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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-1.April 2012
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(1) エイト・ミリオン

【お題】神社、コンビニ、沈黙

 故郷に帰って来てから最初の年始を迎えた。

 本来ならば新年への期待に胸を躍らせるというのが風情なのだろうが……生憎、俺はそん

な気分には、どうしてもなれない。

 逃げてきたのだ。

 学校を出て、いい会社に就職して豊かになってやる。意気込みだけは一丁前に。

 だけどそんな俺が馬鹿だったのか、もしかしなくても、この世の中がもうそんな夢に感け

る程の余裕を持ち合わせていなかったのか、結果を言えば──挫折したのだ。

 現実は厳しいとはよく云ったもので。

 実際、向こうでの俺は日銭を稼いで糊口を凌ぐのが関の山。

 そんな生活を、気付けば何年も続けていた。

 転機は、至極簡単だったのかもしれない。

 妹が結婚する。そんな報せを聞いて、兄として出席して欲しいと言われた。

 正直を言えば「俺が出ていいのか?」と思った。

 片や、商社の正社員を掴まえ“勝利”の糸口に立った妹。

 片や、そんな花形とは縁もゆかりもなく社会の片隅で細々と生きてきた自分。

 ──自分でも哂えてしまう。こんな場面になっても、プライドだけは一丁前だなと。

 だがそんな俺の自嘲を知っていないのか(いや……あの蝶よ花よと育てられたあいつには

こういう世界があることすら理解がないのかもしれない)、妹とその婿は是非と俺に招待状

を送ってきたのだ。

 こっちでの生活に行き詰まりを感じていたのも大きいのだろう。

 結局、俺は式に出るのと一緒にそのまま帰郷の人となったのだった。


(……誰もいねぇや)

 日付が新年に変わって間もない深夜。

 俺は、久しぶりに実家近所の小さな神社に足を運んでいた。要は大の男が一人ぽつんと参

る初詣といったところだろう。

 だが、境内には俺以外、人っ子一人居なかった。

 いやそもそも、久々に訪れたこの神社自体がすっかりボロボロになっていた。

 ガキの頃には妹や同郷のダチと一緒に、境内でよく遊んだっけ……。

 着古したパーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、そんな過去を思い出し、微笑を、

そしてすぐに苦笑を漏らしてのそのそと社殿の方へと歩いていく。

 元より何か有名な神社という訳でもなかった。

 しかしその廃れ具合は、否が応にも時間が流れてしまったのだなと認識させられる。

「……。お互い、変わったもんだよなぁ」

 誰かが聞いている訳でもないが、ついそんな事を呟いてしまった。

 もう一度、独り照れ隠しに苦笑を一つ。

 そのまま俺はもそもそと財布を取り出すと、五円の硬貨を一枚、掌の中に転がした。

 “ご縁がありますように”という語呂。

 月並みだが、金額を投じて戻ってくるものもまた大きい訳ではないとは、向こうでも嫌と

いう程思い知らされた。

 カコンッと、木製の賽銭箱に軽く放り投げた硬貨が転がっていく音がする。

 紐を垂らした鈴を揺らし、二礼二拍手。

 ぼんやりと頭の中に描いたのは、向こうでの決していいとは思えない記憶やら、ちょっと

良かったなと思う──少しの間だけ一緒だった彼女やバイト先で誕生日を祝ってくれた弱気

な同僚だったり──記憶。そしてこれからの、この故郷で食い扶持が見つかりますようにと

いう、割と切実な願い事だった。

「……」

 そして暫く、何となく“見えない神様”なぞに頭を下げてから。

 ふと顔を起こして振り返ると、視界に灯りが見えた。

(……ありゃあ、コンビニか?)

 神社の石段の眼下、その侘しく空いた敷地の一角にぽつねんと一軒のコンビニが建ってい

るのに、今更気付いたのだ。

 こんな所にコンビニなんてあったっけ?

 そんな事を思ったが、時は確実に流れているのだ。店の有無があってもおかしくはない。

 だからなのか。

 俺は、寒空に一つ大きな白い息を吐くと、ゆたりと境内を過ぎ、石段を降りていた。

 

「いらっしゃいませ~」

 最初に覚えたのは、妙な違和感というか懐かしさだった。

 一応見た目には普通のコンビニだったように思う。

 だけど敷地の、店舗の裏手には(神社の傍だからか)分社らしき小振りの鳥居と石造りの

祭壇があったりもしたし、店内自体にも……何だろう。妙な懐かしさが漂っている気がした

のだ。

 奥のレジには線目の、横にも縦にも恰幅の良い男性が薄緑のエプロンを引っ掛けている。

 俺はそんな彼とちらと視線だけを合わせるとサッとそれを引っ込め、何となく入口からす

ぐに左に折れて店内の隅から延びる雑誌コーナーへと足を運ぼうとする。

(……ああ。そうか)

