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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-21.December 2013
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(3) 水粒子ビュー

【お題】海、林檎、終末

 僕らは気付けば其処にいた。

 意識を自覚した時には並んでいた。ゆるゆる。整列ではないけど其処にいた。

 自覚し見渡した時には浮かんでいた。ふわふわ。誰からとも知らず其処にいた。

 仲間はとても多い。むしろ僕という個があっという間に埋没してしまうかのようだ。見渡

す限りの同胞達。それも、きっと僕と寸分狂わぬ姿形をしてじっと寄り添い合っているのだ

から、長く観ているとこちらがおかしくなりそうなくらい。

 不思議な気分だった。

 静謐。穏やかな心地でありながら、自問すれば常に胸奥は小刻みな焦り──畏れが潜んで

いるように思えた。ぼんやりと無色透明で、だけど時々青い、そんな視界いっぱいの色を見

つめながら、ただ僕らは漂うことしかできない。……許されない。


 そうして……どれだけの時間が経ったのだろう? 僕らはにわかに動き始めた。

 尤も、僕らの“感じる”ものは時間はさして大きな問題ではないのだろう。ただそう思う

ことは即ち僕らが現実でありながら現実でないことを示すのだと思う。

 ──熱い。

 じわじわと温められているのを感じる。何も言わぬ天上から眩しさが注いでくる。

 妙なことだ。僕はこれが初めてである心算なのに、身体はそうは言っていないのだ。ただ

奥底の感慨は「嗚呼、またか……」と呟き、それでもやはり在るがまま成されるがままにな

っている。それがどうにも歯痒くて、落ち着かない。

 そしてそれは他の同胞達も似たようなものだったらしい。

 揺らぎ始めた。強く強く、皆が熱に中てられたように大きく揺らぎ始めていた。

 元から厳密な整列だった訳ではないけれど、それでも緩やかな秩序はあった。それでも互

いに何処かで結びつき、一つの僕らが形成されていた筈だ。

 ──昇る。

 なのに、こうも急かされる。どうしようもなく強いられる。

 呻き声が満ちていた。気付けば僕らは天を仰いだ。揺さぶられる心と体の狭間で悶えなが

ら、各々がそこへ向かって身をねじ込もうとする。

 故に集まっていく。殺到していく。

 天上への道は他にもある……筈なのに、皆同じ其処を狙って飛び出していく、いや引き摺

り込まれていく。勿論僕もその例に漏れない。じっとしているとおかしくなりそうだとは言

ったものの、かといってこう強引に吸い込まれるうごかされるのもまた同じ位、自分が自分でなくなる

ような……そんな気がしてならない。

 ──集まる。

 そうして僕らはどんどん引き寄せられ、一つになっていく。

 きっと外側の者達からみれば僕らは巨大な渦として見えている。だが内側の僕ら自身はき

っと違っていた。

 個は確かに今も在るのだ。僕は僕で、同胞かれ同胞かれで。だけども、最初僕が抱いていた感慨

と同じように、集まれば集まるほど──瓜二つが故に──僕らは自身がこの集団の中で埋没

していく激流へと呑まれてしまう。

 懐かしく思えた。愛おしく思えた。

 あの頃の、まだ整列ではないけれど緩やかな並びの中にいたかった。戻りたかった。

 でもそれはもう叶わない。叶わないのだと僕らの本能は既に熾っている。

 吹き込んでくるのは四方八方からの風。向きは反時計周りで、ぐるぐるとうねるように渦

を巻いている。

 きっと彼らは代弁者なのだろう。或いは彼らもまた、誰にとも知れず動かされているのか

もしれない。

 少なくとも彼らは僕らに強いてくる。昇れ、集まれ、そして進めと強いてくる。

 ぐるぐる。ふらふら。

 誰からとも知れず、されど抗えないほど力強く、僕らは海面みなもの上を走り出す。



 ただ恐ろしかった。次から次へと纏わりつく力の大きさが恐ろしかった。

