M to F
※精神的BL、実質なまぬるいGLですので苦手な方はお気をつけ下さい※
「おはよう」
「おっはよー」
昇降口はいつものように通学してきた生徒たちでにぎわっている。
普通の朝……なんだよな。
オレはこそ泥の様な気分で首だけ動かしながら辺りに目を配った。
異常はない。オレに珍妙な目を向けるヤツはいなかった。
それに安心しつつも、異常を感じているのが自分だけだという状況に孤独感も感じる。なんだか複雑な心境だ。
「おはよっ」
同じクラスの女子がなんでもないかのように挨拶してきて、おもわず全身がこわばった。
「あ……おはよ」
ぎこちなく笑いながら挨拶を返す。うーん、やはり反応は普通。家族と一緒だ。
身長が縮んだから視線が少し下がって景色の見え方はちょっと違う。通学路も校舎も昨日と何ら変わらないもので、だからこそ余計に違和感を感じた。
オレはため息をつき、下駄箱から上履きを地面に放り投げた。
ぱすん、と乾いた音がする。
昨日まで履いていた上履きより確実に二周りは小さいソレを見下ろしながら、同時に目に入る自分の白い膝頭に絶望感が増す。やっぱりコレは夢じゃないんだよなぁ。オレは今朝から続いている異常事態をしみじみ思い返した。
起きた時まず思ったのは、異常にダルイ気分だって事。
やたら長い変な夢を見た夜だった。
オレが生まれた時から女で、幼稚園生、小学生、中学生と成長し、同じ高校に通ってるという夢だ。オレは自分が男の意識を持ちつつも女である自分の人生も受け入れていた。夢にはよくある矛盾だよなぁ。
ところがである。
起きたら体が二周り小さくなっていて、両足の間のアレが消えていて、バストアップしてたんだよ、どういうわけか。
つまり女体化してたわけだ、体だけ。
慌てふためきながらも偽乳じゃないかとりあえず手で確かめてみたが、手の揉んでる感覚も揉まれてる乳の感覚も本物だったんでマジでオレはびびった。
「何だよ、コレ……」
口の中がカラカラに乾いていた。足の間の大事なアレも……無い。無くなってる!!
飛び起きて部屋を見回すと、クローゼットのいつもの場所にかかっていた制服は女物になってるし、トレーニングウェアばかり入っていたタンスに代わりに詰まっていた色とりどりの衣類はどう見ても女物のものだった。
昨日はいつも通り、メシ食ってバスケ部の朝練出て授業寝てメシ食って昼練出て、体育受けて寝て午後練して帰ってメシ食って風呂入って寝た。変な兆候なんて一切無かったはずだ。
夢と現実が摩り替わった!? なんで?
「かあちゃーん」
喉から出る声の甲高さに泣きそうになりながら混乱した頭のまま階段を駆け下りると、台所に立っていたエプロン姿の母ちゃんはいつもの様ににこやかに振り向いた。
「なあに、ふうこちゃん」
な、名前も変わっている、だと……。
オレは絶望に打ちのめされてその場にしゃがみこんだ。その後はなんかあんま覚えてない、ショックで。トイレとか行った気がするけど、どうやったかもあまり記憶が無い。夢の中で女の人生一通り辿ったから支障は無かったような気がする。とりあえず朝練はサボるにしても学校は行ってみようと思って、どうにかして支度して今に至る訳だ。人間あんまりにテンパると、いつもと同じ事しか出来なくなるのかも知れない。
ともかくも、こうして女の体で女の制服着て下駄箱の前に居るのがオレだって現実はまぎれも無く確かなことだった。
重苦しい気分で上履きに足を滑り込ませ、玄関から校舎へ入りかけたその時。
「……フウマ?」
問いかけるようにオレの名前を呼んだのは、長身の美少女だった。
すらりとした足を包む紺のハイソックス、膝のすぐ上という今時の女子高生にしては少し長めなスカートの裾。まじめそうな少女だ。
肩下までの艶やかな黒髪はシャンプーの宣伝に出られそうだし、完璧なバランスで配置された顔のパーツは整いすぎて冷たさを感じるくらい。
女子にしては長身だが、骨格が細いようで全体的に華奢な印象だ。なんかすごくこの雰囲気に見覚えはあるような。でも、こんな綺麗なやつ、この学校に居たっけ?
オレが首をかしげて記憶を探っている間も、彼女はこっちを見つめたまま凍りついたような表情でその場に立ち尽くしている。
このまま見詰め合っていても仕方ない。オレは勢いよく彼女の正面に進んで話しかけた。
「あのー」
オレのこと知ってんの?
