第11話 パンツパンツパンツとお姉さん
「なんだったんだろう……」
やかんで沸かしたお湯を魔法瓶に移しながら、ぼそりと呟く。さっき綾音さんが積んでいた本の数々。どれも穏やかでないタイトルのものばかりだった。あれを道具として使う仕事って……一体なんだろう。
思えば、あの人の仕事風景を見るのは久しぶりだな。この間の月曜日も一緒に作業したけど、あの時の綾音さんはただパソコンを使っているだけだったし。
「うーん……」
魔法瓶の蓋を閉めながら、考え込む。あの人が自分の情報を隠したがるのも理解できる。俺だって自分の家のことはあまり知られたくないし。
だけど、本当に結婚するならいずれは互いのことを明かさなければならないだろう。妻が何の職業なのか知りません……では流石にまずい。
「よしっ」
急須と魔法瓶を盆に載せて、俺は台所から歩き出した。いっそのこと、ここは本人に聞いてみるか。虎穴に入らずんば虎子を得ず、という言葉もあるし。
「綾音さーん、お茶の準備出来ましたよ」
「……」
「綾音さん?」
居間の方に向かって声を張り上げたのに、返事がない。不思議に思いつつ、足を進めていくと、そこに見えてきたのは――
「強度が足りないなあ……」
「何やってんですか!?」
俺のパンツを大量に右腕にかけてる綾音さんだった! 何してんのこの人!? 変態!? 変態なの!?
「すいません、お借りしてましたっ!」
「ぱっ、パンツを腕にかけてどうするつもりなんですか!?」
「えっ? 仕事に必要だったので……」
「綾音さんのお仕事って何なんですか!? 下着ドロボー!?」
「ちっ、違いますよっ! ちょっと、トリッ……シミュレーションに必要なんですっ」
「シミュレーション?」
「いいからっ、気にしないでくださいっ! ちゃんとタンスに戻しておきますから!」
「は、はあ……」
まあ、パンツも含めて衣服の洗濯をしてもらっているから……多少使うのはいいけどさ。でも、下着が必要なシミュレーションってなんだろう。それにさっきの「警察」「殺人」なんて本といまいち結びつかないな。
「やっぱりダメかなあ……いやでも、インパクトが欲しいし……」
綾音さんは丸眼鏡をかけたまま、腕にかけたパンツに熱い視線を注いでいた。そんなにまじまじと見られると恥ずかしいんだけどなあ……。何も気にしないあたり、やっぱりこの人は大人の女性なんだな。
俺はこたつの上に盆を載せて、茶を淹れる準備を始めた。「結婚願望くらい」濃いめとリクエストされていたので、急須に思い切り茶葉を淹れる。魔法瓶から二人分のお湯を注ぎ入れて、急須に蓋をして少し待つ。
「……」
「綾音さん?」
「はい?」
「あんまりパンツ引っ張られると、ゴムが伸びちゃうというか……」
「大丈夫ですよ~、私のご飯を食べていればそのうちぴったりサイズになりますからっ」
「それじゃ困りますけど!?」
綾音さんがびよんびよんとパンツを力任せに伸ばしていたので、慌てて止める俺。ますますこの人の職業が分からなくなってきた。……っと、お茶のことを忘れていた。
「よいしょ……」
急須を傾けると、底が見えないくらいの茶色で湯呑が満たされていく。……ちょっと濃すぎたかな。でも捨てるのも勿体ないし。
「お茶が入りました。濃すぎたかもしれないですけど」
「あっ、ありがとうございますっ! ……ひゅーがさん、私の結婚願望がこんな濃さだと思ってるんですか?」
「あっ、濃すぎましたか!?」
「冗談ですよっ。別に怒ってないです」
「それならいいですけど」
「むしろ薄……いえ、なんでもないです」
「?」
綾音さんは丁寧に湯呑を受け取ると、両手で行儀よく持ち上げた。すごい、腕にかかったボクサーパンツが全く揺らめかない。洗練された所作とはこのことを言うのか――
「あっつ!!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
熱っ!!? 綾音さんに見惚れてたら自分の湯呑を倒してしまった!
「火傷してないですかっ!? すぐ拭きますからっ!」
綾音さんは急いでこたつから出て、俺のもとに駆け寄ってきてくれた。幸いパーカーの上にかかっただけで、肌に直撃したわけではないみたいだ。なんて思っているうちに、いつの間にか服の上からゴシゴシと拭かれ始める。
「ひゅーがさんっ、すぐシャワーで冷やした方がいいですよっ!」
「あっ、はい!」
「私が拭いたら、すぐ脱いでお風呂場に行ってください!」
「はいっ、ありがとうございま――」
……って、俺のパンツで拭いてないか!? 近くにこれしか布がなかったんだろうけど! 綾音さんはそれでいいんですか!?
「あ、綾音さん……」
「どうしました!? 痛いですか!?」
「それ、拭くやつじゃないです……」
「へっ?」
綾音さんは手元を見て、きょとんとした。しばらく黙り込んだあと……ポッと顔を赤くして、一言。
「わ、私の下着の方がよかったってことですか……?」
「やっぱり変態じゃないですかあああああ!!!?」
逃げるようにして立ち上がり、風呂場に向かってダッシュする。何の職に就いているのかは分からないけど――ひとまず下着ドロボーでないことを祈ろう。そう思いながら、濃密にほうじ茶が香るパーカーを脱ぎ捨てたのだった……。




