第29話 手探り
墓参りを終えて帰宅した俺は、パソコンの画面にかじりついていた。とにかく情報が欲しい。なんとか綾音さんと会う方法を見つけたいんだ。なんとか、なんとか――
「分からん!!!」
思いっきり叫んで、大の字で横たわる。作業を始めて五時間、俺は手掛かりすら掴めずにいた!
「はあ……」
ため息をつく。俺と違って、綾音さんはネット上にほとんど個人を特定し得るような情報を載せていない。「袖崎綾音」というペンネームで検索してみても、せいぜい過去に出版された作品や型通りのプロフィールが出てくるだけだ。
文庫本とかだと、作者の学歴とか執筆歴とか書いてあることもあるんだけどな。少なくとも手元にある一冊には「山形県出身。○○賞を受賞してうんたらかんたら」のようなことしか書いてない。
山形にある名家について片っ端から調べてみる、ということも考えてみた。しかし綾音さんの本名が分からない以上、どの家が正解なのか見当もつかない。それにいくら有名な家といっても、詳細な家族構成がネット上で閲覧出来るとは限らないからな。
ネッ友の個人情報を特定するなんて、やっぱり普通の人間には無謀な試みなのか。綾音さんが一晩で俺の住所を特定したのがおかしいだけなのかもしれない。簡単に諦めたくはないけど……既に八方塞がりだな。
「……」
もどかしい。山形の由緒正しい家、という情報があるのだから……なんとかたどり着けそうな気もするのだけど。何か決定的な手掛かりが欲しい。何か、何か……。
「ん?」
考えながら床に寝転んでいると、ふと鴨居の上にかかった額縁が目についた。綾音さんが初めて家に来たとき、半ば強引に飾っていた婚姻届だ。
ふと、気になった。初日にアレを押し付けてきたとき、綾音さんは俺にサインさせるつもりだったはずだ。ということは……もしかして、ある程度必要事項が埋まっているのではないか? なんて思った俺は、立ち上がって額縁の方に歩いていく。
いやいや、でもなあ。数週間ずっと額縁に飾ってあったんだから、何か書いてあれば流石に気づくだろう。それに、あれだけ個人情報を隠したがっていた綾音さんのことだ。よりによって婚姻届に記入しておくなんて、そんな大ポカをしでかすわけ――
「書いてある~~~~!!!?!?」
本名に住所に本籍に父母の名前に続柄まで書いてあるんだけど!!!?!? 逆に埋まっていない欄を探す方が難しいくらいなんだけど!?!!!?
「嘘だろ、おい……」
額縁を見上げたまま、衝撃のあまりその場にへたり込む。おいおい、この五時間……いやいや、綾音さんの正体を探り続けたこの数週間は何だったんだよ。初めからヒント――というより正解――は与えられていたんじゃないか。
「うーん……?」
改めて、目を凝らしてよく婚姻届を見てみる。氏名欄には「袖崎綾音」と書いてあるな。ペンネームだと思っていたけど、まさか本名そのままだったとは。たしかに、綾音さんだって本名とペンネームが違うとは一言も言っていなかったし。裏の裏をかかれた、という感じだな。
住所と本籍地は同じか。恐らくこれが実家と見て間違いないだろうな。父母の名前の隣には続柄も書いてあって、「長女」と書いてある。兄がいる、という事実には矛盾しないし……これもかなり信憑性がある。
いや、待てよ。ここに書いてある情報が正しいという保証はどこにもない。この婚姻届はダミーで、俺と本当に結婚するときに本物の婚姻届を出すつもりだった――という可能性も考えられなくはない。
名家というのが本当なら、住所に関してはネットで検索してみれば真偽を確かめられそうだ。となれば、やはり本名だろう。袖崎綾音、というのが戸籍上の名前と合致するのかどうか確認する必要がある。
ただどうやって調べる? 単に「袖崎綾音」と検索したところで無駄なことはさっき俺自身が証明してしまったし。ネット上には恋愛ミステリー作家としての情報が多すぎて、綾音さん本人について調べることはまず不可能だ。
「……」
考え込む。今までの綾音さんとの会話にヒントを探すしかない。無邪気にはしゃぐ綾音さん、寡黙に家事をこなす綾音さん、年上らしく受け止めてくれる綾音さん、一人の女性として恋をしていた綾音さん。どこかに糸口があるはず――
「!」
一つの単語が思いついて、バッとパソコンに飛びついた。そうだ、スキーに行ったときにヒントをくれていたじゃないか。あの人は本気で雪山を愛していた。その証拠が、未だに電子の海に残っているはず!
「『袖崎綾音 国体』っと……」
カタカタとキーボードを叩き、エンターキーを弾いた。パッと結果が表示されたので、その中から可能性のあるページを探っていく。えーと、「○○年度 国体スキー競技」……これだ!
マウスを動かし、そのページを開いた。女子のエントリー選手の名前を調べていくと、その中に――袖崎綾音という文字。国体にわざわざ偽名で出場する理由はないはずだし、本名に違いない!
「これだ……!」
パソコンの画面にかじりつき、感動のあまり動けなくなってしまう。よく考えれば、なんだかストーカーみたいなやり口だけど……これはまあ、お互い様だよな。先に住所を特定してきたのは向こうだしな!
「よしっ!」
綾音さん、必ず会いに行きます。あなたがしてくれたように、今度は僕が――婚姻届を持って押しかける番ですから!




