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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-21.December 2013
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(5) 篝

【お題】静、枝、燃える

 つんと冬の寒さが肌に染む。夜闇の黒を赤い火が揺らぎながら塗り替えている。

 法子は年季の入ったパイプ椅子に座り、腹に組んだ手を当てながら、じっとその時を待っ

ていた。

 日付は十二月三十一日、時刻は二十三時半を過ぎて暫し。

 新年まで、あともう少しという所まできた。法子たち今年の世話役数名は、各々の家事を

済ませ、或いは家族に任せてこの寒空の下集まり、新年最初のイベントに備えている。

 神社だった。一同がドラム缶の焚き火を囲んで黙しているのは、地元の一角に古くからあ

る小さな氏社の境内であった。

 田舎とはいえ、すっかり道も広く舗装されて人工の毛色を濃くした周囲。

 だけどもこの社は変わることなく──あるとすれば年々徐々に痛むという方向で──路地

から林を隔て、少しばかりこんもりとさせた地面の上に建っている。

 毎年、この年明けのタイミングで初詣に来る人々をもてなす世話役を設けるのがこの地域

での慣例となっていた。それが今回は法子たちの番になったというだけだ。

「……」

 ただ、自分も含め、こうした地域社会の古い役割分担というのは面倒臭いと思う人が大半

なんだろうなと法子は思った。

 今年は、特に寒いような気がする。

 風はそう吹いていなかったが、空気そのものがキンキンに冷えているように感じる。ここ

数日のそんな気候を見越してしっかり服を着込んできたとはいえ、五十代半ばの身体には少

なからず堪える。

 そもそも……この小さな社にどれだけの人が来るのやら。

 神主さんが来ておみくじの準備をしていってくれた。甘酒もたっぷり用意し、コトコトと

今も温められている。参拝を済ませた人々は占いの結果を見、喉を温め、暫くこの焚き火の

周りで語らうのだろうか。それとも、形だけを済ませてさっさと家に舞い戻るのだろうか。

(お父さん、大丈夫かしらね……)

 今、家には夫と娘がいる。だが娘はただ“額面通り”に帰省してきただけで、特に団欒を

楽しもうという気配は感じられない。こちらもそれは数年続いてきた態度なのでもう慣れて

しまって──尚も干渉する勇気が起きなくて──結局今年も、近くにいるのに遠い、そんな

年越しになりそうだと思ったものだ。

 今頃、夫は居間でゴロゴロしているのだろうか。年賀状は一昨日出したから、大掃除も自

分と二人で黙々と済ませたから、あとは年が変わるのを待つだけだ。炬燵に半身を突っ込ん

で身体を温め、ぽつねんと歌合戦でも観ているのかなと思う。


 ──自分たち夫婦には、三人の子供がいる。

 長男と次男、そして末っ子にあたる長女。だが、何処で間違えたのか、今やそこに親子の

情のようなものを見出すことは難しくなってしまっている。


 長男はいい子だった。

 いわゆる優等生タイプの子だった。物心付いた頃にはこちらの求めるものが何かを理解し

ていたようで、たくさん勉強し、学生時代はそれこそ好成績を収め続けていた。

 ……なのに、進路を決めるとなったそんな折、あの子は変わってしまった。

『僕、役者になりたい』

 正直驚いたものだ。何をしたい、なんてこと今まで何一つ言い出して来なかったのに。

 自分はともかく、夫は激しく怒った。

 そんなものになって飯が食えるとでも思っているのか?

 何故……もっと早くそういう望みを、話してくれなかった……?

