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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-3.June 2012
11/500

(1) 滲んだ恋文

【お題】太陽、恋愛、ペン

 貴方に初めて出会ったのは、入学式の頃でした。


 隣市となりまちからこの学校に通うことになった私は、地理に疎くて敷地内に入っても何処に行けば

いいのかよく分からず、その日点々と桜の咲く石畳の下で迷っていました。

 その頃は見知った顔も、友人すらもおらず、とても心細かった。

 季節は暖かい春の筈なのに、私の内側は木枯らしが吹くような寒さが渦巻いていて。

『……どうしたの? 式、始まっちゃうよ?』

 でも。そんな時私は貴方に出会えた。

 不意に校舎の角向こうから歩いてきた貴方は、間違いなく初対面である筈の私を──大抵

の人なら一々気に留めることなく通り過ぎるものなのに──見つけると、何の躊躇もなしに

近づいて笑顔を向けてきてくれましたね。

『あ、あの。まだ此処に慣れてなくて……体育館は一体』

『ああ、そっか君新入生か。でも式は体育館じゃないよ。記念講堂だから』

 にこっと爽やかに、決して私の記憶違いを哂う訳でもなくって。

 だけどあの時の私は、ぼんっと顔を真っ赤にしてしまっていました。

 あたふたと鞄の中から入学の手引きを取り出し、もう一度確認してみれば、確かに貴方が

言った通り“入学式は記念講堂にて”の文字。

『本当だ……。あ、あの、ありがとうございま──』

『ははっ、気にしないでよ。場所は分かる? ほら、あそこに白い壁と薄緑の屋根の建物が

見えるでしょ? あそこだよ』

『は、はいっ……』

 なのに、そんな醜態をみせてしまっても、貴方は変わらず微笑んでいてくれました。

 まるで太陽みたい。ついさっきまで身体の中を寒々とさせていた冷たさを、ほっこりと温

めてくれるかのような感覚がしました。

 そして貴方はそのまま出てきた方向へと小走りで立ち去って行って……。

 私は、急がなくっちゃと分かっていたのに、暫くの間その場に佇んでいました。

 ほうっと身体中が温かいを通り越して、少し熱いくらいに。

 春の日差しの写し身であるかのように、貴方はこの時から私の中に思慕びねつをくれたのです。


 貴方──いえ、先輩のことをちゃんと知ったのは、それから暫くしてからです。

 私の学年一つ上の先輩で、野球部のエースピッチャー。少々お調子者だと応える人もいま

したが、それでもマウンド上で先輩を中心とした人の輪を遠巻きに眺める度、私は何とも言

えない温かさと胸の奥を締め付けられる思いをしてきました。

 ……分かっては、いるつもりです。

 私はこの通り地味でパッとしない文系学生で、先輩とは生きている世界が違い過ぎてる。

 だけど今も私の胸の中では、貴方があの日にくれた温かさがずっと癒しをくれています。

 何かとじめじめとした、鬱々とした中、本棚の中にまみれる生活を短からず送ってきた私

にとって、貴方は眩し過ぎるかもしれないけど……凄く、憧れるのです。

 だから……こうして意を決してペンを取ります。

 入学式のあの日、初めて出会った頃から好きでした。好きに、なりました。

 私と、付き合って下さい──。



 季節は夏本番を間近に控え、日も長くなってくる頃。

 私はその日、グラウンドの一角にある運動部の部室棟へと、こそりこそりと足を忍ばせつ

つやって来ていた。

 もう一度、辺りを見渡し他の女子がいないかを再確認。

 だって相手はあの人気者な先輩だし……私が“抜け駆け”しようものならどんな陰湿な目

に遭わされるか分かったものじゃない。

 とは言っても、それはあくまで「成功」した場合になるけれど……。

(……あうぁ。緊張する……)