 いや……厳密には僕の力ではない。僕らの力でもない。ただ付随してくるだけなのだ。風

が運んでくる。僕らが寄り集まってしまったことで引き寄せてしまう。

 そう、言うなれば自分の意思の外で成されていく疎外感。そしてそれが僕らのもの、その

ものだと誤認されるであろう後ろめたさ。

 渦は渦を呼んだ。時が経てば経つほどに同胞が──やはり僕と寸分違わぬ同胞が引き寄せ

られるように集まってくる。僕の隣に、彼・彼女の隣にねじ込まれ、ぎしぎしと内部で軋む

ほどに皆が蠢き続ける。昇っていく。渦を巻いて、その動きが僕らを力づくで前進させる。

 それでも、まだ海面みなもに居たからよかったのかもしれない。

 確かに果ての見えない強制は辛かったけれど、僕らを見上げ慄く者らを見るのは、見るし

かできないのはもっともっと辛くて。

 ……随分と遠回り。だけども大きな力に流されて、巨大になり過ぎた僕らは上陸する。

 海面みなもではない地面だいちだ。そこには僕ら以上に意思を持ち、必死にその生存と標を遺す為に暮

らす多くの者達が棲んでいる。

 ──呑み込んだ。

 溢れ出して牙となる海面みなもの破片達。だがそれすらも彼らにとっては間違いなく脅威だった。

 それが世界だ。それは過去にも何度となく、かつての同胞達が成さざるをえなかったこと

なのだ。……そう言われても、僕らは彼らの悲鳴を嘆きを、ただ轟音で掻き消すことしかで

きないのだ。

 きっと、そこには在った筈なのに。

 そこにはきっと彼らの営みというものがあった筈なのに、僕らはただ「誰かに強いられた

から」というだけでそれらを水の底へと引き摺り込む。壊して浸して、滅茶苦茶にするしか

能が無い。

 ──落ちていった。

 それは海面みなもを眼下にしている時も、地面だいちを眼下にしている時も常に誘われた衝動だった

けれど。

 どう、どうどう。同胞達が落ちていく。大粒の降下物となって落ちていく。

 これが本来の、このような群れになった僕らの仕事の筈だった。僕らが世界を巡ることで

皆は潤され、生命を繋ぐ。元より基盤であるそれを、再び繋ぎ直すように。

 なのに……何故僕らはこんなにも“攻撃的”であるのだろう。

 これでは災禍以外の何者でもないではないか。ただ数の暴力で以って降り立ち、その眼下

に息づく営みを阻害し、壊し、ひいてはそれらの行為主らを永遠に絶ってしまうことすらも

厭わない。これが恵みだというのか? 僕らは何故こんなことをせねばならない……?

 ──見た。そして僕らはこれを止められない。

 艶黒い人工の大地が、みるみる内に同胞らで埋まっていくのを見た。

 金属で包まれた台車は沈みゆき、点々と立つ鉄棒の灯りはぼうっと煙ったよう。何を被ろ

うが差そうが、彼らに抗う術はなく、ただ打ちつける同胞達に俯くしかない。

 蓋を持たない灰色の囲いが、或いは土のままの囲いが、同胞らで溢れ狂うのを見た。

 それは彼らが勝手に決めただけの物に過ぎない。そう言ってしまえばそれまでだ。だが少

なくともその囲いを同胞達が越えていくことで、ほぼ確実に失われていくものがある。家と

呼ばれる営みの箱達、田畑と呼ばれる緑らを飼う為の設えられた土。それらは自分たち数の

暴力の前ではあっという間に突き崩されるし、泥の荒地に為る。だからだろうか、しばしば

僕らが通り過ぎる、その前後になって彼らはわざわざその危険へと足を運び──死ぬ。

 ──聞いた。その声に僕らは応えられない。

 渦と化した僕らが通り過ぎていく。その道筋に在るものは全て薙ぎ払われる。

 自身の箱庭が瓦礫になり、呆然と立ち尽くしたり泣き喚く者達がいた。

 自身の同胞を見失い、必死になって捜し求める者達がいた。

 生命が、失われていく。僕らは恵みを与える者ではなかったのか。

 揉みくちゃになる。無数の箱庭が、木々に垂れた赤や緑といった果実が、或いは彼ら自身

がその災禍を被り、散々に砕かれる。引き摺り下ろされる。項垂れる。

 言葉で叫ばれればまだ解り易かったよかったのかもしれない。

 ただ辛かった。ぎゅっと唇を結んでこちらを仰ぐ眼だったり、声も何もなく踏み躙られたまま

朽ちるだけだったり。


“これが、お前達の罪だ”


