「は~かせ!」

 そこは小高い丘の上にちょこんと一軒だけ建つ、平屋のお家でした。ちょうど村や周囲の

山々を見下ろせる場所に位置しています。

 電気は点いています。というよりも、この村のこの国の、こんな時に備えて自家発電でき

るように予め機材を持ち込んであるのです。

 女の子は扉を叩き、親しいこの人物の名を呼びました。

 するとややあって、それを開けて迎え入れてくれる男性が現れます。

「やあ。ようこそ、ヒメちゃん。他の子達も来てるよ」

 ボサボサ頭に黒縁眼鏡、くたびれたワイシャツの上に白衣を着崩した優しそうなおじさん

でした。中はほっこり明るくて温かく見えます。お邪魔しまーす! 女の子はコクンと笑顔

で頷き返し、彼に迎え入れられてトテトテと中へ入って行きます。

「よう、ヒメ。おっそいぞ」

「こんばんばー、ヒメちゃん」

「見て見て。今日も綺麗だよ~?」

 家の中には既に同じ年頃の、小さな男の子や女の子が集まっていました。

 その中心にあったのは窓際にセッティングされた大きな望遠鏡。そして同じくテーブルの

上に置かれた色んな本や、メモを走らせ、貼り付けてある沢山のノート。

 本当? 彼女はこの村の友達と一緒になって笑っていました。

 代わる代わる。女の子は順番を代わって貰い、この大きな望遠鏡から見える光景を覗き込

みます。

「……綺麗」

 そこに見えたのは、眩く輝く無数の何かでした。

 低い山々の間に辛うじて建っていると分かる無骨で大きな建物。

 それは発電所でした。何十年も前にこの村の奥に建設され、今も現役で村やもっと遠くの

色んな街にまで電気を作っては送り続けている施設です。

 ですが今それは、ごっそり抉られたかのように光を失いつつありました。代わりにその部

分にはこの光に群がるように別のあるものが輝いています。

 ──“蟲”でした。無数の自ら発光する蟲がこの発電所の送電機に群がり、生まれ出てく

る大量の電気を食べていたのです。

 雷蟲らいちゅう。大人達はあれらをそう呼びます。

 夜な夜な、人の作った電気を食べに来る、迷惑極まりない害虫だと。


『詳しい原因はよく分からない。というより、それを調べるのが僕らの仕事かな?』

 数年前、この村に一人の学者が移住して来ました。

 ちゃんとした本名はあるのですが、女の子達を含め、大抵の村人はきちんと呼ぶ事もしま

せん。ボサボサの髪に黒縁眼鏡、くだびれた服装と引っ掛けた白衣──過去には街の大学で

教鞭も取っていたらしいと人伝に耳にし、ついたあだ名は「博士」でした。

 彼が言うには、夜な夜な──酷い時には数日おきに現れる雷蟲を求めてこの村に移り住ん

で来たのだと。

 彼は昆虫の専門家でした。故に昨今、世を騒がせている一連の“蟲”達について、並々な

らぬ知的好奇心を持っていたのでした。

『あれは雷蟲という。電気を主食にするという一風変わった種類だ。他にも異常なまでに熱

に強く、熱エネルギーを食べる熱蟲ねっちゅう。銀色の硬い皮膚をした、金属を主食とする鋼蟲こうちゅうなどの

種類もいる』

 分け隔てなく優しく、自分達の知らない知識をたくさん持っているこの博士に、子供達は

すっかり懐いて入り浸るようになりました。

 ですが一方で、村の大人達は彼を中々信用しません。はっきり言って警戒しています。

 元大学の教授というが、はっきりとした事は殆ど分からない怪しい経歴。言葉巧みに子供

達を誑かすその飄々とした態度。そして何より、村の人間ではない──余所者。

 中には、村に“蟲”が現れるようになったのは、彼のせいではないのかと疑う者すらもい

ました。

 しかし村の大人達がどれだけ警戒の眼差しを向け、子供達にあの男には近付くなと何度も

釘を刺しているにも拘わらず、彼自身から何か事件が起こったことはありません。

 ただ“蟲”の、他にも色んな知識ついても教えてくれ、お菓子もくれるとても優しいおじ

さんでした。……そもそも、大人達とて何処かで自覚していた筈です。“蟲”達にどれだけ

詳しかったとしても、あれらを人間が操ることなど出来ないと。所詮は自分達の閉鎖性を、

彼自身に転嫁していただけなのだということを。


「今夜はまた一際多いね。さっき僕も観察していたんだけど……ざっと二万くらいかな」

「にまん?」

「うーんと。いち、じゅう、ひゃく……?」

 ワイワイと子供達に囲まれ、お菓子を頬張ったり既にうとうとし始めている子達を丁寧に

相手してあげながら、博士は話していました。

 そもそも彼がこの村に来たのは、雷蟲の大量発生──主食たる電気が大量に生まれる場所

がこの村にはあるからです。

 ぱらぱら……。ノートを捲り、博士は難しい言葉で流れるように今夜の状況を書き留めて

いきます。少しだけ眼鏡の奥の瞳が真剣でした。それが一部の女の子の間ではカッコイイと

評判でもあります。

