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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-46.January 2016
229/500

(4) 悪魔は誰だ

【お題】悪魔、意図、凍てる

「氷の、悪魔……?」

 馬車に商品を積み込みながら、テレンスはそうふいっと肩越しに振り返った。

 今回のキャラバンが出発する前日のことだ。ずらりと並べられた馬車の中へと箱詰め・袋

詰めされた商品を整理していた最中、すぐ後ろでそう商人仲間の一人が話し出したのだ。

「ああ。何でも今回通る山に出るらしいんだ。縄張りに入った人間を、誰それ構わず吹雪に

巻き込んで凍え死なせちまうらしい」

「マ、マジかよ……」

「……悪魔じゃなくて、眞族だろ。街の中にだって居ない訳じゃないんだ。下手に聞かれて

お客さんが減ったらどうする」

 本人らにとってはほんの冗談、単調な作業においての清涼剤だったのかもしれない。

 だがテレンスは、少々ムッとしていた。息を呑んで怖気づく他の仲間達とは明らかに一線

を画した反応だ。

 悪魔とは、眞族への蔑称である。

 彼らは頭部に淡く輝く角を持っており、そこからほぼ無尽蔵に魔力を補給する事ができる

特性を備える。故に自分たち人間には無い、様々な超常の力を操る事に長けているのだ。

 恐怖──忌避──無理解。

 何も彼らが多種族に忌み嫌われているのは今に始まった事ではないが、テレンスはしばし

ば、そんな一般の“当たり前”に眉を顰めることがあった。

 言葉も通じる、知能だって下手すれば彼らの方が勝っている。同じヒトじゃないか。

 それはテレンス自身の、生来の真面目さがなせる思考だったが、何よりいち商人として、

客になるかもしれない他人を見もしない内から決め付けて遠ざけてしまってどうする? と

いう意識がそこにはあったからだ。

「へへへ……。まぁまぁ、そんな怖い顔するなって。あくまで噂なんだしよ」

「……」

「でもなぁ。もし本当に出たらどうするんだ? 積み荷どころか、命も危ないぞ?」

「大丈夫なんじゃねーの? 大体、今回のルートだってそんな上の方まで通らないじゃない

か。それに、今更ビビって遠回りしてたら確実に納期に遅れるぞ?」

「まぁ、それはそうなんだが……」

 同じく商品を運び込みながら、商人仲間達が代わる代わるに言って、しかし件の噂に対し

て如何こうしようという意見も出ない。そんな不確定な情報よりも、今のテレンス達に大事

なのはこれら依頼の品を如何に迅速に確実に届けるかである。

「はいはい。駄弁りはその辺にしておけ」

 テレンスは内心悶々としたまま、黙々と馬車に商品を積み続けている。

 そしてリーダー格の商人が一度パンパンと手を叩き、作業の手が鈍る皆をけしかけた。

「もう一刻ほどで昼だ。それまでには積み込みは終わらせろよ」


 ***


 だから、あの時はそれほど気にも留めていなかった。本当にこんな事になるなんて思って

もいなかった。

「──っ、くぅ……!」

 前日の記憶が、あのやり取りが脳裏を過ぎり、しかしすぐに萎縮する一方の思考力の外へ

と弾き出されて見えなくなる。

 目の前は吹雪だった。

