第二章 第1部 第4話 ~仲間の予感!?狐耳の少女ティア~
ネブラとの戦いは、偶然の勝利ではありませんでした。
三人がそれぞれの覚悟と傷を背負い、踏みとどまった結果です。
互いを信じ、刃を合わせ、命を賭けて得た時間。
その中で交わされた言葉と沈黙が、
この旅を「二人の旅」から「三人の旅」へと変えていきます。
これは、
仲間が増える物語であると同時に、
それぞれが背負う過去が、静かに繋がっていく物語です。
翌朝――。
村の宿屋の扉が、ぎい、と静かに開いた。
「……お世話になりました」
「本当に、ありがとうございました」
ニーナとユキネが頭を下げると、宿屋の女主人は目を潤ませながら、力強く手を振った。
「いいのよ、いいの。あんたたちが来てくれなかったら、村はどうなってたか……、もう、命の恩人だよ」
外に出ると、すでに村人たちが集まっていた。
昨日までの不安げな顔は消え、誰もが晴れやかな笑顔を浮かべている。
「騎士様! 本当にありがとう!」
「剣のお嬢さんも、すごかったよ!」
「無事に旅を続けておくれ!」
「皆さまのお力があってこそです」
ニーナはかつての王女らしく、柔らかな微笑みで応える。
「どうか、これからも平穏な日々が続きますように」
ユキネも軽く頷いた。
「もう、あの盗賊団は戻ってこない。安心して」
村人たちの拍手と歓声を背に、二人は村道を歩き出す。
――と。
「……やっぱり、行っちゃうんだ」
聞き覚えのある声が、背後から響いた。
振り向くと、村外れの木陰に、フードを被った少女が立っていた。
「ティア……」
「来てたの?」
ティアはフードを少し持ち上げ、気まずそうに視線を逸らす。
「まぁね。……見送り、ってやつ?」
しばしの沈黙。
やがてティアは、意を決したように一歩踏み出した。
「あのさ……」
「……?」
「昨日の戦い、正直言うとさ」
ティアは小さく笑った。
「久しぶりに、“一人じゃない戦い”だった」
ユキネが眉をひそめる。
「……?」
「あたしも、ついて行っていい?」
二人の視線が、ティアに集中する。
「魔界の連中、また出てくるでしょ」
「それに……あんたたちと一緒なら、もう少し面白い旅になりそうだし」
ニーナは一瞬驚いたように目を瞬かせ
すぐに、優しく微笑んだ。
「もちろん、私たち仲間は大歓迎だよ」
「……いいの?」
ティアの声が、わずかに震える。
ユキネは肩をすくめた。
「昨日、背中を預けた相手だ。今さら断る理由もない」
「それに」
ニーナは一歩近づき、まっすぐティアを見る。
「ティアは、命を守るために剣を振るえる人。そんなあなたと旅ができるなら、心強いよ」
ティアは一瞬、言葉を失い
そして、照れたように笑った。
「……参ったな」
「じゃ、決まりってことで!」
こうして。
死闘をくぐり抜けた三人は、肩を並べて歩き出す。
まだ見ぬ強敵も、過酷な運命も待ち受けているだろう。
それでも――。
「ね、次はどこ行くの?」
笑い声が、朝の道に溶けていった。
三人は草原の奥にある小さな広場で足を止めた。
柔らかな草が風に揺れ、空はどこまでも高い。
張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
「ふぅ……結構歩いたわね」
ユキネが腰を下ろし、軽く肩を回す。
「ええ。でも、この辺りは気持ちがいいね」
ニーナも微笑みながら、草の上に座った。
「旅ってさ、こういう時間があるから嫌いじゃないんだよね」
ティアは寝転がり、両手を頭の後ろで組む。
「命のやり取りのあとに、何でもない話をする時間」
「それ、わかるかも」
ニーナはくすっと笑った。
「緊張が解けると、心まで軽くなるよね」
三人は、旅の失敗談や、食べ物の話、少しくだらない冗談で笑い合った。
ふとした沈黙の中で、ティアの表情が曇る。
「ティア?」
ニーナが心配そうに声をかける。
「……あ、ごめん」
ティアは目を伏せた。
「ちょっと、昔のこと思い出しただけ」
空気が、わずかに重くなる。
「無理に話さなくていいよ」
ニーナは慌てて言った。
「楽しい話を続けよっか」
だが、ティアは首を振った。
「……んーん、話すって決めたから」
ゆっくりと、重たい口を開く。
「私が生まれ育った里はね……もう、存在しないんだ」
二人は息を呑んだ。
「百年以上前、魔源死天王の一人、虚霧のスカードームに滅ぼされた、その時、私は……この呪いを刻まれた」
ティアは自分の首元の後をそっと二人に見せた。
「封印の刻の呪い」
「身体の成長を止める呪いだよ。……百年以上、ずっとこの姿のまま」
