(4) ヒカリコレクト
【お題】鳥、泥棒、日常
烏は“光るもの”を集める習性があると云う。
専門家ではないので本当の理由は知らないのだが、僕は彼ら自身が真っ黒な身体をしてい
るが故に白──透き通るような光に憧れているのではないかと思っている。
勿論、論理的じゃないと言われれば、それまでだけど。
だけど鳥にだって……心はあると思うんだ。
僕の住んでいる家は、とある閑静な住宅街の中にある。
まだ総じて建てられて歳月が浅いということもあり、それらの外観は割合カラフルだ。
しかしそれはあくまで人間の都合であって、延々コンクリートの広がる場所であることに
違いはない。
だからこそ、住宅地内のあちこちに緑化フィールド──小さな森が点在している。
見た目からしての清涼剤。或いは動植物との共存を謳った広告を思い出す。
でもこれもまた、きっと人間側から見ただけのご都合主義なのだろう。
それでも緑が在る。その事に変わりはない。
僕はしばしば自室の窓辺から、そうした小さな森の中に息づく生き物たちを観察すること
を休日の密かな楽しみとしていた。
昼は森を、夜は星空を。……我ながら贅沢な趣味である。
そんな中で、僕が一際目を惹いた野鳥がいる。
それは、一羽の烏だった。しかも普通のそれではない。素人目にも彼(?)は他の仲間達
よりも一回り近くも大きかったのである(だからこそ目に付いた訳だ)。
ここでは便宜的に「九郎」とでも呼ぶことにしよう。
そして九郎もまた、烏の習性の例に漏れず“光るもの”を集めたがるコレクターだった。
(──お? また何か持ってきたな……)
その休日も、僕は望遠鏡越しに九郎たちが巣を作っている森へとレンズを向けていた。
そして暫く待ってみること暫し。ふと遠くの空から一際大きな烏──九郎が舞い戻ってき
たのを確認する。
目を凝らしてみる。その大きな嘴に何か咥えているようだ。
きらりと陽が反射していた。ガラスの何からしい。
まだ倍率が弱いようだった。倍率調整用のツマミを回し、僕は巣の方へズームを試みる。
巣の中に陳列(?)されていたのは、ガラス製の代物だった。“光るもの”の代名詞だ。
元は酒瓶か、ただの大きめのガラス片から始まり、何処からかすめてきたのかも分からな
い小振りのボトルクラフト──瓶の中に色付きのアクセや砂などを詰めたアレだ──まで。
色もスタンダードな無色透明から乳白色、茶色や緑など様々だ。
一体それの何が面白いのか、九郎はそれらをああでもないこうでもないと言わんばかりに
巣の中でぴょんぴょんと跳ね回っては並べ直している。
思わず、僕はくすりと笑いを堪えられないでいた。
念の為に言っておくが、僕は別に動物達を馬鹿にしている訳ではない。むしろ個人的には
自分達の愛玩の為に「飼ってやる」タイプの輩は好かないくらいだ。
動物は自然──人の手を加えていないからこそ、本来の姿を発揮すると考えている。
だけど、それでも、九郎のようにああしてコレクションを並べ直し見直しをして悦に浸っ
ているさまは何とも親近感を覚える。
嗚呼、人間も動物も似たようなものなのだと。──人間だけが特別じゃないのだと。
次に九郎が何処からか持って来たのは、これまた“光るもの”の代名詞だった。
所謂貴金属類という奴だ。指輪やらネックレスやら。まぁ……彼にとってはそれらに施さ
れた宝石の光に惹かれたのだろうが。
全く、世間の富とは偏っているなと思わされる。
庶民はたまの旅行すら中々できやしないというのに、金持ち様はその旅の資金をも軽く
上回る額をあんな石っころに擲ってしまうのだから。
「……いいぞ。もっとやれ」
言って、僕はキョロキョロと周りを見渡した。うん、誰も聞いてない。
人間同士でやったら間違いなく窃盗罪だが、動物がやればそうではない(場合によっては
そういう“実害”を名目に射殺されてしまう場合もあろうが)。
淡々と事実として──ちょっと光っている石であるだけということを──考えれば、ああ
いう物を集めることは実益にはならないと思う。
それでも人も九郎も集めたがるがるのは、やはり見栄や好奇心といったものなのだろう。
嗚呼、似ている……。
だがそう思うと同時に、フッと人間側の方がよっぽど──なまじ自覚があって尚その虚栄
心を満たす為に富を掻き集め、偏らせてもいいと考えるその心根が──卑しいように、僕に
思えてしまう。
まぁ庶民の僻みだと言われれば否定できないが……。
「……。少しぐらいこっちに分けてくれないもんかねぇ」
ただ九郎の面白い所は、単に物理的に“光るもの”だけを集めている訳ではないらしいと
いう点にある。
この日もそうだった。
昼も近くなってきてレンズに差してくる光も強くなってきたかなと思った頃、彼はまたも
やトリッキーなコレクションを巣に持ち込んできたのである。
(……カツラ? それに、封書?)