 幸い既に下校時間ギリギリということもあって、人気は疎らだった。

 今がチャンス。だけどやっぱり中々足がカチコチになって動いてくれない。

 思うだけならタダ。遠巻きに見ていればいいじゃないと何度自分に言い聞かせてきたか。

(だけど。駄目元でもいいから、伝えたい……)

 きゅっと、胸に掻き抱いているのは──ラブレター。

 今時古典的じゃないかと思ったけど(そもそもアドレスを知らないし)メールの文面より

も直筆の言葉の方が誠実だとも思えてこの手段を選んだ。直接口にしてしまえば早いのだろ

うけど、私のことだ、きっと途中で頭の中が真っ白になってしまう。事前にしっかり心の中

を整理してしたためておいた方がいいと思った。

 そう、告白。

 あの日陽だまりのような笑顔をくれた、憧れの先輩へ今日この想いを伝える……。

 部活棟の端っこできょろきょろ。意を決して視線を向けたグラウンドでは、部活を終えよ

うとしているらしい野球部の人達が土にホースで水遣りをしている姿がみえる。

 あ……いた。せんぱ──。

「あれ? 見かけない顔だなあ」

「ひぅッ!?」

 だけど、ちょっと所ではない不意打ちが来てしまった。

 不意にすぐ近くの、部室のドアの一つが開き、中から出てきた部員さんが目敏く私に気付

いて声を掛けてきたのだ。

「あ、えっと……。その……」

 正直寿命が縮まるかと思った。まだ伝えるまでも行っていないのに。

 誰だと部員さんが怪訝の眼を向けてくる。だけどこうなったら……今からスタートだ。

 ややあって、私はごくりと息を呑むと、意を決して頼んだのだった。

「あの。私一年の須美といいます。そ、その……高野たかの先輩を──」

「……ああ、なるほどねぇ。高野~!」

 そんな私の様子と出した名前、胸に抱いた便箋で察してくれたのだろう。

 部員さんはニヤニヤと笑いながらも、先輩へと取り次いでくれた。グラウンドに向かって

その名を呼んでいる。

 比較的近く。私は部員さんに連れられるようにして先輩の下へ──。

「ん~? 俺に何の──」

『……ッ!?』

 嗚呼、私の馬鹿。つい失念していた。

 先輩もまた“グランドの水撒きの最中だった”ってことに。

「ば、ばっきゃろう! 気を付けろ!」

「あはは……。わ、悪ぃ」

 部員さん(やり取りからして先輩とは同学年くらいかな)は、何気なしにふっと先輩がこ

ちらに振り向いた──つまり現在進行形で水が出ているホースが向けられた瞬間、サッと身

を翻してその水撃をかわしていた。

 こういうドジはよくあるのだろうか。

 部員さんも先輩も怒り怒られしていたが、雰囲気自体はそう険悪にもなっていない。

「…………」

 だけど。

「あっ」

「え? ぁ……」

 その水撃を、私はかわす暇もなくもろに受けてしまっていて。

「お前、流石にこれは無いわ……」

「あ、ああ。ご、ごめんな? 大丈夫か? うぅ、すまねぇ。ああ……ずぶ濡れに──」

 部員さんと先輩が、居た堪れない眼差しであたふたとしていた。

 そんな中で、ずぶ濡れになってしまった当の私は、ポタポタと滴る水滴の動きに倣うかの

ようにして足元を見ていた。

 水気を帯びたコンクリートの足踏み場。

 そしてびちゃりと落ちた──ぐちょぐちょに滲んでしまったラブレター入りの便箋。

「……いえ。私なら、大丈夫です……」

 力なく、だけど辛うじて先輩にはそんな返答を。

 確かに私自身は服を乾かせばどうとでもなる。だけど、あの言の葉たちはもう……。

「……。申し訳、ありませんでした」

「えっ? な、何で君が謝──」

 そのまま深々と、情けなくなって私は濡れそぼったまま格好の頭を下げる。


 私の恋は、冷めさせられてしまったのだ。物理的に。

                                      (了)

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