そう言いかけつつオレより頭半分は背が高い彼女の顔を見上げた時、唐突に気がついた。
「え、お前……、雅樹ぃ!?」
目の前の女子は紛れも無く中学時代から同じバスケ部に所属していた親友、小原雅樹だった。うん、多分きっとそう。ほぼ毎日顔を合わせて四年目になるからこの勘は正しいはず。確か雅樹は姉妹がいなかったから姉ちゃんだったり妹だったりするってことは無いだろう。
何か言わなきゃ。お互い大変な事態になってるなとか、何か。焦りすぎたオレの口は酸欠の金魚みたいにパクパクするだけで、言葉にならなかった。
「ってか、なんで、お前まで女になってるんだよ」
瞬きもせずオレをじっと見つめていた雅樹は端正な顔を歪ませて力無くそう呟くと、顔を両手で覆いつつその場にしゃがみこんだ。
……それは、こっちのセリフだっつーの。
あの後授業なんか出てる場合じゃないと二人で空き教室に移動して、今朝からのことを報告しあった。どうやら雅樹もオレと同じように女になった半生の夢を見て起きたら女体化してたらしい。
今は通行人から見えないように床に尻をつけて廊下に面した壁を背に二人並んで座ってボーっとしている。まだ本格的に冬になってないが、床って結構冷たい。スカートって短いし。
「何で風真まで女になってるんだよ……」
雅樹の苦しげな呟きが静かな教室に響いた。
同類が見つかって安心したからか思いっきりボーっとしてたオレは、目をぱちぱちさせながら横に座った友人に目を向けた。
そんな、見てるだけで胸が締め付けられるような、今にも泣き出しそうな顔で言うなよ。
雅樹は元々細め体系だったけど今はさらに肩幅がせばまって華奢な印象を受ける。体育座りした膝の上に乗せられた雅樹のほっそりしてしまった手は、かすかに震えていた。
「ほんと……意味ねぇじゃん……」
こいつの落ち込みっぷりは半端じゃない、さっきからため息ばかりついている。元々は冷静であることに努めてるイメージが強かったけど、そういやコイツって不測の事態に弱かったよな。
オレもついさっきまで混乱しまくりだったけど、自分よりパニクってる奴がいるためか、かなり落ち着いていた。嘆く気持ちも充分分かるんだけど、いつまでもこうしてるわけにはいかないだろう。オレはしゃがんだ姿勢のまま雅樹の正面に回りこんだ。
「意味ねーなんて言うなよ、さっきまで、超心細かったんだから」
少し上にある瞳を上目遣いに見つつ、ゆっくり言う。
雅樹は少し息をのんで、オレに視線を当てた。目頭にうっすら涙が浮かんでいる。
ちくしょー、コイツ、美人って言葉がピッタリ当てはまる。朝、鏡で見た女版オレも自画自賛かもしれないがそこそこ見れるかななんて思っていたけど、残念ながら負けを認める。
「オレらって確かに男だったよな。その記憶があるヤツと会えて、ほんと安心してるんだって」
なんか、そう言ってる間にしみじみオレだけこうなってるんじゃないって実感して、オレも目頭が熱くなってきた。
急にテンションが上がったオレは、雅樹の両手をがっちり掴んで叫ぶように言った。
「良かったー、頭狂いそうだったわー。マジ良かった、仲間がいた」
朝からずっと心細かった。夢だと思ってることが本当の現実で、オレが男だったのが間違ってたんじゃないかなんていう思いも沸いてきてた。
オレが女じゃなかった昨日までを知ってるのは、今のとこお前だけ。雅樹の存在だけが、オレがオレである何よりの証明なんだって実感してる。
「雅樹がここにいてくれて本当に感謝してる」
「……風真」
瞬きと同時に雅樹の瞳から盛り上がった涙が彼女の白い頬に流れ落ちた。
女になってるとはいえ中身は雅樹だろ、そんな簡単に泣くような人間じゃないはず。そんなこいつの姿に驚きつつも、彼女の泣く姿があまりに美しくて目が離せない。美人の涙って武器だ。それを実感しつつ無言のまま片手を伸ばして頭を撫で、雅樹が落ち着くのを待つことしか出来なかった。
「考えてもどうしようもなくない?」
それがオレの今の答え。
「は?」
まだ目がちょっと赤いけれど、雅樹はいつもの調子に戻ったみたいだ。
これからどうする、そんな問いにオレが返した答えにあっけに取られているようだ。
「仕方ないっつーか。現実を受け入れてとりあえず暮らしてくしかないんじゃねー?」
けして投げやりなつもりでは無いけれど、コレが現実ならどうしようもない。そんな気持ちでオレは雅樹を見た。やけくそで短絡的な結論に呆れているだろうか。
