第18話 私をスキーに連れてって、とは言ってない
大学にバイトに慌ただしく過ごしているうちに、気づけば金曜日になっていた。今日の晩御飯は綾音さんが作ってくれた温かい天ぷらそば。二人でこたつを囲みながら、ずるずると麺を啜っている。
「美味しいです、このおそば」
「本当ですかっ? 頑張ったかいがありました~!」
「頑張った、と言うと」
「ひゅーがさんが大学に行っている間に、自分で打ってたんですっ!」
「!?」
手打ちってこと!? 普通そこまでする!? すごいなこの人!
「ほ、本当に手打ちですか? 良いそばだなとは思ったんですけど」
「山形県民は全員プロ並みにそばが打てるんですっ!!」
「またそんな嘘を……」
「でもでもっ、宮城の人は全員イナバウアー出来るんですよねっ?」
「それ荒川静香と羽生結弦だけですから」
トリノオリンピックが何年だったか忘れてしまったけど、調べるのはまずい気がしたのでやめておく。スケートで思い出したけど、そろそろウインタースポーツの時期なんだな。
「テレビでも点けますかっ?」
「あ、はい」
綾音さんがリモコンのスイッチを押すと、テレビ画面がパッと明るくなった。ちょうど県内ニュースの時間らしい。
『ここ数日の降雪もあり、宮城県内のスキー場は多くの人で賑わっています。運営会社の担当者は、今シーズンの雪質について……』
「へえ……」
タイムリーなニュースだな。最近は雪が少ないって言うけど、画面越しに見ている限りだと結構積もっているみたいだ。
「……」
「綾音さん?」
その時、綾音さんが手を止めていることに気がついた。じいっとテレビ画面に見入ったまま、微動だにしない。そんなに気になるニュースかな、これ。
「綾音さんってば」
「は、はいっ!?」
「どうしたんですか? スキーのニュースなんかじっと観て」
「いえ、その……」
我に返ったのか、綾音さんは前を向いた。はあと息を吐いて、近くにあった胡椒を手に取り……って、胡椒!?
「それ、七味じゃないですよ!?」
「へっ?」
驚いたのか、綾音さんは胡椒の瓶を振ってしまった。ぶわっと粒が舞い上がり……綾音さんの鼻と口に降りかかる。
「うわっ!?」
「だっ、大丈夫ですか!?」
「へっ……」
「へっ?」
「ぶえええええっくしょいっ!!!!」
「!?」
――人生で見た中で、一番激烈なくしゃみだったと思う。その小柄な身体のどこにそんなパワーを秘めていたのか、と思うほどの威力に唖然とする。綾音さんは横を向いたまま、ハッと目を開けて……ちらりとこちらを見た。
「へ、へくちっ!」
「可愛いくしゃみで上書きしないでください」
「上書き? もとから可愛いですけどっ?」
「歴史修正主義は物議を醸しますよ」
「くしゃみ一つで大げさに言わないのっ!」
綾音さんはぷいっとそっぽを向いて、またテレビの画面に釘付けになっていた。いったいなんだって言うんだろう? ロッジの扉が自動ドアになったとかそんな話ばかりで、大したニュースには思えないんだけどな。
「……ひゅーがさん、明日って何か予定ありますか?」
「へっ?」
テレビを観たまま、綾音さんが俺にそう問うてきた。土曜日だから講義はないし、バイトのシフトも入っていないはず。一日中暇と言えば暇だな。
「いえ、特に用事はないですけど」
「ふーん、そうですか……」
何かを考えこむようにして、綾音さんが再びこちらを向いた。そして胡椒の瓶を手に……って、また!?
「綾音さん、それ胡椒ですって――」
「ぶええええええええっくしょいっ!!!!!!!」
せっかく可愛く上書きしたのに、また激烈なくしゃみを繰り出した綾音さんであった……。
***
翌日、土曜日の朝。布団の中でぐっすり寝ていたのだけど、部屋の外から車のエンジン音が聞こえてきたので目が覚めてしまった。
「ん……」
枕元に置いてあった時計を見ると、まだ朝の六時前。いつも起きる時間より早いし、トイレに行ったら二度寝することにするか。
「ふああ……」
あくびをしながら身体を起こして、和室から居間に出る。ああ、寒いな。にしても、さっきのエンジン音はなんだったんだろう。綾音さんの車の音に似ていた気もするけど、流石にこんな朝早く来るはずは――
「しゃる・ういー・すきいいいいっ!!!!!!」
「うわあああああああっ!!!?」
さっ、寒いっ!? 窓が開いた!? そして……綾音さんの車が横付けされてる!? こんな狭い庭にどうやって入れたの!? というか部屋の窓はどうやって開けたの!?
「なっ、何やってるんですか綾音さん!?」
「へいぼーい! かもーん、ほっぷいーん!!」
「なんで英語なんですか!?」
後部座席のスライドドアが開き、居間から直接乗り込めるようになってしまった。それと同時に運転席の窓が下りて、サングラスをかけて帽子とスキーウエアを身にまとった綾音さんが姿を現した。
「へいっ! ひゅーがぼーい、かもーん!」
「なっ、なんですか!?」
「るっくあっぷ!」
綾音さんが指さした通り、車の上を見てみると……す、スキーに行く車がつけてるアレがある! 名前が分からないけど! 中に板とストックが積まれてるやつ!
「へいっ! かむいん! どんとうぉーりー!」
「す、スキーに行くってことですか!?」
「いえーす! ゆーあーべりーすまーと! はーばーど!」
「ハーバード!? でも僕、スキーなんて――」
「のーぷろぶれむ!!」
サングラスをかけたまま、綾音さんがニッとほほ笑んだ。どういうことなのかと思い、首をかしげていると……綾音さんが胸元のポケットからメダルのような物を取り出し、見せてきた。
「私っ、こう見えて国体出てるんでっ!!」
「えええええっ!!?」
「滑り方なんて教えてあげますからっ! さっ、れっつごー!」
「嘘おおおおおっ!?!!?」
運転席から降りた綾音さんに首根っこを掴まれて、気づいたときには後部座席に詰め込まれていた。こうして、寝間着姿のまま――俺はゲレンデに向かったのであった……。