 土も草木も空も、全てが白く灰色に染まり、轟々と吹きすさぶ風が立っているのもきつい

ほどにテレンスの心身をじわりじわりと追い詰めていく。

 予定通り、自分たちキャラバンは山向こうの町を目指して出発した。日数を短縮する為に

この山の中腹を突っ切るルートだった。

 なのに……奴は現れた。不意に辺りの天候が怪しくなってきたかと思うと、あっという間

に空は大荒れとなり、馬車を走らせる車輪も深々と雪の中に埋もれて立ち往生してしまう。

 ──向こうに誰かがいる。それだけは分かった。

 しかし強くなるばかりの吹雪に足を取られ、体力を奪われ、キャラバンは進む事も戻る事

も出来なくなった。ばたばたと、一人また一人と仲間が鈍白の中へと倒れていく。

「ゼオル、アルマー、キルローイ!」

 必死に手で庇を作りつつ、肩越しに振り向いて彼らの名を叫ぶ。

 だがもう返事はなかった。辛うじて見えるのは降り積もっていく雪の中にうつ伏せて埋も

れていこうとする仲間達の姿であり、積荷をたんまり押し込めた馬車であり、最早この隊は

全滅するのを待つばかりなのだと痛烈に知らしめさせられた。

「つぅ……。何で、こんな事に……」

 息が視界を隠すほどに白い。身体の芯から根こそぎ“熱”が奪われていく心地だ。

 テレンスはこの巡り合せを呪った。何故この隊が、自分がお前の悪意きまぐれに付き合って逝かな

ければならないのか。

 ギチッ。少しでも熱を逃さぬよう、彼は強く歯を噛み締めた。

 吹きすさぶ寒風の中でちらつくのは、これまでの自分の人生だ。


 出自を辿れば、テレンスは決して裕福な一族の出ではない。

 生まれはもっと南。痩せた土地と僅かばかりの収穫で食い繋ぐ、はっきり言って貧しい国

の子供であった。

 父の顔はよく憶えていない。物心ついた頃から妻と、自分たち子供を食わせる為、長く出

稼ぎに行ってしまっていたからだ。

 母の顔はよく憶えている。いつも繕った苦笑いで微笑みながら、すまないね、すまないね

と呟き、僅かばかりの食事を自分達に与えてくれた。それでも懸命に愛情を注いでくれた。

 だから……母を、弟妹たちをもっと楽にしてあげたいと願うようになったのはごく自然の

事だったのかもしれない。

 痩せているとはいえ、畑から取れる作物が生命線だ。子供一人でも、働き手がいなければ

益々立ち行かなくなってくるだろう。

 でも母は、自分が勉強をしたいと望んだ時、何も言わずにそれを許してくれた。

 貴方の人生だもの。貴方が決めなさい──そう言って進学の為の資金を工面してくれた事

は、今でも忘れられない。忘れる訳にはいかない。

 それからテレンスは最寄の町の学校に移り、必死になって勉強した。

 全てはもっといい仕事に就く為。もっとたくさん稼いで、皆に楽をさせてあげたいから。

 時々近況を知らせてくれる手紙が来た。よほど苦戦したと思われる、母の拙い字だった。

孤立無援の中で受け取るその文面が、彼の心の支えとなった。何度となく気持ちが萎えて折

れそうになってしまう彼を、奮い立たせた。

 彼は卒業後、商人見習いとなった。小間使いから始まり、行商で各地を渡り歩く主人につ

いていきながら、商いのイロハをひたすら目で盗んで憶えた。

 寡黙で、だけど一本の筋が通った好漢であった。

