プロローグ〜第一章 第一部 ー姫騎士誕生、朱月の夜に生まれし光ー
はじめまして、またはお読みいただきありがとうございます。
本作は、王国が最も幸福だった時代から始まります。
そして同時に、後に語られる“悲劇の原点”でもあります。
この章では、
ニーナが生まれた夜、朱く染まった月、
そして王と王妃、姉セレナの想いを描いています。
静かで穏やかな時間と、
そこに差し込む不穏な影を感じながら、
物語の始まりをお楽しみください。
大切に描いていけたらと思っています。
よろしければ、これからのニーナたちの旅を最後まで見届けてください。
遥か昔、世界には天界と魔界しか存在しなかった。
突如として魔源の始祖アヴァ=ゼルガルド率いる魔界の軍勢が天界を侵略してきたのである。天界の神々もすぐさま攻勢にでたがこの戦いは数千年にも及ぶ激しい戦いだった。神々は辛くも勝利したが、被害は甚大なものだった。
何より、魔源の始祖アヴァ=ゼルガルドは神々を凌駕する程の力を持っており倒すまでには至らなかったのである。そこで、神々は魔源の始祖を封印することにした。
魔源の始祖は、魔界の最も深い場所へと封じられた。
生き残った神々は、自らの力を集結させ、一つの球体を創り出す。その球体は強く光り輝き、放たれる光はやがて世界そのものを覆うほどの結界となった。その結界こそが、魔源の始祖を縛り、二度と世界へ干渉できぬよう封じる楔となったのである。
この球体は、後に人々から『月』と呼ばれる存在となる。神々は、再び同じ悲劇を繰り返さぬため、天界と魔界の間に新たな世界を創り出した。
それは、人間、エルフ、獣人、オーガといった多種族が生まれ、歩むことのできる地。
後に地上(現世)と呼ばれる世界である。
この地上を境界とすることで、天界と魔界は直接交わることを避けられた。
しかし神々は知っていた。
どれほど強固な封印であろうとも、それが永遠ではないことを。そこで神々は、地上の者たちが自らの意志で魔界に抗えるよう、最後の希望を遺す。
神々は、封印の核である『月』から六つの武器を創り出し、それらを地上へと散りばめた。それらは力を持つだけの武器ではない。選ばれし者の意志に応え、世界の行く末を託される存在だった。
これが、現世にまで語り継がれる神話[天魔大戦]である。
そしてこの神話は、やがて再び動き出す。
神話の時代から、数千年の時が流れた――。
今は、人の世と呼ばれる時代。
ここ地上には、多くの国が生まれ、滅び、また新たに築かれてきた。
その中にひときわ穏やかな光を放つ国がある。
人間族が多く住まう王国【アルヴィン王国】
人の国ではあるが、決して人だけの国ではない。
獣人族、エルフ族、オーガ族。
種族の違いによる隔たりはなく、互いを尊び、支え合いながら暮らしていた。争いは少なく、差別はなく、笑顔が日常に溶け込んでいる。
旅人たちは口を揃えて言う。
「ここは、地上で最も幸福な国」だと。
アルヴィン王国が幸福の国と呼ばれる理由を、国民達は多くを語らない。ただ、誰もが知っていることが一つある。それは、この国には、『王と王妃がいる』ということだ。
その国王の名は【ラビンワート・アルヴィン】
アルヴィン王国を治める国王にして、人々から「名君」と称えられる男である。
彼は剣よりも言葉を重んじ、力よりも民の声に耳を傾けた。王でありながらおごらず、王であるからこそ責任から逃げない。その姿勢は貴族にも民にも等しく向けられ、アルヴィン王国が「地上で最も幸福な国」と呼ばれる礎となっていた。
だが、彼の強さは玉座の上だけのものではない。家族を想う時、ラビンワートは一人の父であり、一人の夫として、誰よりも不器用で、誰よりも誠実だった。
王妃の名は【サラ・アルヴィン】
王妃であり、そして月紡の巫女の末裔。
彼女は静かな微笑みを湛えた女性だった。声を荒げることはなく、前に立って導くこともない。だが、彼女がそこにいるだけで、人の心は不思議と落ち着いた。それは生まれ持った気質だけではない。サラの血には、月と封印に連なる巫女の系譜が流れていた。彼女自身、その運命を誇ることも、嘆くこともなく、ただ「そうあるべきもの」として静かに受け入れていた。ラビンワートが彼女を妻に選んだ理由は、巫女の力でも、神託でもない。
王妃サラは、苦しむ者、傷ついた者の声に真っ先に気づき、誰かが泣く理由を、言葉にされる前に理解できる人だった。
王はその姿に救われ、巫女は王の決断に支えられていた。二人は互いに寄りかかることなく、それでも確かに、隣に立ち続ける夫婦だった。
王が道を示し、王妃がその道を照らす。
二人が並んで立つ姿を見て民は知っていた、この国は、大丈夫だと。人間族も、獣人族も、エルフも、オーガも、誰一人として置き去りにされることはなかった。それは制度ではなく、二人の在り方そのものが国を形作っていたからだ。