 でも、長男は終始肝心なことは口を噤んでいた。ただ「聞く耳なんてなかっただろう」と

言ったのを今でも自分は覚えている。ゆっくりと立ち上がりながら「僕は、もう人形のまま

でいるのに疲れたよ。だから色んな人になりたい……」とだけ呟いたのを覚えている。

 そして三ヶ月後、あの子は上京し──以来、二度と帰って来ることがない。


 次男は、そんな兄とは対照的な子だった。

 何というか、いいとこ取りをした性格とでもいうべきか。何せ要領が良く、不思議と人好

きがする。……これは今になったからこその見解だが、やはり二番目の子というのは当人な

りに上の兄姉の育たれ方を観ているのだろう。そして自分たち親も二度目は「慣れ」が生ま

れているから──長男を試金石に、実験台にしてきたから──最初ほどはこの子をああしろ

こうしろと縛らなかったことが影響したのだと思う。

 なのでちゃらんぽらんな性格になった。何というか、真面目な「責任」よりもどう楽しく

生きられるか? その「快楽」を行動原理にしているような節が成長するにつれて目立つよ

うになっていたのだ。

 勿論、然るべき時には注意し、夫共々叱った。

 だけど当人は中々悔い改めるようなことはなかった。むしろこちらの反応、その限度を毎

回見極めた上で自由にやっていたように思う。

 そんな自由人も、大学を出た後は街に出ずっぱりになってしまった。何でも仲間達と会社

を興したらしい。まだ起業したという手紙をくれただけでも良しと考えるべきなのか。

 こちらの心配なんてなんのその。あの子は今も気ままに、遠い場所で生きている。


 長女は、大人しく我慢強い子だった。

 急に吹っ切れた、昔から振り回してくる兄達を相手にしてきたからか、自分たち夫婦待望

の娘はとかく忍耐の子に育ったように思う。

 手の掛からなさで言えば、間違いなく一番だった。

 だけどそれは──やはり今だからこそ実感を持てるのだが──、子育てとしてはとても危

険なことなのだと思い知らされる。

 最初は、自分も夫も、いわゆる反抗期程度にしか思っていなかった。

 とりわけ女の子のそれとは尚の事気難しいもの。夫はそんな娘の冷たくなった態度にしょ

んぼりとすることも少なくなかったが、当時の自分は「年頃の女の子なんてそんなものよ」

と慰めてやりつつ、重大に考えていなかったのだと思う。

 だけど……実際はどうか。

 睨まれ続けている。恨まれ続けている。そうここ数年は感じてならない。

 自分の娘を信じてやれないなんて親失格だ──そう自分を叱ってみても、現実に娘は下宿

先のアパートから帰省するのを嫌がったし、今年も何とか説得して、それでも渋々といった

様子だったのだ。

 もしかしたら……。自分は長男と同じような鬱屈を、知らぬ間にこの子に与えてしまって

いたのではないだろうか?

 折角同じ屋根の下に帰って来てくれているのに、結局あの子は部屋に閉じ篭っている。


 ドラム缶の中で薪が燃えていき、カランッと音を立てながら一つまた一つとその質量を灰

と煙に変えていく。

 法子はぼうっと思っていた。

 暮れゆくこの年。程なくしてやってくる新しい年。

 ……本当に自分は、自分たち夫婦は、これでよかったのだろうか?

 歴史かこにもしもなんて無いとは云うけれど、それでもやはり後悔が無いかと問われれば間違い

なく嘘になる。子供達との関係だけに絞ってみても、それは思い返せばあまりにも多過ぎた。

 長男があんなことになった──あれは自分達が「良い子」を押し付けてきた所為なのか。

 次男の奔放さを止められない──本人は気付かずとも、自分達の兄への接し方、育て方が

あの子をあんな危うい姿と心にしてしまったのではないか。

 長女の抱く心が分からない──二人の兄の背中を見てあの子は育った。もしここ数年の、

まるで“敵”をみるような眼は、もしかしたら兄妹を育てようとしたもてあそんだ自分たち夫婦への恨み

の念なのかもしれない。

 悔やみ出せば止まらなかった。あの子達には、もっと幸福な道があったのかもしれない。

 詮無い考えだとは分かっている。自分もパートに出、夫も小さいながらも町工場の社長と

して日々を汗を流し、必死になって子供達を養ってきたのだ。その必死さが不十分だった、

悪だったと言われても、正直反発する気持ちが今でもある。

 そもそも……断じていいものなのか?

 あの子達の子育ては“失敗”だった──それは結局、また自分たち親の方から一方的に、

何よりもう巻き戻すことなどできない子供達の全存在を頭から否定しに掛かるようなもので

はないのか。

 どちらが、何が“正しかった”のだろう?

