表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネッ友(自称行き遅れ)の「結婚してくださいよ~」にOKしてみた翌朝、玄関に綺麗なお姉さんがいた  作者: 古野ジョン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/38

第16話 ずるい匂い

 いろいろと買い出しをしていたら日が沈んでしまった。アパートに帰りついた俺は、薄暗い電灯に照らされた自室の扉に手をかける。そっと取っ手を捻ってドアを開け、帰宅の挨拶をした。


「た、ただいま帰りましたー……」

「……おかえりなさいっ」


 居間の方から、やや怒気をはらんだ言葉が飛んできた。やっぱりまだご機嫌斜めみたいだなあ……。参ったなあなどと思いつつ部屋の中に上がり、手に持っていたレジ袋を台所に置きに行く。


「さて……」


 いったん居間に行って、荷物やら上着やらを置いてこようかな。綾音さんにもう一度謝っておきたいし。なんて考えた俺は、台所を出て歩き出した。


「あの、綾音さん……」

「……」


 居間に入ると、綾音さんはいつも通りに集中して仕事に取り組んでいた。丸眼鏡をかけて、額に皺を寄せてパソコンの画面をじっと見つめている。……話しかけたらまずいかな。いやでも、謝っておかないと。


「綾音さん、今朝は申し訳ありませんでした。せっかく毎日ご飯を作っていただいているのに、厚意を裏切るような真似をしてしまいました」


 綾音さんに向かって、ペコリと頭を下げた。親しき仲にも礼儀あり、とは言うけれど。夫婦(仮)であるからこそ――しっかり謝るべきところは謝らなければならないだろう。


「……頭、上げてください」


 声に従って顔を上げると、綾音さんがやや顔を赤くして俺から視線をそらしていた。怒られるかと思っていたから、拍子抜けしてしまう。


「わ、私こそ……今朝はすいませんでした。ごめんなさい、面倒なこと言って」

「いえ、その……」

「ひゅーがさんだって若いんだから、夜中にお腹が空くことだってありますよね。でも私、つい怒っちゃって……本当にごめんなさい」


 綾音さんはきまりが悪そうにもじもじとしながら、髪を耳にかけた。……よく見たら、髪型をポニーテールにしている? 料理のとき以外はダメって言っていたのに。


「綾音さん、その髪……」

「!」


 ついつい気になって、後頭部を見てしまう。綾音さんは目を丸くして、何かを否定するように両手を横に振った。


「ちっ、違うんですっ! 自分の気分転換って言うか……」

「もしかして――」

「だから違います! 別にっ、ひゅーがさんのためじゃないですからっ! ほっ、本当ですからねっ!?」


 綾音さんはふんっと鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。もしかして……この人なりに思うところがあったのだろうか。俺の機嫌を損ねてしまったのではないかと心配して、ポニーテールにしてくれたのだろうか。


「……ありがとうございます、綾音さん」

「なっ、なんのお礼ですか!?」

「いえ。気を遣ってくださったんですよね」

「こっ、このうなじフェチっ! 変態! ラーメンとうなじにばっか浮気してっ!」

「してないですけど!?」

「そんなこと言ったって、今日はぜ~~~ったいに晩御飯作りませんからねっ!!」


 朝と同じ轍は踏むまいと気合いを込めるようにして、綾音さんは自分の腕を組んだ。普段は大人の余裕があるのに、今日はまるで頑固な子どもみたいだな。


「分かってますって。今日は自分で作りますよ」

「かっ、勝手にしてくださいっ!」

「綾音さんこそ、晩御飯どうするんですか」

「わっ、私はまだ仕事しているんですっ! 邪魔すんなっ! しっしっ!」

「ここ僕の家なんですけど!?」


 恥ずかしくなってきたのか、綾音さんは手を振って無理やり俺を居間から追い出した。……やっぱり、二人分の材料を買ってきて正解だったな。そんなことを考えながら、台所に向かった俺であった。


***


 ただひたすら、無心で野菜を切っていく。玉ねぎはくし切りにして、じゃがいもは食べやすい大きさにカット。男爵いもの方が煮崩れしやすいからとろみがつく、なんて母親から教えてもらったことを思い出す。


「おっと」


 鍋を熱しておくのを忘れていたので、コンロの火をつける。そして容器の蓋を開け、鍋底にサラダ油を引いていく。温まったら野菜と肉を入れて、軽く火を通すんだったな。


 それにしても、台所道具のほとんどが綺麗に使われていてビックリした。昔から使っているものばかりなのに、綾音さんはいつも丁寧に扱ってくれているんだな。こんなところにもあの人の人間性が垣間見える気がする。


「よいしょっと」


 まな板から落とすようにして、鍋の中に切り終えた具材を投入した。素早くへらを取り出し、均等に火が通るように軽くかき混ぜていく。油が熱されてじゅうじゅうと良い音が響き、食欲をそそる香ばしい匂いが漂い始めた。


「ん?」

「!」


 ふと後ろを振り返ると、綾音さんが柱の陰からこちらを覗いていた。俺に気づいたのか、慌てて身を隠すように引っ込んでしまう。俺が料理するのが心配なのか、それとも単に匂いにつられただけなのか。……あの人もお腹が減ってるってことかな。


 ひとしきり炒めたあと、鍋に水を加えて煮込んでいく。時折あくをすくいながら、丁寧に丁寧に具材に火を通す。ふと……子どもの頃に母親の料理を手伝ったときには、いつも自分があくとり係をしていたことが頭によぎった。


「……」


 しばらく固まってから、ハッと目を覚ました。そろそろ煮えてきたみたいだし、ルウを入れないと。


「火を止めてからじゃないとダマになりますよ」

「えっ?」


 ルウをパックから取り出そうとしたとき、綾音さんの声が聞こえた。しかし慌てて振り返ってみても、その姿は見えない。やっぱり心配されてるのかなあ……。


 言われた通りに一度火を止めてから、ルウを鍋の中に割り入れた。しばらくしてからコンロのつまみを捻り、再び弱火で煮込んでいく。ルウが溶けていくごとにスパイスの香りが漂い、鍋の中身にとろみがついていった。


「ん」


 炊飯器がピーピーと電子音を鳴らす。飯も炊きあがったし、もう少し煮込んだら完成だな。しっかり鍋をかき混ぜて、っと。……なんだか、また視線を感じるな。


「……」

「あ、綾音さん?」


 振り返ってみると、綾音さんは身を隠すことすらせずにじっと俺の方を見ていた。丸眼鏡をおでこにかけて、何やら恨めしそうな視線を送ってきている。


「ど、どうかしましたか?」

「ずるいですっ!」

「へっ?」

「カレーはずるいじゃないですかっ! カレーはっ!」

「な、なんのことですか?」

「もうっ! 何作ってても知らんぷりしようと思ったのにっ! 意味ないじゃないですか~~っ!!」


 綾音さんはその場で地団駄を踏んでいた。やっぱり今日は子どもっぽくて可愛らしい。悔しそうにしている綾音さんに向かって、俺は静かに声を掛ける。


「カレー、召し上がりますか? 僕が作ったのでよければ」

「……ちゃんと福神漬けもつけてくださいねっ!」


 そんな捨て台詞を残して、綾音さんは居間の方に引っ込んでしまった。本当に見ていて飽きない人だな、なんて思いながら……カレーをかき混ぜる俺であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ヤバい掴みが面白かったからなんとか読んできましたが展開がなくきつくなってきてしまった 一旦今出ている話数の最後まで読もうとは思いますが ・ヒロインの秘密が引っ張られ過ぎている(わかったのは小説家である…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