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ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた  作者: 古野ジョン


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第27話 いつもの朝

 夢を見ていた気がする。


 抱きしめていたはずの綾音さんが、白い雪のように儚く消えていく夢を。


 どこにも行くなと叫ぶたびに、自らの言葉が宙を彷徨う夢を……。


「綾音さん……?」


 あの人の匂いがする。変だな。初日を除けば、床を共にしたことなどなかったはずなのに。


「ん……」


 目を覚まし、布団から起き上がる。昨日の酒が残っているのか、少し頭が痛い。


 居間に出て時計を見ると、既に昼の十二時。おかしいな。綾音さん、気を遣って起こさないでくれたのかな。そう思って、周りを見回してみても……あの人の姿がない。


「綾音さん、トイレですかー?」


 大声を出してみても返事はない。晩のおかずでも買いに出かけているのかな。


「んん……?」


 よくよくあたりを見ると、綾音さんの私物がない気がする。炊事の時に着ていたエプロン、ボタンを縫う時に使っていた裁縫箱、仕事中に座っていた座椅子、全てが消えている。まるで――あの人が幻だったかのように。


 何が起こっているのか、すぐに飲み込めなかった。ゆうべ、家に帰ったとき……綾音さんがなぜか家にいたような気がする。俺に水を飲ませてくれて、布団を敷いてくれて……その先がはっきりしない。


「……?」


 ふと、こたつの上に食事が用意されていることに気がついた。目玉焼き、ほうれん草のおひたし、きんぴらごぼう。おかずの上にはラップがかかっていて、ご飯と味噌汁のお椀はひっくり返して置かれている。


 流石に酔っぱらった自分がこんな綺麗な朝飯を作るとは思えないから、綾音さんが料理してくれたに違いない。しかし、それだったら今も家にいるはずだ。わざわざ朝早く山形からやってきて、朝ごはんだけ作って帰るのは不自然だし。


 仮に昨晩の記憶が正しいとするなら……綾音さんはこの家で一晩を明かして、朝飯だけ作って帰ったと考えるのが妥当か。雪が降っていたから、交通状況が悪くて夜のうちに帰れなかったのかもしれないな。


「あれ」


 食事一式のすぐ横に、書き置きが残されていることに気が付いた。雑にちぎられたメモ用紙に、震える文字で何かが書かれている。なんだか綾音さんらしくないな、どれ……。


『朝ごはんを作っておきました みそ汁は温めて食べてください』


 これだけ? いや、続きがあるな。一行目よりさらに字が震えている気がする。


『年末は実家のお手伝いが忙しいので、しばらく来られないと思います 急にごめんなさい』


 由緒正しい家、と言っていたしな。親戚の集まりとか、挨拶回りとか、いろいろとすることが多いのだろう。でもなあ、それなら早めに言っておいてくれてもいいだろうに。


「ん……?」


 最後の行は、読むのに苦労するほど字の形が乱れていた。あの人、こんなに汚い字じゃなかったと思うのにな。えーと……。


『私がいなくても大丈夫ですよね どうかお体を大切にしてください』


 もともと一人暮らしなのに、心配性だなあ。綾音さんだって分かっているだろうに。俺、そんなに子どもに見えるのかなあ。


「……」


 ――ふと、漠然とした不安を覚えた。最後の一行が妙に気にかかるのだ。ただの気を遣った文言と言えばそれまでなのだけれど……まるで、もう二度と会えないかのような口ぶりにも思える。


 少し来られないだけなのに、わざわざ座椅子まで持ち帰るだろうか? 急に「実家の手伝い」なんてことを言い出すだろうか? その事を伝えるためだけに、焦ってメモ帳をちぎることがあるだろうか?


「……やめよう」


 考え込んでもさらに不安になるだけ。そう思った俺は、朝飯――もっとも今は昼である――の用意をすることにした。


***


 炊飯器からご飯をよそって、コンロで味噌汁を温める。よく見ると台所も綺麗に掃除されているな。ふと、立つ鳥跡を濁さず――ということわざが脳裏をよぎり……頭をぶんぶんと横に振った。


「あちち……」


 味噌汁とご飯を持って、居間の方に歩き出す。廊下の床板が軋み、ギシギシと音を立てる。冷たい空気から逃げるようにこたつに入り込み、食事の用意を整えた。


「いただきます」


 食前の挨拶をしても、「どうぞ」とも「召し上がれ」とも返ってこない。ある意味では、綾音さんが来る前の「いつもの朝」だな。なんてことを考えつつ、お椀を持って味噌汁を啜る。


「……ん」


 相変わらず美味しいけど、いつもより少ししょっぱい。なぜか、涙を流す綾音さんの姿が頭に思い浮かんで……胸が痛む。大丈夫だよな。きっと、また……婚姻届を持ってきてくれるよな。


 食事を終えて、一人で茶碗を洗う。蛇口から流れてくる水が、普段よりもずっと冷たいような気がした。

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