「え……そこでそういう結論になる?」
「だってさぁ、オレらがこうなっちゃった原因さっぱりわかんないしいつまでこうなのかも戻れるかもわかんねぇし、グダグダしてても仕方ないだろ。オレはオレのままで女の人生を楽しむことにするわ」
後頭部に手を入れ、ガシガシ掻き揚げる。硬い髪質は一緒だけど、長いと全然感覚が違うなぁ。
痛くない程度に引っ張って顔の前に持って来て、しげしげと見つめる。
なんかシャンプーの良い匂いする。自分に由来する香りに反応してる自分がキモい。
黙ったままこっちを見つめる雅樹に、にやりと笑いかけた。
「今しか出来ないことってそれなりにあると思うし」
もちろん性的な意味では無く。イヤ当然そっち方面も興味あるけど。
「女の人生も、案外悪くなさそうだろ。親友のお前もいるし」
オレの言葉を聞いて、雅樹は一瞬泣きそうに顔を歪めたあと、体を震わせて笑い出した。
え、なんかおかしいこと言ったか、オレ。
こいつ、こんなに泣いたり笑ったりするキャラじゃなかった。よっぽどストレスでかかったんだろう。
慌てるオレの両肩に腕を置いて雅樹は微かに微笑むと、オレの耳元に口を寄せて言った。
「やっぱ、お前のそういうとこ、好きだ」
「何だよ」
女の子の声音が耳元でしたから、ちょっと照れる。
冷静になってみたら、雅樹とはいえ外見美少女とこんな接近遭遇したことは今まで無かった。
頬の熱をごまかすため雅樹の肩に頭突きすると、そのまま頭を抱え込まれる。わー胸が頬に当たる……ってなんだ、外見華奢なだけに失礼ながら残念な感触。
でも明らかにヤローとは異なる感覚に胸が高鳴った。抱き合うとかって男同士だとキモいだけだが、女同士だとなぜか許される気がしてしまうのは何故だ。制服からは女の子の良いにおいがする。コレがいけない。香水とかじゃないシャボン的な香りっていいよなー。
「……どっちかが女だったらと何度も思ってたけど、まさか両方がなっちゃうなんてね」
耳元でした少し低い声の内容に、オレは眉をひそめた。
ん?どういうことだ。
「ホントに皮肉。でも、なんだかどっちでもいい気がしてきた、風真は風真だもんな」
きゅっと抱え込まれ、肩に頭を摺り寄せられた……って。
「おいお前、この手は何だよ?」
オレの豊かなバストにけしからん感じで乗せられうごめき始めた雅樹の左手首を思い切り掴んで離そうとしたら、左肩を押されて勢い良く仰向けに転がった。
「いってーな! っておいちょっとタンマ」
「女の子ってそんなに力差が無くていいね。俺等が男だったらお前みたいな筋肉馬鹿、押し倒すの無理だったし」
「何言ってんだよ!!」
乱れたスカートを直しつつ上半身を上げようとするが、それより前に足の間に雅樹が膝を置いて、上がった肩を押さえつけられる。
さっきも打った背中が冷たい床に押し付けられた。
「痛てー、ってかいくらオレがプリティ女子高生になっちゃったとはここ、校内だから! 今授業中だから!」
なんだなんだ。
異性への興味の暴走?
「校外で放課後なら良いって事?」
にこりと唇だけで笑みを作って、雅樹は言った。目が全然笑っていない。
艶やかな雅樹の黒髪がオレの鼻先をくすぐる。
「イヤイヤ、だいたいお前も女だし!」
「それは余り問題無いんじゃないかな」
「ありまくりだろ!!」
「俺は気にしない」
「オレが気にするんだよ!!」
ヤバイこいつ、全然言葉が通じない。オレは本能的な危機を感じてあとずさろうとしたが、雅樹がそれを許さない。攻撃的でいて甘い空気をまとって見下ろしてくる彼女に相対するオレは、蛇に睨まれたカエルの様。ゆっくり下がってくる形の良い唇を拒むことができず、自分の唇をふさがれる事になってしまったのだった。
どうも、女になったオレの姿が雅樹にはどストライクだったらしいようだけど、女同士だしこの先そんな困った事態にはならなそうだな。キスだけで満足するなら実害ないし。ファーストキスだったけど、こんなもんかってのが感想だな。
唇が離れた後、落ち着いたら教室行こうぜって言ったら、雅樹は異様に肩を落として落ち込んでたけど、アレなんだったんだろう。
まぁいいや。女のオレは女子バスケ部に入ってるみたいだから、バスケ出来る事に違いは無い。出来ることをしていくしか無いだろう。
「とりあえず筋トレだなー」
呟きながら横を歩く雅樹を見上げた。
オレが男だったらコイツ超好みなんだけどな、そんなことを思いながら。