(2) デブリが来る
【お題】宇宙、鋏、月
自分達という存在は、その大元を辿りに辿ればこの無味な闇に行き着くという。
幼い頃、初めて宇宙というものが何たるかを知った時には、その「偉大さ」はあまり感じ
られなかった。
代わりに強く思ったのは、虚無感。
今でこそこの視界全方位の黒は星々という名の光を瞬かせているが、それらもまた、寿命
が来れば爆ぜ消えてしまうことも、自分達は知っている。
何とも徒労感ばかりがする。自分達に、本当に意味などあるのだろうか。
それは今、こうして現在進行形で破片を回収しているからなのだろうが──。
「オーライオーライ~……。うっし、ストッ~プ!」
宇宙服越しに仲間同士の声がやり取りされる。
その日、彼らはいつものように指定された現場に赴き、無重力の闇の中に漂う残骸──
スペースデブリ(宇宙ゴミ)の清掃活動に勤しんでいた。
船外に出ていた作業員は三人。経験豊かな先輩と、一回りほど若い者が二人。そんな分厚
い防護服を身に纏った彼らに、船内のオペレーターが適宜を指示を出し、船体から迫り出す
専用のアームを操作する。
今カクカクと曲がっているその金属の腕の先に換装されているのは、大きなゲージだ。
漂っているデブリの内、比較的細かい物はこの中へどんどん放り込み、船内スタッフが併
行して仕分けをするマニュアルとなっている。
「今回は、随分と小振りなのが多いですね」
「だな。事前リサーチでもこの辺りは廃棄衛星が集中してる。ボロくなってその破片があち
こちに漂ってるんだろう」
「ははっ……何気に怖いッスねぇ。モノによっちゃぶつかればお陀仏ッスよ」
「そんなことは宇宙清掃業界じゃ分かり切ってる事だろうがよ。ほれ、キリキリと動け。
そうなりたくなきゃ、さっさと済ませて戻るのが一番だしな」
「うい~」
手当たり次第に、漂うデブリを掻き集めてはゲージの中に投入してゆく。
先輩作業員の言葉の通り、確かに辺りには旧式の人工衛星らしきものの成れの果てがぽつ
ぽつと見られる。
こんな金属の破片でも、一旦重力の軌道上に乗ってしまえばそれだけで走り回る鈍器にな
るのだ。宇宙を多くの人々が行き来するようになった今日、そうした脅威をこまめに取り除
くことが自分たち業者の仕事だといえる。
(……ご先祖さま達は、コイツらが廃棄されることを考えてなかったのかね……)
遠い昔の話だが、まだヒトが故郷の星の上でもがいている中、宇宙への進出は非常に手間
隙が掛かった大事業であったらしい。
今でさえ、景気の悪さから庶民には“カネが回るのはお上と宇宙だけだ”などと揶揄され
て久しい。まだ宇宙開拓のうの字も実現していなかった時代にそんな夢をみようものなら、
それこそカネの無駄遣いだのと批判されたのだろう。
それでも──先人達のそうした苦節があって、今があるのも事実だった。
資源をとことん掘り尽くしたかつての惑星は今やすっかり下層住民の巨大なスラムと化し、
ある程度金銭的余裕のある者らはこぞって他星への移住に乗っかった。
そうして持てるものと持たざるものが物理的に隔たれるからこそ、互いの溝は一向に埋ま
らないとも自分は思うのだが……。いや、今はそんな嘆息をしていても詮無いことか。
(夢の跡、ってね……)
この若い作業員は内心で思い、フッと寂しげに哂っていた。
大昔はこの生まれては滅し、掻き混ざってはカオスになる広大な黒地にキャンバスに自分
達の未来を賭けた。或いはもっと昔、黎明期ならば夢をみたと言うべきか。
だがそんな憧憬も、今や昔というもので。
確かに先人達の苦労を重ねた研究・開発によって、自分達はこの宇宙を広く飛び回れる
までになった。遠いと思っていた世界が、どんどん身近になっている。
しかし……果たしてそれは“正しい”夢だったのだろうかと、自分はデブリ回収に携わり
ながら思う。
結局は、自分達は星々を食い潰すだけで変わらないのでないか。
夢も叶えれば現実となり、ヒトはそのリアルの峻烈さの中で捻てしまうのではと。
一時──といっても、曾々爺さん以前の世代に話だが──は各国が競うように研究・開発
に多額の資金を投入したという。
確かにそのハード的な側面もあって現在がある訳だが、今日はそれでも、黒闇の海原へ
進出していっても不景気が止め処なく続き、今や主だった国は開拓事業を民間に投げてしま