 成長していくその時代時代、子供達が何を思っていたのか。可能な限りその意思を汲んで

やる事が正解だったのか。或いはそれは単なる迷いで、いわゆる世間体というものや漠然と

した親の「責務」といった、もっと大きくて直接的な力に従い、優先順位を高くしていれば

いいのだと自分に言い聞かせ直すのが正解なのか──。

「……ぁ」

 そんな時だった。ごぅん。遠く夜闇の向こうから鐘の音が響いてくる。

 除夜の鐘だ。一〇八つ。俗には煩悩の数というそれがごぅん、ごぅんと続けざまに耳に届

いてくる。

 新年が来たのだ。上着のポケットから携帯電話を出し、デジタルの時刻が一つ加えた西暦

を表示しているのを、〇時を指しているのを確認する。

三田みたさん」

「……。ええ」

 法子達は互いに顔を見合わせていた。

 男性が一人、ドラム缶の火に追加の薪をくべ、組立式のテーブルの上に甘酒の鍋を置いて

待機していた女性陣が「こっちもオッケーです」と頷いてくる。ようやく本番開始だ。あと

十分十五分もすれば参拝客が集まり出すだろう。

 心なし周囲の明るみが広くなった気がした。

 それは灯を念入りに焚き直したこともあるだろうが……目に心に、慣れと気の持ち直しが

あったからなのかもしれない。


 そうして、小さな社の初詣が始まった。

 毎年この役に当たっている訳ではないので比較しようがないが、法子にはそれでも充分に

思った以上に人が来てくれているように思えた。

 一人また一人と、灯りに引き寄せられるようにひょいっと人々が顔を出してくる。

 おそらく多くは社近隣の住民だと思う。時折白い息を吐きながらやってくるご老人達や小

さな親子連れ、或いは若い少年ないし少女のグループ──正直忙しさを侮っていた。

 境内を折れていった先にある拝殿。

 そう言うと仰々しいが、要するに古びた屋根が凹字型の高床を覆っている小屋だ。人々は

とりあえずそこへ入り、賽銭を入れ、鈴を鳴らして暫し祈りを捧げる。後はふっと緊張を解

いて傍に併設してあるおみじくじを(一応任意だが)引いて貰って参拝は終了、出てきた所

で世話役達が甘酒を振る舞い、束の間の休憩を取っていただく……という手筈だ。

 法子らは次々と、存外忙しなくその仕事をこなしていった。

 境内の──ドラム缶の焚き火周辺にぱらぱらと散っていく人々。彼らはちびちびと甘酒で

冷えた身体を温めたり、自分が引いたおみくじの結果に一喜一憂している。

 とはいえ、特に厳密な作法・信仰を求める彼らに訳ではない。自分達だって詳しくは分か

らない。近くの木々の、裸んぼうになったそのあちこちの枝に、気付けば誰が指示した訳で

もなくくじの紙が結ばれていた。

「……」

 一波、また一波と参拝客を捌き終わって法子は再びパイプ椅子に腰掛けていた。

 思っていたより多くの人が来ている。近所だからか? それともこの後また他の大きな所

へと梯子したりするのだろうか? ぼんやりとそう、思い思いに境内にいる人々を眺めなが

ら想像する。

 もしかしたら。ちょっとだけ期待はしていた。

 娘が、息子達が、もしかしたら。……だけどやはり今年もそんな姿は拝めないらしい。

(んぅ──?)

 そう何となく思い、気が塞ぎかけたその時だった。

 見えた気がしたのだ。何気なく向けた視線の先、ドラム缶の篝火の向こう、道向かいの暗

がりからやって来る人々それぞれの後ろに──“枝分かれした道”が見えた気がした。

 数秒、何か分からず。だがその後の瞬間には直感が教えてくれる。

 あれは……過去だ。彼らが辿ってきた過去が、今幻となって遠巻きに視えている。

 うっすらと透明な道だった。それらは人々一人一人の後ろに延び、何度となく枝分かれを

して、おそらく過去の彼ら自身と思われる人影らを載せている。

 法子は暫し目を見開き、そして思わず目をごしごしと擦って彼らを見直した。

 だがもうそこには幻などない。意識してしまった以上、それらはすぐに向こう側へ隠れ去

ってしまう。

 法子は言葉なく目を瞬いていた。

 直感は告げる。あれは彼らの過去みちだったのだと。

 瞼に焼き付いている。確かに“枝分かれもしも”はあったけれど、その幹は真っ直ぐに今の彼ら

に繋がっていたことを。

 彼女は思った。嗚呼、そうなのかもしれない。一度俯き加減になり、篝火と人々の音だけ

に意識を集中させる。

 こうすればよかった、ああしないといけなかった──そういうのは実の所、自分達が言い

聞かせるほど意味がないのではないかと思った。

 どうしたって、みちの上を往く。

 そこが“順路”だなんて証拠は多分、今までもこれからも人間には分からないのだろう。

 むしろこれからなのだ。選んだ道を振り返るよりも、次にどんな道を往くかを──。

「……」

 そっと、法子は顔を上げた。もう幻など視えない。ただ暗がりと明るみの混じる向こうか

ら参拝客がやって来るのが見える。

 ぱちぱち。篝火が淡々と燃え続けている。

 旧年と新年。もしかしたらあれは、時のつなぎ目がみせた夢だったのかもしれない。

「──ふふ」

 誰にも気付かれぬよう、彼女は独り微笑わらった。何だか可笑しくなった。

 そうね。自分達の子育て(かこ)を責めても、あの子達が何を思っているのか、あの子達の為に何

ができるのか、何一つ解らないじゃない……。


 ありがとう。さようなら旧年あのころ

 おめでとう。こんにちは新年みらい


 法子は改めて立ち上がり、この来たる客人達を迎えた。

                                      (了)

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