 そう言われているような気がして。



 ──なのに、僕という個は何もできない。僕という個自身の意思で彼らを救えない。

 常に働くのは誰とも知れぬ大きな力だ。その抗えぬ流れに沿って僕らは、寸分違わぬ姿形

をした僕らは動くことを命じられ、昇り集まり、そして落ちる。

 同胞の誰かが言っていた。最近の天意ごいしは妙な感じがすると。

 それは僕らも大いに頷いたことだった。

 何というか、極端になってきている気がする。注がれる熱は以前よりもずっと強烈で、か

と思えば凍えるほどにそっぽを向かれることもある。“攻撃的”なのだ。営む者らに恵みを

与えることが僕らの存在意義なのに、その指示がまるで加減というものを失っている。

 ……また海面みなもに出た。

 僕はその時内心ホッとし、そしてそんな自分を激しく責めた。

 嘆きは怒りは、ずっと後ろから聞こえている筈なのだ。

 天意ごいし通りに働いただけ──そう多くは割り切っていたり、或いは考えさえ失くしてしまっ

ているけれど、幸か不幸か僕にはまだ「僕」が残っているらしい。少なくとも僕にはあれが

恵みには見えない。……まるで懲罰だ。何となしに気まぐれな。

 潤しているのだろうか? 僕にはそれ以上に壊し、抉り、薙ぎ倒すばかりに思える。

 いや、所詮は僕の眼でしかないのか? 天意ごいしはあの強き営みの子らを、折に触れて文字通

り流し去ろうとしているのかもしれないし、或いは単に、彼らが好き勝手に箱庭を作ったことで

巻き込まれているだけなのかもしれない……。


 ゆっくりと、それまでずっと僕らを縛り付けていた力が少しずつ緩んできた。

 終わる。僕らは悟る。下がり続けていた熱も、継ぎ足されて続けていた他所の同胞らも、

気付けばだいぶ少なくなっていた。

 地面だいちは随分と遠くなった。此処は寒き海面みなもの上だ。

 嘆きの合唱はすっかり耳に遠くなってしまった。だから余計のこと、あそこに棲む者達が

安穏と暮らしているのではないかと、気を緩めれば想像してしまう。……少なくとも、僕ら

が通り過ぎたことで揉みくちゃにされた者達がいる筈なのに。

 渦が一つ、また一つ還ってきえてゆく。

 これで僕らは今回の役目から解き放たれるだろう。しかし一方で渦巻く中に取り残された

自分を呪う気持ちもあった。いっそのこと、他の同胞らのように地面あそこに落ち、最後の最後まで

あの声に寄り添うべきだったのではないかと思ったから。

 観測されるのは──消滅。

 僕らは災禍の僕らではなくなる。ただの……漠然とした集まり。

 じきに僕らは戻るだろう。ゆるゆると、ふわふわと、整列せずとも寸分違わぬ姿形で漂う

全体と為るだろう。

 静謐が戻るのだ。眠っていればいい。

 天意ごいしからの呼び声が世界を動かし始めるその時まで、ぼんやりと個と全の狭間に埋まり埋

まらぬように漂いながら、ただ在ればいい。在ることを許される。出発前はあれほど小刻みな

焦りがあったのに、僕も中々どうして身勝手か。


 意識が剥離していく。この眠りを、天意ごいしを僕らが妨げぬ為に。

 嘆き等を忘れていく。秩序というものは、多分如何に捨てて進むかなのだと思う。

 僕が見てきたものらも、聞いてきたものらも、刻んだ記憶や時に自分すらも。

 程なくして、そう僕らは限りなく薄まるようにして消えていく──。

                                      (了)

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