「……そんな……」
ニーナの声が震える。
「だから、ネブラが奴の配下だと知った時柄にもなく怒りで我を忘れそうになった。でも二人のお陰で冷静さを保てたってわけ」
ティアはそう言って笑ったあとしずかに目を閉じた。
「里が消えていく中で、里長が、私を庇って……最後に言ったんだ」
『生きろ。
月の奇跡の後継者を探せ』
「里のみんなはね」
ティアの声は、かすかに揺れる。
「私を逃がすために、命を使った」
沈黙。
ユキネは拳を握りしめていた。
「それから私は、義賊になった」
「悪い奴からだけ盗んで、世界を回って……何十年も、後継者を探し続けた」
「……じゃあ」
ニーナが静かに尋ねる。
「私たちに声をかけてくれたのは……」
「うん」
ティアは頷いた。
「初めて会った時、なんか……あったかかったんだ」
視線が、二人に向けられる。
「一緒に戦って、確信した、あんたたち、後継者だって」
そう言って、ティアは腰に差していた双剣を取り出した。
「これが、里長から託された双剣」
二人は思わず息を止める。
「……これは……」
「銀月の……」
その瞬間。
ニーナの剣が、ユキネの刀が、微かに震え、淡い光を放ち始めた。
「え……?」
「共鳴してる……?」
「やっぱりね」
ティアは、どこか嬉しそうに笑う。
「そうだと思った」
双剣を抜いた瞬間、草原一面が銀月の光に包まれた。
「……私たちの時と一緒……」
ニーナは眩しそうに目を細める。
「どうやら」
ユキネは静かに言った。
「本当に、同じ後継者同士のようね」
「でしょ?」
ティアは胸を張る。
銀月の輝きが、ゆっくりと草原から消えていく。
「……すごい」
ニーナは呆然と呟いた。
「こんなにも、はっきりと……」
ティアは双剣を収め、二人の反応を確かめるように視線を巡らせる。
「驚くよね」
「でも、それが――ミラクル・ルナだよ」
「ミラクル・ルナ……」
ユキネがその名を反芻する。
「正式な名前はね、月の奇跡」
ティアは草の上に腰を下ろし、空を見上げた。
「神々が、魔源に抗うために地上へ遺した“希望”」
「希望……」
ニーナが静かに聞き返す。
「うん」
ティアは頷く。
「銀月の武器は、全部で六つあるって伝えられてる」
「うん……六人」
ニーナは自分の剣を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「え?」
ティアが首を傾げる。
「まさか……もう知ってたの?」
ユキネも驚いたようにニーナを見る。
「ニーナ?」
ニーナは小さく頷いた。
「実はね……」
「お父様が、残してくれた手紙に……書いてあったの」
「手紙……?」
「王国に“もしものこと”があった場合のために」
ニーナは胸元を押さえながら続ける。
「銀月の武器のこと、後継者が六人いること……」
「そして、世界のどこかに同じ“月の奇跡”に選ばれた人たちがいる、と」
一瞬、草原の音が遠のいたように感じられた。
「……待って」
ティアの表情が、みるみる変わっていく。
「お父様、って……」
ゆっくりと、確認するように問いかける。
「ニーナ、それ……誰の手紙?」
ニーナは迷いなく答えた。
「アルヴィン王国国王、ラビンワート・アルヴィン、です」
沈黙。
「…………は?」
ティアは完全に固まった。
「ちょ、ちょっと待って」
「アルヴィン王って……“あの”アルヴィン王国の?」
「はい」
ニーナは静かに頷く。
「私の父です」
ティアは数歩後ずさり、思わず声を荒げた。
「え、ええええ!?」
「ちょっと待って待って待って!!」
頭を抱える。
「アルヴィン王国って、人間族も獣人もエルフもオーガも、分け隔てなく暮らしてた……」
「地上で一番平和だって言われてた国だよ?」
ユキネが低く言った。
「……その王国は、もうない」
ティアの視線が、ゆっくりとユキネに移る。
「……ない?」
ニーナは、胸の奥を押さえるように言った。
「私が……十七歳の誕生日を迎えた、その夜、魔界の軍勢が襲来しました」
声が、わずかに揺れる。
「生誕祭の最中でした……祝福の声が……悲鳴に変わるまで、ほんの一瞬で」
ティアの瞳が、大きく見開かれる。
「……誕生日、当日……?」
「はい」
ニーナは微笑もうとして、うまくできなかった。
「その日が……王国の終わりの日でした」
「……滅んだ……?」
ティアの声が震える。
「そんな……」
「アルヴィン王国が……?」
ティアは、言葉を失う。
「……そんな……」
「よりにもよって……」
拳を強く握りしめる。