アルヴィン王国が幸福でいられたのは、豊かな土地に恵まれていたからではない。争いを知らなかったからでもない。共に民を見つめ、共に歩む王と王妃がいたからだ。
いつもと変わらない、穏やかな朝日が王都を包み込んでいた。石畳の街路には柔らかな光が差し込み、夜の名残をそっと押し流していく。
街は、朝から妙に騒がしい。商人たちは早くから店を開け、子どもたちは意味もなく走り回り、人々は顔を合わせるたびに笑顔で声を弾ませていた。
理由は一つ。王宮では今まさに、新たな王族の誕生が刻一刻と近づいている。
「もうすぐらしいぞ」
「そーらしいな? 今度も姫君だって話だ」
「それは楽しみだねぇ」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
そんな噂が風に乗って街中を巡り、誰もが胸を高鳴らせながら、街の人々は、いまかいまかと待ちわびていた。
王宮で生まれようとしている、新たな王族の命を。
通りのあちこちでは、祭りの準備も始まっている。
店先には色とりどりの飾り布が飾られ、屋台の準備をする人たちの手つきも、どこか楽しそうだった。甘い焼き菓子の香りが風に乗り、子どもたちは理由もなく笑い声を上げていた。
まだ始まってもいない祝祭の熱気が、すでに街を包み込んでいた。
今日もきっと、いい一日になる。
誰もが、そう信じて疑わない朝だった。
その頃、王宮では回廊にやわらかな朝日が差し込んでいた。白い壁を伝って流れる光は穏やかで、王宮全体がゆっくりと目を覚ましていくようだった。
中庭に面した一室では、第一王女セレナが窓辺に立ち、何度目かも分からないほど外を覗いている。
落ち着きと気品を備えた彼女にしては、珍しいほどそわそわした様子だった。
「セレナ、そんなに行ったり来たりしては、床が擦り切れてしまいますよ」
微笑みながら声をかけたのは、母の王妃サラだった。
その声はいつも通り穏やかで、聞くだけで胸が落ち着く。
「だって、お母様……もう、すぐなんでしょう?」
「ええ。もう間もなくよ」
「私ね、この子のお名前考えたの。
ニーナ!ニーナ・アルヴィン。どぉ?」
「まぁ、素敵な名前ね。
あなた、どうかしら?」
サラはセレナにニコッと笑顔を見せ、夫のラビンワートに問いかける。
「あぁ、とてもいい名だ。
そーだな、この子の名前はニーナに決めよう。」
ラビンワートも笑顔で応えた。
「やったー、あなたの名前はニーナよ、早く会いたいな〜」
セレナは喜び、母のお腹に優しく手を添えた。
【セレナ・アルヴィン】
アルヴィン王国第一王女。
年若くして誰よりも聡明で、誰よりも優しいと評判の少女だった。母譲りの慈愛と、王族としての気高さを併せ持ち、城下でも慕われている存在だ。
その彼女が今は、すっかり“妹の誕生を待つ姉”の顔になっていた。
「でも元気に、生まれてきてくれるかしら……」
ぽつりと漏れた言葉、セレナの様子を見ていた国王が、ふっと微笑む。
「心配しすぎだな、セレナ」
「心配性はあなたそっくりね」
サラからクスッ、と短い笑いが漏れた。
「だって……!」
言いかけて、セレナは口をつぐむ。
その肩に、国王はそっと優しく手を置いた。
「大丈夫だ。お前の妹は、きっと強い」
その言葉に、セレナの顔から少しだけ笑みがこぼれる。
そして、運命の夜を迎えた。
王宮の奥深く。
夜の帳が完全に降りきったその時、ひとつの部屋だけが淡い光に包まれていた。
「……もう少し、です」
侍女の声は低く、しかし確かだった。
王妃サラは額に汗を滲ませながら、それでも凛とした表情を崩さず、静かに息を整えている。
その腕の奥で、新しい命が今まさに、生まれようとしていた。
同じ時刻。
王都の空に浮かぶ月が、ゆっくりと色を変え始めていた。最初は、白銀の縁がわずかに曇るだけ。
だが次第に、その光は濁り、やがて朱に染まる。
「……なんだ、あれ」
夜更けにも関わらず、家々の窓が次々と開いた。
眠れぬ者、偶然目を覚ました者、理由もなく胸騒ぎを覚えた者たちが、同時に空を仰ぐ。
『朱月』
それは、神話の中でしか語られないはずの忌まわしい兆しだった。
「月が……赤い……」
「こんな色、見たことがない……」
「まさか、伝承の……」
人々の間に、言葉にならない不安が広がっていく。
風は止まり、街全体が不自然な沈黙に包まれた。
王宮の高楼で、国王ラビンワートは朱く染まった月を見つめていた。その瞳には、焦りと苦悩が浮かんでいる。
「……この夜に、生まれるというのか」
背後では、産室から微かな声が聞こえてくる。
妻と、まだ見ぬ我が子の存在が、確かにそこにある。
だが同時に、月はあまりにも不吉だった。
「お父様.....大丈夫よね?...お母様もニーナも・・・」
セレナは不安と恐怖の面持ちで父に問いかける。
父は無言で娘を抱き寄せるのが精一杯だった。