 そしてその最中でそれまで感じていた懐かしさの正体を知る。

 妙に古臭いのだ。商品のチョイスが。

 店の見た目こそコンビニっぽいが、その実、内面は“昔ながらの駄菓子屋”に近いのだ。

 一応現代っぽい日用品が並んではいるが、それでもそうした一昔二昔前の商品が置かれて

いれば、自然と“臭く”なる。

 どうせ田舎こんなばしょでは流行らないという頭でもあるのだろう。

 だが、俺には内心これはこれでいいかなと思え、クスと小さく微笑んでしまう。

「……」

 そんな時だった。それまでさっきのふくよかな店員と二人きりだった店内に、別の客が姿

を見せたのだ。

 ふ抜けたチャイム音を背景に、スーツを着こなし眼鏡を掛けた、如何にも真面目そうな男

性が一人。眼鏡の奥の鋭利そうな眼をゆたりを店内に、そして先の店員へと向けると、彼は

ゆっくりと歩いていく。

「まだこんな事をやっていたんだな」

「まだ、とは心外だねぇ。こっちも稼がないとやっていけないんだよ」

 咄嗟に近場の雑誌を手に取り、開いて顔を隠して、傍の商品棚を死角に身を隠していた。

 別に悪いことをしている訳ではないのだが、ただ……何となくだ。

 その間にも、二人は何やら話しをしている。

 まだ? 少なくともあのスーツの男は一見さんではないらしい。

 対応している店員の方も結構なざっくばらんな口調──プライベートで知り合いなだけか

もしれないが──であり、お互いに開口一番、そんな皮肉っぽいが気安いやり取りをみせて

いるように思える。

「こういう、拝金主義は嫌いじゃなかったか?」

「まぁね。商売というのは、困っている人に財を提供することだ。財を蓄えることが目的で

はないよね」

 聞き耳を立てながら、ハッとした。

 のんびりしていそうで、何故か自分が責められた気がした。

 俺は……何の為に稼いでいたんだ?

「それでも、もう彼らには説得力はないんだろうね。だからせめて、自分だけでもその姿を

演じてみようかと思ってさ」

「……そうだな。お前には何だかんだと世話になっているしな。何か買っていってやるよ」

「ふふっ。毎度~」

 言って、スーツの男はレジの前から、店員の前から離れて奥の弁当コーナーへと足を運ん

で行ったようだ。

 それでも、俺は暫く内容など頭に入ってこない雑誌と睨めっこしながら突っ立っていた。

 自分が蓄えるばかりで、他人に資する精神を忘れた──。

「うぃ~っす」

エビ君、新年の挨拶に来たわよ?」

 そうしていると、今度は男女二人組が店の入口を開けた。

 一人は筋骨隆々とした、パンクファッションの男。

 もう一人は長い黒髪を伸ばした妖艶な女性。……個人的にちょっとタイプだ。

 どうやら彼ら二人もまた知り合いであるらしい。二人は入ってきて早々、このふくよかな

店員に片手を上げ、ウインクをしてみせて挨拶をすると、買い物そっちのけでレジを挟んで

話し込み始める。

「やぁ。二人とも無事だったかい?」

「何とかな。少なくとも人間がいる限りこっちは消えないんじゃねぇか? なぁ?」

「私に振らないでよ。貴方は命を散らせる方、私は命を生み出す方。根本が違うじゃない」

「細けぇこったあいいんだよ。どうせ巡り巡って何処かに落ち着くんだしよ」

(……何の話だ?)

 流石に今度こそ怪訝の色を隠せなかった。

 眉根を寄せると、俺は雑誌の陰からレジの方をじ~っと観察し始めていた。

 一見すると、顔見知りらしい店員と客らの深夜の雑談。

 だがその節々が何とも妙だ。消えるだの、命をどうこうだの……。

「だけど、実際に消えてしまったら……同じようにはならないものよ」

「そうだな。今年──いや昨年だけでも六人が滅したいなくなったからな」

「……暮れに四丁目の伊左衛門爺だったな。気のいい奴だったのに」

 それまで弁当を選んでいた先のスーツの男も加わり、四人はふと気が重いように黙り込ん

でしまっていた。

 知り合いが死んだ、という事なのだろうか?