っている現状がある。自分達、回収業者といった裏方も然りだ。
置き去りにされたもの。
人の貧富格差、各種人工衛星の老朽化。
今はもう、人々はそれぞれに根を下ろしたコロニーでやっとのこさと日々の生計を立てる
ことに四苦八苦するばかりで、かつての自分達が情熱を注いだ宇宙を往く大金属らのこと
など大抵の人間が忘れてしまって──興味関心を注がなくなっている。
それでも、彼らは此処にあるのだ。
放置された末に朽ち果てて漂い、遂には「邪魔物」として邪険にゴミ箱へ擲たれるという
有り様。
「……」
デブリに一々そんな情を持ち込んではやっていられないとは分かっていたものの、彼はど
うにも気が塞ぐ思いだった。
かつてセカイは闇と無ばかりだった。
そこからエネルギーが弾け、様々な物質の根源が生まれ、やがて星々が瞬くようになる。
更に惑星の中には知的生命体が存在する場所も出現し、ある意味で闇は、寂しさからは抜け
出せたのかもしれない。
だが、それはきっと虚無感の強い気の紛れだと彼は思った。
漠然とだが、遠いのだと思う。
どれだけ美麗な装飾がふんだんに辺りを彩っても、その中をよく目を凝らしてみれば打ち
棄てられた亡骸が無数に浮かんでいる。それだけでも……きっと虚ろな気持ちは増すのだ。
「──むう? こいつは大きいや……。お~い、カットアームを頼む。これは何度か裁断し
ないとゲージに入らんぜ?」
そうして黙々と細かなデブリをゲージに放り込んでいると、もう一人の同僚が船体から延
びる命綱(といっても軽金属製だが)の先でオペレーターに通信を取っていた。
老若。残り二人の作業員が見遣ってみると、そこには一際大きなデブリが数個。
塗装が大分剥げてしまっているが、どうやら大昔のシャトルの一部であるらしい。
『はい~、了解しました~。では裁断作業を行いますので離れていて下さ~い』
ズーム映像でその様を確認し、眼鏡を掛けたオペレーターの女性が手元のコンソールを操
作しながら返答した。
間延びしたその声と共に、船体前方から延びていたアームが一旦折り畳まれながら内部へ
戻っていった。そしてコンソールからの操作通り、やがて今度は先端にゲージではなく金属
製の、巨大な鋏を取り付けて延び直してくる。
『開始しま~す』
別な三点グリップのアームでこの大きなデブリを掴み、金属鋏がギチギチとこの大きさを
細切れにしようとし始めた。
その様子を作業員らはその場からふわりと離れ、暫し遠巻きに眺め待つ。
『──ぁ』
だが、アクシデントが起きたのは、ちょうどそんな最中のことだった。
グリップ部分の数が足りなかったのか、或いは裁断点を見誤ったのかもしれない。ただ確
かなのは、次の瞬間、バキンッと裁断され切り離されたデブリの一片が勢いよくアームの外
から抜け出てしまったということ。
何せここは宇宙──重力もなければ空気もない場所だ。
そこで下手に運動エネルギーが加えられてしまえば、その物体は押された勢いのまま、半
永久的に空気摩擦も何もなく飛んでゆくのだから。
「……ッ!? 危ない、避けろ!」
咄嗟の先輩作業員の一喝で、その飛来に直撃することは免れた。
しかし、彼女のうっかりミスで飛んでいってしまったデブリの切れ端は、そのままあっと
いう間に黒闇の遥か遠くへと消えてしまい。
「……あ、危なかった」
「でもさ。これ、やばくね……?」
この回収業者のクルー一同は、にわかにしんと静まり直ったその黒の彼方を見遣ったまま
立ち(いや浮かび)尽くす。
──その日、とある星に大型の飛来物が空気の大壁を抜けて落下、激突・爆散した。
地上に君臨していたのは、強靭な顎を持つ大トカゲや翼を持った大トカゲ。或いは水中活
動に適応した大トカゲや、硬い鎧のような肌を誇る大トカゲ。
長く彼らは、この星におけるヒエラルキーの頂点に君臨していた。
しかしそんな栄華の日々も、この飛来者によって終わりを迎えることだろう。時代の変化
とは、大抵の者がその分岐点に気付くことなく──むしろ往々にして後の世になって初めて
気付き──只々巻き込まれる一時の暴風雨なのである。
だが彼らの終わりは、まだこの星の終わりではないとだけ、付け加えておこう。
一度は荒廃したこの地上に、新たな“知恵ある者”が生まれ出で、やがて宇宙を目指す
ようになるのは……また別の、何よりもずっと未来のお話。
(了)




