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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-4.July 2012
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(1) 古人たちの学び跡

【お題】鍵、砂、学校

 酷く錆付いたアナクロの鍵が解かれる物音が、俺達二人にこの場所の旧さじだいを強く感じさせた。

壮年の管理職員がガチャガチャと、同じく錆付いた鎖で絡んだ鉄の門を解いて重く軋むその路

を開けてくれてる。

 今、俺達はかつての「学校」跡に来ている。

 信じられないかもしれないが、何百年も前の社会は子供達をこの「学校」という閉鎖的な

建物の中に閉じ込め、それこそ文字通り“枠”に嵌めて自分達に都合の良い人材を作り出そ

うとしていたのだそうだ。

 最早この昔とやらも、今では御伽噺に近い。

 現在は皆、自室の端末からウェブカメラ越しに講義を受けるというのが一般的だ。何より

情報単体なら、今は一生かかっても網羅できない量と質で溢れかえっている。

 もうわざわざ、不確定な人間一人から講釈を受ける時代はとうに過去の遺物となっている

に等しい。良くも悪くも「自学自習」「自己責任」が徹底されているし、それらをサポート

する為のプログラムコンテンツも日々その数を増やしている。

「いやはや、すみませんね。お手数をお掛けしまして。ささ……どうぞ」

「いいえ。では失礼致します」

「失礼しま~す」

 そしてそんな時代錯誤感は、内部に足を踏み入れて一層強くなる。

 バサバサになった砂の地面を横切って建物内に入ると、そこには多数の部屋で仕切られた

長方形の間取りが続いていた。

 会議室、という奴か? だが職員曰くこれがあの「教室」なのだという。

 俺もナナミも思わず顔を見合わせていた。

 やはり現代の自分達には想像し難い。年端もいかない子供達を長時間こんな閉ざされた場

所に押し込めるなんて。しかもそれが全て「良き歯車」を育てる為の──大人の一方的な都

合の産物であると、この目の前の実際の光景と事前に調べてきた知識とが相まって俺は不快

感すら覚えた。

「今じゃ考えられませんね。現代っ子いまどきのこなら一日もたずに発狂するかも」

「……だな」

 似たようなことを考えていたのか、ナナミは時折そう呟きながら手にしたカメラのレンズ

越しにこのかつての時代の遺産を撮影している。

 ザリザリっと。歳月の経過故か、この建屋内の廊下にすら土埃や砂埃が積もっていた。

 正直、あまり“外界”に出たくはなかった。しかしこれも仕事なのだから仕方ない。

 人間は……不完全だ。

 その為に、先人達はどれだけの犠牲を生み続けてきたことだろう。

 故に情報テクノロジーを始め、種々の技術が(飽和に近い)発展を遂げた今日では世の中

の管理・運営は巨大なプログラムがその方針を決めている。

 とはいえ、自分達も全く働かないという訳ではない。

 人間もそれらテクノロジーに最低限のレベルでついてゆくことが義務付けられている。

 それが各種教育プログラムの修了であったり、リテラシー検定の合格である訳だ。

 いくらマザーシステムが世の中を調整してくれているとはいえ、造ったのは人間なのだ。

今こうして取材をしている「学校」ほどではないが、メンテナンスを行える人材などは確保

しておかないといけない。

「たまにですが、取材やら見学に来る皆さんがそう仰いますよ。現代いまじゃあ同じ場所に他人

がいるってだけで嫌がる子も多くないですからねぇ……無理もないでしょうけど」

 謂わば、徹底的な管理社会なのだ。

 そう聞くと先人達はやれ自由だの権利だのと五月蝿いのかもしれない。

 だが、人間とは慣れてしまえば大人しいもので、現代人は基本的に家族単位──の中でも

更に細分化された個人単位の個室シェルを宛がわれて暮らしている。

 情報化が進みに進んだ故、人は無駄に己を消耗することを必要としなくなった。

 仕事は自シェルの端末越しに会議をしたりすればいいし、外出するとしてもコロニー内の

公共基地ベースで買い物や娯楽は有り余るほどに事足りる。

 仮に旧い「労働」を敢えて持ち出すならば、きっと此処の職員などが該当するのだろう。

「私は好きなんだけどなあ……。ベースで友達と話すの」

「……お前は無駄にベタベタし過ぎなんだよ。引いてるぞ、きっとそいつら」

「む~! 酷いですよぉ、タイチ先輩~! まるで私を変人扱いみたいに~……」

「……。違うのか?」

 だがそれでも、完全にシェルの中で完結できないのがまだ人間らしいのかもしれない。

 情報だ。常に世の中はニュース──この場合「ゴシップ」と限定した方がいいのかもしれ

ないが──に事欠かない。そして求めている。

 どれだけテクノロジーが発達し、何処で何が起きたかが瞬時に世界中に伝わるようになっ

ても、地味な人の眼は少なからず必要になってくる。

 何を隠そう俺とナナミも、今回取材──記事作りの一環として『旧き時代の遺物を巡る』

と題した企画の材料ソース集めの為に、こうしてわざわざ許可申請を取り、コロニー内から足を

伸ばして放棄地区アウトエリアまでやって来ている訳で……。