今度はガラスや宝石の類ではなかった。何度か往復して九郎が運んできたのは、一見する
と“光って”いる訳ではないガラクタ揃いだった。
それにしたって、カツラ──今はウィッグと云うのだっけ──や封書はないだろう。
まさか九郎が禿頭を気にしている訳ではなかろうし、実際観察している限り脱毛を伴うよ
うな症状がある様子でもない。封書に至っては、九郎にも大き過ぎるほどの大サイズの代物
である。……手紙ではなく、何かの文書を入れたものなのだろう。
『くっそー! この馬鹿カラス! 返せ~!』
だから正直、九郎の巣がある樹へ駆けて来た中年男性がそう叫び始めたのを認めて、僕は
密かにホッとしたのだ。
そう顔を真っ赤にして訴える彼の頭は──見事な天頂禿頭。
嗚呼……。なるほど。
“光って”いるのはカツラではなく、人間の方だということか。
『あ……』
そして僕がその理解の瞬間、思わずレンズから目を逸らし、独りで吹き出しそうな笑いを
堪えていると、また別の声が聞こえてきた。
ひーひーと喉を鳴らしながら、可笑しさで涙目になりながらもう一度レンズ越しに樹を見
てみると、先の男性の他にもう一人、まだ歳若い青年が姿を見せていた。
先程から叫んでいるのはバッチリ聞こえていたのだろう。青年は気配に振り返ってきた彼
としっかり視線が──いや、その禿頭に合ってしまい、傍目からも分かりやすい程バツが悪
そうにしている。
『何だよ』
『あ、いえ。もしかして貴方もあの大きなカラスに?』
『ん? もって事は、君もか』
『え、ええ……。今度応募しようとしていた小説の原稿を……』
「…………」
今度は流石に笑う訳にはいかなかった。何より──可笑しな話だが──九郎があの青年に
“光るもの”をみたと仮定するなら、尚の事取り戻してやらないといけない気がした。
(おふざけは、これまでかな……)
再びレンズから目を離した。ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
110番で、いいのだろうか。
ましてや猟友会に知り合いはいないし、間接的にでも九郎を殺すのは──今更言えたクチ
ではないのかもしれないが──忍びなかった。
報せるだけは、報せておこう。
傍観者を気取って悦に換えていた人間の、せめてもの謝罪のつもりで。
「──ただいま~」
「パパ~。おりこうさんしてた~?」
「はは。パパは大丈夫だよ……うん。大人しくしてたから」
所轄署に電話をし終えて少しして、買い物に出ていた妻と娘が帰って来た。
僕は玄関の鍵を開けてやり、二人を出迎える。
「すぐにお昼にするからね~」
「ああ。ちょっと休んでてもいいんだよ? 僕もちょっと望遠鏡を片付けてくるから」
「望遠鏡? あなた、また覗き身してたの? 変なものまで観ちゃ駄目だからね?」
「人聞きの悪い……。健全なバードウォッチングだよ」
台所でごそごそと買い物袋を開けている妻。
僕はまだ幼い娘の頭を撫ででやりながら、内心分かっていて責められているのではないか
という錯覚でいっぱいだった。
野鳥を観ているだけでも、駄目なのか。
そうだよなぁ……。最近は目が合っただけで刺されるなんて事もあるくらいだから……。
僕は苦笑しながら二人を背に、また部屋に戻りに階段を登り始めた。
暫く、昼間の観察はお預けにしておこう。
もう少しほとぼりが冷めたら──誰かの眼差しを“邪魔”だと取られるような世の中が今
よりもマシになった頃合をみて、またレンズを磨き直そうと思う──。
そんな気付き。そんな嘆息。
だが彼は知らなかった。この時既に、かの九郎が彼の部屋の窓際に訪れていたことを。
観られていたことを知っていたからなのか? そうした疑問は定かではない。
しかし窓辺でキョロキョロと、そのくりくりとした黒い瞳をこの家へと向けているさまは
まるで──彼ら家族の、今という日常に惹かれたかのようでもあって。
(了)