 今眼が合っては拙い。そう思って俺はそっと視線を雑誌に戻す。

 だけど相変わらず内容など頭に入ってくる筈もない。

 逃げ出したいが、この場で下手に動く訳にもいかなくなってしまっているという状況。

「……やっぱり自分達はもう“消える”しかないのかねぇ」

 そしてやはり、彼らは言った。

 線目の微笑はそのままに、しかし声色は確かに嘆息を含んで店員の声がする。

「今のままなら、そうなるのだろうな。……顕現をやめて高天原あっちに帰って暮らすと決めた

同胞も多いと聞く」

「おいおい。人間達はどうすんだよ?」

「もう必要ないんだろう。彼らからも、私達からも。この時代に私達は」

「てめぇ! それだけは言うな!」

 叫んでいた。

 思わず再度眼を遣ってみれば、隆々とした男がスーツの男の胸倉を掴んでいた。

 場の空気がピンと張り詰めている。

 そして俺にも、この違和感の正体が分かり始めている。

 だけど……そんな馬鹿なこと。

「──ところがどっこい。目の前の僕らは事実なんだよね、これが」

「ッ!?」

 そんな時だった。

 ふと気付くと、まるでこちらの頭の中を覗いていたかのように、一人の柔和な、線の細い

青年がすぐ傍に立っていた。

 驚いて思わずパサリと雑誌を落としてしまう横で、この青年はにっこりを笑ってくる。

 床に落ちた雑誌の音で、ようやく俺の存在に気付いたらしいレジの方の四人が目を丸くし

てこちらを見遣ってきていたが、そんな視線すらもこの青年は微笑で頷くだけでいなしてみ

せると、唖然としたままの俺の隣で、彼はそっとファッション雑誌を一冊、手に取る。

「う~ん……事実というのも違うかなぁ。君達が“信仰するから存在できる”訳だし……」

「……」

 認めているようなものだった。

 つまり、この場にいる自分以外の面子は──。

「君、さっき神社で祈ってたから。だから多分、僕らの生の姿を知覚できてるんだろうね」

 それでも青年はにこにこと、何が嬉しいのかずっと微笑んでいた。

 静かに、時折捲られているのは今という時代のファッションの写し絵。確実に“古き良き

時代”と呼ばれる世の中から変わってゆくこの今という瞬間そのもの。

 レジの向こうでは、女性が喧嘩寸前になっていた二人を引き離していた。

 隆々とした男は不機嫌面に顔を歪めて店の外を眺め、スーツの男は崩れた身だしなみを整

え直すと、手にしてたカツ丼弁当をレジに通して会計を済ませる。

 横の、向こう側で繰り広げられる──至って人間的な営みの一頁。

 それでも青年は、不思議と浮世離れしたように語っている。

「僕らも色々大変なんだよね。商売だろうが、学問だろうが、戦だろうが恋愛だろうが僕ら

は信じて貰えなければ“居ないことと同じ”になるから。認識の問題だね。だからついこの

前、伊左衛門さんも“消えて”しまわれた。……零細な祭神は、特に憂き目に遭っている」

「……。やっぱり、じゃあ?」

 ようやく声が出せるようになった。

 にわかには信じられなかったが、今の俺に「現実を認める」勇気はなくて。

「君の想像の通りだよ。僕の担当は“芸術”だけど……もう社殿に仰け反りかえっているだ

けではやっていられない。だからこうして蝦野さんも“人間的に”お金を稼ぐことでこちら

側の存在を維持しているんだ。特に彼はヒトだった過去もあるしね」

「……そ、そっか」

 どうやらそれがあの店員の名前らしい。

 ちらともう一度、だが物珍しく視線を寄越してくる彼らに思わず目を逸らして、俺はこの

隣の青年に倣い、暫し並んで雑誌を広げたまま突っ立った格好になる。

「……。なあ」

 だけど間が持たなかった。

 早く逃げてしまえば良かったものを。でも何故か好奇心が頭をもたげて。

「どうしてわざわざ話してくれたんだ? 黙ってれば、そりゃあ妙だなとは思っても、時間

が経てば忘れるだろうし……」

 気付けば、問い掛けていた。

 彼らも苦労しているというアピールなのだろうか? だがそう簡単に人間じぶんたちに気付かれて

いいものなのか?

「ああ……そっち? 結構細かいことを気にするんだね、君って」

 なのにこの青年──いや、芸術の神様は穏やかに笑うと、

「確かに時代は変わった。僕らをこちらに繋ぎ止める信仰は薄れている。だけどやっぱり、

僕らは人間きみたちと居てこその存在なんだだと、僕は思う。……どんなに君達が我欲に走って、

妄想の産物ぼくらというそんざいを忘れてしまっても、僕らは君達を愛して止まない。寂しいっていう想いは、

愛しくて堪らないことの裏返しなんじゃないかな?」

 そう答えて言う。

                                      (了)

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