その時、静かな足音が近づいた。
「国王陛下」
振り返ると、そこに立っていたのは一人の老兵士だった。白髪混じりの髪、深く刻まれた額のキズ。
老兵士は【エルド・レイン】
先代の国王の代から王家に仕え、数多の戦を経験し古からの歴史を知り尽くした男。その腕には、一冊の古びた書が抱えられていた。
「エルドか・・・・それは?」
国王の問いに、老兵士エルドは静かに膝をつき、
「古の文献にございます。王家にのみ伝えられてきたもの……先代から保管を命じられ、いまこそ、お目通しいただくべきかと」
エルドは書を開き、ある一頁を示した。
そこに記されていたのは、古い文字で綴られた文。
『朱月の兆し現れし時、
深淵に眠る巨大な邪気、再び脈動す。
その威、天を穿ち、
その禍、地を沈める』
これ即ち、
世界が再び試される刻なり』
文献に目を通した国王は、ため息混じりにエルドに言い返した。
「その文献なら、国民皆知っておろう、だから私はこうして悩んでいるのだ。」
「陛下、その文献、続きがございます・・・」
国王は、驚きと同時に不安と焦りに押されるように古文書の頁をめくった。
乾いた紙の音が、やけに大きく響く。
そして、ある一節に辿り着いた瞬間、国王の目が見開かれる。
「こ、これは……」
思わず、言葉が喉に引っかかった。
そこに記されていた文字は、先ほどまでの警告や災厄の記述とは明らかに違っていた。
恐怖を煽るものでも、終末を告げるものでもない。
"選定"。
朱月。
赤き髪の子。
そして、神々。
国王の指先が、無意識のうちに文字をなぞる。
「……災いでは、ない……?」
震える声で呟いたその問いに、エルドは静かに頷いた。
「はい、陛下。国民が知っているのは“朱月=破滅”まで。しかし、この先は、王家と、守り人だけに託された真意です」
国王は、もう一度文面を見つめる。
『されど、朱月の夜に生を受けし赤髪の子、
神々の意志をその魂に刻まれし存在なり。
銀月の導きにより六つの器集い、
その歩み、魔源へと至る。
戦いの果てに、
世界は滅びを免れるか、
あるいは新たな秩序を得るであろう。』
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「……祝福と呪いは、紙一重というわけか」
国王はゆっくりと古文書を閉じた。
城内には沈黙が続く・・・・・
産室の向こうから、王妃の声が聞こえる。
その声は、確かに新しい命が生まれようとしている証だった。
「……もし、このことが国民に知れ渡れば?」
国王が沈黙を破る・・・その声は低く、震えていた。
「姫は、“朱月に生まれた子”として恐れられましょう。あるいは……魔界の者達に狙われる事も」
老兵士エルドの言葉は、重く、残酷だった。
「そ、そんなの嫌よ!!」
セレナは目に泪を浮かべ思わず声を荒らげてしまう。
国王は目を閉じ、拳を強く握りしめる。
祝福されるべき誕生が、呪いとして語られる未来。
愛する娘が、恐怖の象徴として扱われる世界。
「……ならば」
ゆっくりと、しかし確かな声で、国王は言った。
「この子の誕生の刻を・・・変える」
セレナは、時が止まったかのように父の顔を見つめていた。その表情が、いつもの父とは違って見えたからだ。
エルドは目を閉じ、静かに頷く。
「公式には、この夜ではない。朱月が過ぎ、月が元の銀色に戻った日を、我が娘の誕生とする」
それは、王としてではなく、父として下した決断だった。
「この子は、ニーナ・アルヴィンだ。恐れられる存在ではない。愛されるために、生まれてきたのだから」
その瞬間、産室から高く、澄んだ産声が響いた。
新しい命の誕生を告げる声。
ラビンワートが確認に行く、文献通りその赤子の髪は赤毛だった。
朱月は、まだ空に浮かんでいる。
だがその下で、ひとつの“真実”は、静かに封じられた。
ニーナの本当の誕生を知る者は、
王と王妃、姉のセレナ、老兵士エルド、そしてごく一部の者のみ。
こうして、神々に選ばれし少女は、姫騎士として世界からその運命を託され生きることになった。
これが世界を救うため、ニーナ自身にも伏せられた出生の秘密。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この章は、
ニーナが「生まれた理由」と
家族にどれほど愛されていたかを描くための物語でした。
まだ悲劇は起きていません。
けれど、この時の選択と想いが、
やがて大きな運命へと繋がっていきます。
次章から、時は流れ――
少女は成長し、運命の日を迎えることになります。
よろしければ、引き続きお付き合いください。
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作者の心がとても救われます。
次回も、よろしくお願いします。




