第28話 年末の挨拶
クリスマスイブから何日か経って、今日は十二月二十九日。どこもかしこもすっかり年末ムードで、門松なんか飾ってある店すらある。
そんな忙しない街を離れ、俺は郊外にある墓地に来ていた。片手には水の入ったバケツ、片手には線香やらお供えやらを詰め込んだ鞄。両親に年末の挨拶をしに来たのだ。
「来たよ、二人とも……」
敷地の端っこにある墓の前に立ち、呟く。周りにはほとんど人影はなく、寂しい風景が広がっている。
父さんと母さんは、一年中ずっとこんなところで過ごしているんだな。心細くないのか……いや、違うか。やっと夫婦で二人きりになれて、幸せに暮らしているかもしれない。
「……」
鞄を地面に置いて、中からいろいろ必要なものを取り出した。箱からマッチを一本取り出し、側薬に擦った。パッと燃え上がった火を線香の束につけて、そっと香炉にあげる。
「あっ」
水を汲んできていたのを忘れていた。バケツに突っ込んであった柄杓を手に、水をすくって墓石の上にかける。春木場家之墓……ね。俺もいつかはここに入るんだろうか。
「父さん、ビール持ってきたよ。母さんにはお茶でよかったかな」
鞄から缶ビールとペットボトルのお茶を取り出し、墓前に供えた。本当はこれも墓石にかけてあげたいけど、掃除が大変だろうからな。勘弁してくれよ、二人とも。
「今年一年、見守ってくれてありがとう」
目をつむり、静かに手を合わせた。大学の同期は皆、年末は実家に帰って家族と会うのだろう。しかし俺にとっては、この墓参りが帰省というわけだ。
「……」
すっと目を開く。線香から立ち上る煙、かつての両親のように寄り添う缶ビールとお茶、そして誰もいない隣。……本当は、綾音さんにもここに来てほしかった。
「ごめん。今日はさ、結婚する人を紹介するつもりだったんだけど……」
ぽりぽりと頭をかいた。結局、あの人はイブの日から一度も来ていない。書き置きを見て微かに覚えた不安が……現実味を帯びてきている。
以前のようにネットを通じてコンタクトしようと試みたのだけど、残念ながらなしのつぶて。共通のネッ友に聞いてみても、綾音さんはほとんどコミュニティに浮上していないという。
「俺、どうすればいいのかな……」
墓の前にしゃがみ込み、両親に問いかける。頼りになる家族はもうこの世にいない。何が起きても、自分一人で立ち向かわなければならないのだ。けど――今の俺は、あまりにも無力。
結局、俺は綾音さんの何を知っている? 本名も、年齢も、実家のことも、大して知ることは出来なかった。職業のことは分かったし、過去にスキーをしていたことも教えてもらったけど……それがどこまで助けになるのか。
そもそも、どうして綾音さんは俺の家に来なくなったのだろう。たしかに、結婚についての見通しは明るくなかった。ご両親を説得するのは厳しそうだし、駆け落ちするのも難しい。けど……綾音さん本人は結婚に前向きだったはず。
「うーん……」
何か、何か他の要因があるはずだ。ご両親のこと以外に、何か綾音さんを諦めさせた理由があるはず。でも、それが何かはさっぱり分からな――
「!?」
その時、ポケットから着信音が鳴り響いた。不意を突かれた格好になり、驚いてしまう。慌ててスマホを取り出し、画面を見てみると――そこには「今泉」と表示されていた。
「はい、もしもし?」
『あっ、日向センパイっスかー? オレっスけどー!』
いつも通りの快活な声が響く。クリスマスイブに飲んだばかりだっていうのに、今度は何の用事だろう。
『今、他のセンパイたちと麻雀してるんスけどー! 面子足りないんで来ないっスかー?』
「俺? 悪いけど、今ちょっと墓参りに来てるんだ。また今度な」
『あっ、すいません……悪いこと聞いちゃったっスよね』
「いいよいいよ、気にすんなって」
もちろん今泉も両親のことは知っているから、いろいろ察してくれたらしい。どのみち、あんまり麻雀は分からないしな。
「じゃ、また今度な。よいお年を」
『あっ、ちょっと待ってくださいっス!』
「なに?」
『この間はめっちゃビックリしたんスからねー!?』
「えっ、何の話?」
この間? 飲んだ時の話だろうか。
『オレ、センパイを家まで送ったじゃないスか?』
「あれ、そうだったの? 悪かったな」
『覚えてないんスかー!?』
「だって酔ってたもん」
『ま、まあそうっスよね。……って、そうじゃなくて!』
「なに?」
『ほんっとうに綺麗な女の人と同棲してるじゃないスか!?』
「!?」
綾音さんのことかよ!? そうか、あの日の綾音さんはなぜか夜遅くまで家にいたんだっけ。だったら今泉が目撃していても不思議ではないか……。
『オレ、綺麗すぎてすっげえ緊張しちゃって!』
「お、おう」
『あの女の人にセンパイ預けて逃げちゃったんスからね!?』
「そんなにかよ!?」
『ひどいじゃないっスか! センパイとオレの仲なんだから言ってくれてもいいじゃないスか~! あんな綺麗な彼女さん、マジで羨ましいっス!』
「そ、そうか……」
相変わらず、随分と俺に懐いてくれているんだなあ。別に今泉だって、高校の頃からイケメンだったし……それこそ彼女だっていただろうに。俺の同級生女子たちも「女の子みたいで可愛いー!」とか言ってたもんな。
ん? ……ちょっと待てよ。コイツが綾音さんを目撃したってことは、逆もまた然りだよな。今泉は背も低いし、初対面の人間が女の子だと勘違いしてもおかしくはない。仮に、綾音さんが同じような誤解をしたとすれば――
「……なあ、今泉」
『なんスか?』
「お前の可愛さ、ときに罪だな」
『なっ、なんスか急に!? オレを口説いてどうすんスか!?』
「じゃあな、よいお年を」
『ちょっ、ちょっとセンパ――』
電話を切って、空を見上げた。たしかに綾音さんと結婚するのは難しいかもしれない。だけど別に、俺と今泉は恋仲でも何でもないんだ。もしそれを勘違いされて、綾音さんが身を引いたとすれば――いくらなんでもあんまりだ!
「……父さん、母さん」
墓に向かって話しかける。どうせ結婚できないなら、やれることは全てやり尽くしたい。全て納得した形で終わりたいんだ。まだ方法はある。まだ、方法はあるに決まっている……!
「俺、頑張るから」
自らの決意を表明する。もう両親を頼ることは出来ない。だけど、二人が遺してくれたものはたくさんあるんだ。
親孝行なんて何も出来なかったけど、必ず良い知らせを持って帰るからさ。父さん、母さん、どうか待っていてくれよ。
俺の体に巻き付くように、冬の風が吹き抜けた気がした。