 曰く『商売は心だ。物も金も、それが出来なかったり面倒だったりする奴の代わりになっ

て俺達の前にやって来る』

 ……だから、ようやく独り立ちを許されて多くの商人達と渡り合いながら旅をするように

なった時、テレンスはいつも思っていた事がある。

 いわば矛盾だ。自分は、少なくとも困窮する家族の為にこの道に進んだ。見習いの頃から

仕送りだって欠かした事はない。

 なのに、この世界とは、誰かを助ける為に他の誰かを蹴落とさなければまるで成立しない

かのような世界だった。買占め、言いくるめ、こき使い、少しでも安く仕入れて高く売る。

確かに客は儲けものだと喜んだかもしれないが、はたしてその品が手元に届くまでに一体ど

れだけの他人が踏み台にされたのだろう。

 悔しさで涙を流す者を多く見て来た。老若男女を問わずだ。

 こんな筈じゃあ、なかった。

 俺はもっと、師匠みたいに腹に固くて強い一本の筋を持った漢になりたかったのに……。


「──?」

 だからだ。必死に吹雪の向こう側へ目を凝らしていたテレンスは、そこにある違和感を嗅

ぎ取っていたのである。

 ……泣いている? 漠然とだが、最初そんな印象持った。

 仲間があの時噂していたように、吹雪の中心にいるのは眞族のようだった。

 長い黒髪に赤と黒模様のキモノ──遥か東の国の民族衣装と聞いた事がある──を軽く引

っ掛けるように纏い、額からは一本の淡く輝く角が確認できる。

 女のようだった。目を細める。そしてやはりと思った。

 彼女は……泣いている。酷く哀しそうな表情かおで、必死に何かを訴えかけようとしている。

「──な、いで──」

「?」

「逃げないで……」

 テレンスは困惑した。どういう意味だ? この期に及んでまだ自分達を完全に全滅へ追い

込むまで諦めないというのか。……いや、違う。ならばあんな哀しそうな顔などしない。

 彼は思った。

 眞族だろうが人間だろうが、関係ない。目の前で女が泣いている。このまま見捨てて自分

だけ逃げ帰ったら……漢の恥だ。師匠だって気難しい表情かおで詰るに決まってる。

「どういう事だ!? 君は眞族だろう? 一体何でこんな事をしているんだ!?」

 故に問うた。テレンスは極寒でかじかむ全身の力を振り絞り、吹雪の中で泣いている彼女

に向かって言葉を投げた。

 びくん。明らかに向こう側で反応する気配があった。それでも吹雪は轟々と鳴っている。

「欲しいだけ……なの。寒くて……ただ温もりが欲しくって……」

「……??」

 テレンスは眉を顰めた。寒い? こんな猛吹雪を起こしておいて。

 いや、もしかしたらその前提が、先入観が間違っているのではないか。

 つい先日の噂で思い込んでしまっていたが、この吹雪は“彼女が生み出している”のでは

なく、もっと副産物的な原因で起こっているのではないか……?

(温もり……)

 暫し黙り。ハッとなる。そうか、つまりそういう事か。

 にわかには信じられないが、相手は眞族だ。超自然的な現象の一つや二つ、操ろうと思え

ば操ってしまえる筈で。

 もしかして彼女は“寒がり”なのではないか?

 だから熱を、温もりを求める。しかし彼女の持つ力の大きさが、結果周囲の熱を奪い過ぎ

て気候まで変えてしまっているのだとしたら……。

(正直、滅茶苦茶な話だが……。どのみちこのままでは俺も凍え死ぬ)