「頻度もここ半年の間に増加。やはり近隣の“蟲”達が集まり始めているのでは……」

「は~か~せ~」

「……うん?」

「何かむずかしい顔してるよ? 大丈夫?」

「お仕事頑張りすぎたら駄目だよー。うちのお父さんみたいに怖い人になるよ?」

「……ははは。そうだね、僕らがどれだけ悩んでもあっちは知った事じゃないものね」

 一度は深刻そうに顰めた表情かお

 しかしそれは、他ならぬ子供達の純朴な視線と見上げる顔に捉えられ、彼をフッと笑顔に

させました。

 当の子供達はよく分からず、頭に疑問符を浮かべています。先の女の子も、望遠鏡から目

を離し、きょとんと彼を囲んでいる皆の様子を見つめています。

「……さぁて。今日はこのくらいでお開きにしよっか? そろそろ発電所むこうも復旧が進む頃だ。

皆のお家もじきに明るくなるよ?」



 その翌週の事でした。女の子はテクテクとランドセルを背負い、学校に向かっています。

 空は快晴でした。秋の空は何だかそれまでよりも高く感じられます。

「……?」

 他の同級生や上級生のお兄さん・お姉さんと一緒に歩いている途中で、彼女はふといつも

の村に一つ、変わったことが起きているのに気付きます。

 それは煙でした。もくもくと、高く空に向かって遠くから煙が立ち上っているのです。

 女の子はじっと視線を向けていました。あの方角は……山の方。発電所?

「ねぇ、あれって」

「ああ。ヒメちゃん、今朝の防災無線聞いてない?」

「? ううん」

「何か、今日発電所の方で一斉に“蟲”を焼く事にしたんだって。昨夜も停電したでしょ?

あの時に細かい網で雷蟲達を捕まえてるんだってさ」

「へぇ……」

 年長のお兄さんが教えてくれます。女の子は、ふとこの前の博士の難しい表情かおを思い出し

ていました。

 つまり、あの煙は“蟲”を焼いている煙。

 夜にはあんなに綺麗に光って皆で集まっている子達を、殺す為の火……。

「あ、ハカセだ~」

 すると、他の男の子の一人が道行く先で件の博士が立っているのを見つけました。

 この道からは少し登り坂になって盛られている土手の上。

 そこに彼は、じっと秋風に吹かれて立っていました。……気のせいでしょうか。横顔から

見える眼鏡の奥では、何だか哀しそうな辛そうな瞳が見えます。

「……どうしたの? ハカセ?」

 トテトテ。他の子達も何人か同じようにして、女の子は彼の下へ駆け上って行きました。

するとはたっと我に返ったように博士はこちらに気付いて振り返ります。繕った苦笑みだと

子供心ながらにも分かりました。

 背後、遠く山の発電所方向では、話に聞いた通り“蟲焼き”の火が微かに見えます。

「ハカセ、どうかしたの?」

「珍しいねー。いつも家に引きこもってるのに~」

「……はは、容赦ないなぁ。いや、ね。君達も聞いてるだろう? 今日は今朝から昨日捕ま

えた“蟲”達を焼いているんだよ。それを遠巻きにながら見物に、ね」

 あれはね──僕の発案なんだ。

 だから視線をまた山の方に向けた次の瞬間、彼から零れた言葉に、女の子達は思わず目を

丸くして押し黙ってしまいました。え……? それ以外にはありません。だってそれは、彼

があの“蟲”達を殺させたというのに等しくて──。

「村役場と、東部電力から依頼があってね。何とか“蟲”達を撃退できないだろうか? 専

門家を名乗っているなら何か案を出せって迫られてしまって……」

 フッと。博士は何処か自嘲的でした。

 しかし肩書き──いえ、この村での「立場」上、その頼みを断る訳にはいきません。故に

彼はアドバイスをしたのでした。

 結局“蟲”達は虫でしかないのです。夜行性で、光に吸い寄せられる。特に雷蟲は主食が

故にその性質が強い。だから、その発電所しょくじばが危険だと体験させてやれば、少なくとも今より

は被害は減ると思われます──。

「難しいものだね。まぁ実害が出てるのであれば、無理もないのかもしれないけど……」

 哀しそうに見えました。悔しそうに見えました。

 まるで惜しんでいるようです。虫を愛し、よく知ろうと知ろうとしてきたからこそ、彼は

明らかに他の大人達とは違った感性でこの遠巻きの炎と煙を見ていました。


『突然変異なんていうけどさ……。人だって彼らだって、要は生き残るのに必死だった筈な

んだ。要するに蟲達は、大よそ今の時代に存分に溢れるものを食べて生きれるように自らを

作り変えた。それだけなんだ──』


 いつか、彼が話していた言葉を女の子は思い出します。

 気のせいでしょうか。

 あの時の博士と今の博士は、何処か重なって見えたのです。

                                      (了)

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