「だからか……」
「だから、ニーナの光は、あんなにも……」
ティアはニーナを見つめた。
「祝われるはずの日に、全部を失ったんだ」
「それでも……立ってる」
小さく、息を吐く。
「……納得だよ」
「月が、ニーナを選んだ理由」
ニーナは首を振った。
「私は、まだ何も……」
「王女としても、後継者としても……」
「違う」
ティアは、きっぱりと言った。
「生き延びた」
「それだけで、もう資格は十分だよ」
ユキネが、そっと言葉を添える。
「ニーナは、奪われた日から歩き続けている。それは誰にでもできることじゃない」
三人は、しばらく草原に立ち尽くした。
祝福と絶望が重なった日。
父の遺した言葉。
里長の願い。
「……行きましょう」
ニーナが前を向く。
「六人を集めるために」
「そして……あの日を、無駄にしないために」
ティアは双剣を握り直し、強く頷いた。
「うん」
「もう、一人じゃない」
三人は再び歩き出した。
月明かりの草原を抜け、風を避けられる丘の陰で足を止める。
「今日は、ここで野営しよう」
ティアの言葉に、二人は頷いた。
焚き火に火が灯り、三人は焚き火を囲み、静かに夜を迎えた。
焚き火が、ぱちりと小さく音を立てた。
夜風に揺れる炎を見つめながら、三人は静かに腰を下ろしてる。
しばしの沈黙。
やがて、ティアがぽつりと言う。
「……ねぇ、ニーナ」
「お父さんの名前、もう一度言ってくれる?」
「ラビンワート・アルヴィン、です」
その名を聞いた瞬間、ティアの表情が変わった。
「……やっぱり」
「え……?」
ティアは焚き火から視線を外し、夜空を仰いだ。
「昔ね」
「まだ“王”って肩書きが、似合ってなかった頃」
懐かしむような声。
「魔界の先遣部隊を潰す戦いで、一緒になった人がいた」
「無茶苦茶前に出るくせに、仲間の背中ばっかり気にする男」
ニーナの胸が、どくんと鳴る。
「……それって」
「うん」
ティアは静かに頷いた。
「ラビンワート・アルヴィン、私はラビンちゃんって呼んでたけど」
ティアはほくそ笑み、ユキネは息を呑む。
「まさか……」
「国王と、ティアが……?」
「知り合いどころか」
ティアは苦笑した。
「何度か、背中を預け合った仲だよ」
焚き火の炎が、三人の顔を照らす。
「戦いが終わったあと、ラビンちゃんが言ったんだ、『この世界を、次の世代に繋ぐのが俺の役目だ』って」
ニーナの目に、涙が滲む。
「……お父様……」
「それでね」
ティアは続ける。
「銀月の話も、少しだけ聞いた」
真剣な目で、ニーナを見る。
「“月が選ぶ者は、必ず六人”」
「“その一人が、自分の娘になるかもしれない”って」
ニーナは、声を震わせた。
「……それを」
「お父様は……」
「全部、背負うつもりだったんだと思う」
ティアは、そう言い切った。
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
やがて、ユキネが静かに言う。
「つまり……」
「私たちが出会ったのは、偶然じゃない」
「うん」
ティアは頷く。
「意志が、ちゃんと繋がってる」
ニーナは立ち上がり、夜空を見上げた。
「……お父様が遺してくれた言葉、ティアが繋いでくれた過去」
「だったら私、六人を集めます」
ユキネが隣に立つ。
「その隣には、私がいる」
ティアは、双剣に手をかけて笑った。
「決まりだね」
三人は自分達の運命を確認し合い夜はふけていった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
この章で描かれたのは、
新しい仲間の加入ではなく――
百年以上、一人で歩き続けた少女の告白でした。
ティアは強いです。
誰よりも速く、誰よりも自由で、
笑っている時でさえ、どこか軽やかです。
けれど、その強さは
守られた結果ではなく、
守れなかった過去の上に積み重ねられたものでした。
滅びた里。
命を懸けて託された願い。
止まってしまった時間。
それでも彼女は、
世界を恨むことも、諦めることもせず、
ただ「誰かを守れる力」を信じて歩き続けてきました。
ニーナとユキネに出会ったのは、偶然かもしれません。
けれど、三人の武器が共鳴したあの瞬間だけは、
きっと“運命”と呼んでいいのだと思います。
ここからは、
失った者たちの想いを背負う三人の旅。
ティアの過去は語られましたが、
彼女の「これから」は、まだ始まったばかりです。
この先も、
銀月の輝きと共に、
三人の歩みを見守っていただけたら嬉しいです。