 ザクッ、ザクッ。テレンスは膝元にも届こうとする雪を掻き分けながら、歩き始めた。

 吹雪の中の彼女が驚いているのが気配で感じられた。強い風で多くが掻き消されてしまっ

ているが、何やら言っている。

 ……大方、これ以上来ちゃ駄目。死んじゃう、などだろうか。

 随分と注文の多いだ。ならさっき確かに聞いた言葉は本心ではないのか。

「待ってろ……。すぐに、そっちに行くから……」

「──っ」

 だからか、気持ち吹雪が衰え始めていたような気がした。

 まるで風を介しているのか、彼女の動揺と、そして僅かに湧き上がる「喜び」を感じた。

 何だよ……。やっぱり寂しかったそうなんじゃないか……。

 故にテレンスはぐっとその一歩を踏み込む。自身の生存というよりは、己が信念と憧れた

師匠ひとの姿を追い続けるが故に、近付く。

『──』

 そして抱きついた。いや、抱き寄せたのだった。

 すると次の瞬間、まるでそれまでの光景が嘘だったかのように吹雪が霧散し、止む。代わ

りにテレンスの胸元にじわりと広がったのは、女性特有の何も言えない柔らかさだった。

「……。あったかい」

 どうやら相手は思っていた以上に小柄だったようだ。テレンスの胸の中にすっぽりと収ま

り、彼女は額の角が邪魔にならないようにゴソゴソと微調整してくれつつ、暫しその体勢の

まま何処か夢見心地で立っている。

「その……大丈夫か? よ、よく考えたら俺ってば何て事を──」

「ううん」

 テレンスは思わずドキッとした。それは何も、必死で咄嗟のことであったとはいえ、自分

のやらかした事に今更照れ始めただけだからではない。……美少女だったのだ。ただ温もり

を求めていただけだったらしいちょこんとこちらを見上げた彼女は、幼さを残しながらも、

実に端整な顔立ちと豊かなプロポーションの持ち主だったのである。

「ありがとう。これでもう、誰も傷付けずに済む」

 ほうっと赤く染まった彼女の頬。

 テレンスは暫しぼうっとその姿に見惚れながら、しかしニカッと笑ってみせたのだった。


 ***


 犠牲になった仲間達は街に戻って組合ギルドに報告し、丁重に弔って貰った。そしてテレンスは

その後ほどなくしてそれまでの商売を畳み、姿を消してしまう。

「──おかえりなさい」

「ただいま。カホ」

 数年後、彼は人里から遠く離れた森の中にいた。そこには小さいながらも丁寧に作られた

小屋が建っており、その日の仕事を終えて戻って来た彼を一人の女性と幼い子供達が微笑み

喜び迎えてくれる。

 カホ。それがあの時、吹雪の中で出会った眞族の女性だった。

 若いながらに強い力を持っていたことで、中々周囲に馴染めなかった彼女。その苦境を期

せずしてテレンスは救ったのだ。

 自分だけ生き延びてしまった負い目もあったのだろう。山中の一件の後、彼は彼女を連れ

つつもう一度いち商人として各地を巡り始めた。そして道中、何度も互いのこれまでを語ら

って絆を、愛を深めた二人はかくして結ばれて夫婦となった。

 落ち着いた先は、そんな旅の中で辿り着いた小村。

 豊かな土地は安定的な食を確保し、人々はのんびりと穏やかな気性を宿していた。テレン

スはここに小さな雑貨屋を構え、小屋横の畑での自給自足を併せながら、第二の人生を送っ

ていたのだった。

 ……だが村人にはまだカホの事は話していない。ただでさえ悪魔と蔑称される種族の女性

だ。妻だと明かせば、更に彼らは混乱するだろうとは容易に想像できたからだ。

「随分大きくなったなー。楽しみだ」

「ふふ。もう、そんなに擦らないで~。くすぐったい……」

「パパー、さっきヒーちゃんがママの中で動いたんだよ」

「元気いっぱいだって」

「そうかそうか。そろそろ、また例の助産師さんに連絡を取らなきゃいけないかもな」

 だが今はそれでいい。

 幼い息子と娘、そして彼女のお腹の中で生を受けるその時を待っている三人目の我が子。

 テレンスは微笑わらっていた。かのじょも本当に幸せそうだった。

 ただ今は、この穏やかな時間を守っていきたい……。

「テレンス=ノーランド、だな?」

 しかしちょうどそんな時だったのである。はたと外から一糸乱れぬ靴音が聞こえた。テレ

ンスは半ば反射的にカホと子供達を後ろに隠し、ノックもせずに扉を開けてきたこの見知ら

ぬ武装した法衣の集団──教会所属の神官騎士の一団を見遣る。

「? だーれ?」

「……ママ? 凄く震えてる……」

「大丈夫だ。ママと少し大人しくしていなさい。すぐに終わるからね」

 不安がる子供達。目に見えて怯え始める妻。

 テレンスは半ば直感めいた確信の下、彼らに全身全霊の警戒の眼を向けていた。しかし当

の神官騎士達は、リーダー格を始めとして酷くこちらを見下ろすようにして告げてくる。

「通報にあった通りだな。眞族にたぶらかされた男がいる……」

「正真正銘、俺の妻だ。騙された訳でも何でもない!」

「……ふん」

 ざらり。テレンスの言葉に彼らは始めから聞く耳など持たなかった。腰の剣を抜き、その

切っ先を彼に──正確にはその背後にいるカホと子供達に向ける。

「悪魔め。我々が今ここで、成敗してくれる!」

                                      (了)

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