 ナナミは内部の様子を色々なアングルから撮影し、俺は案内してくれる職員からかつての

「学校」システムについての講釈を取材メモに書きつけていた。

 ただ彼自身も、歳こそ取っていても当時を知る世代という訳ではない(当時の生き証人は

とっくにあの世に旅立たれた世代である)。正直、教科書通りにプラスアルファされた程度

の内容だったと、こっそり此処でのみ言及したいと思う。

「──ただ、当時はかなり抵抗があったみたいですね。大半はITについてゆけない年配世

代だったみたいですけど」

「だけど、彼らは強行した」

「ええ」

 ナナミのむくれっ面をいつものようにいなしつつ、俺は職員と歴史談義を続けた。

 その中で話題になったのは、やはりかつての一連“革命”──現在の各地のコロニー形成

に至る流れ。従う者と従わざる者を明確に隔てた世界の分離の始まり。

 早い話が……切り捨てたのだ。

 テクノロジーは歳月共にどんどん進んでゆく。にも関わらず年配世代は──勿論全員が、

という訳ではないが──それらに適応せず、適応しようとせず、只々遥か昔の栄光に縋って

利権を手放さない。そんな閉塞的状況が長らく続いていたのだそうだ。

 しかし時代は、テクノロジーに味方した。いや利用した。

 進歩を続ける技術に寄る辺を見出した者達の呼びかけ、そして大規模なハッキング活動の

末に当時の元老権力が倒されたのである。

 確か当時の資料で“革命”に関わったメンバーの一人がこんなことを言っていた。

『私達は、ただこれまで無駄に背負い過ぎていたものを降ろしただけだ』と。

 勿論試行錯誤はあったらしい。

 だが現在、自分たち人間文明は情報技術を始めとしたテクノロジーの粋を集めたあの巨大

コロニーの中に暮らしている。

 雑多な──往々にして“煩い”者ばかりが得をする野放図・古臭い利権構造よりも、多少

管理されてもいいから安定した安寧な世界を人々は選択したのである(尤も、彼らの多くは

その“管理されている”事を意識していない場合が多いのだが)。

 かの革命の士の言葉のように、世の中はその時を境に急速に変わっていった。

 土地に縋り続ける老人を引きずり出し、それでもテクノロジーを拒否する人間はコロニー

の住人とし迎えずに原則管理管轄外となった外界──放棄地区アウトエリアに文字通り“放棄”する──

それこそ文明に従わない文明人の“自己責任”だと。

 このように、人間それ自体をも対象にした“コストカット”が断行されてきた。

「こういう場所の管理という仕事が割り振られている所為かもしれませんが……私は時々恐

ろしくなりますね。もし生まれる時代がもっと早かったら、私は“姥捨山”の住人になって

いたかもしれませんから……」

「……」

 実際、そのかつての“革命”は成功したかのように見える。

 少なくともコロニーの住人として認可されれば、シェルというプライバシーは強固に守ら

れるし、食料や衣料も特化されたテクロノジーの量産体制で過不足なく供給され、健康管理

も随時データ測定できる仕組みが整っている。娯楽は“間引かれた”余剰を埋めるように日

に日にコンテンツを増やし、生活するその一点に関すれば何も不満らしい不満は見出せない

とさえ思える。

 それでも、それらはやはり“コロニー内だけ”に限定された話なのだろう。

 こうしてアウトエリアに足を運んでいるからこそ分かる。

 途中の移動でも、自分達は時代に取り残された、朽ちるのを待つだけの老年者が点在する

さまを見た。彼らが皆、忌々しく自分達を睨んでいるのが直感で分かった。

 ──本当に、先人達は“革命”をここまでしなければならなかったのだろうか?

 時代に取り残された人間を無き者としてしまって、良かったのだろうか。


「お疲れ様でした。どうでしたか? 記事の参考にはなりましたか?」

「……ええ。中々に興味深かったですよ。今の人はこういうものがあることすら、知らない

なんてこともざらですし」

「ですよね~。久しぶりにノスタルジックな画が沢山撮れて嬉しいです」

 結局、見学・取材は一時間弱で一回りすることができた。

 俺達はこの壮年の職員に見送られながら、再び最初のバサバサな砂の地面の上を横切りな

ながら帰路に就こうとする。

「──……」

 そしてふと見上げた空には──俺達のコロニー。縦横無尽に電子の光が奔る、天に届くか

と思わされる碧色の巨塔群。

「……。なんだ、どっちも閉鎖空間おなじじゃねぇか」

「えっ?」

「……いや。何でもない。それよかナナミ、もう一枚撮ってくれるか? この辺とコロニー

の両方、一緒に映るような画を頼む」

「あ、はい。了解です~」

 小さく頭に疑問符を浮かべて反応した後輩に思わずそう繕って言い、俺はぱたぱたと駆け

てゆく彼女の背中を見送った。

 隣では既に迎えの用意を職員が管理局に連絡を取り始めている。

(……今更否定してどうなるってんだよ。別に俺はまた“革命”したい訳じゃねぇっての)

 半ば無意識に開けたままだった取材用の手帳をぱたむと閉じて小さな嘆息をつくと、俺は

再びこの閉じ合ったままセカイを見上げていた。

                                      (了)

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