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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
グレナディーヌ編
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白薔薇姫、魔塔へ行く:2

それはつまり、婿を取れなければ家を出ていけということだろうか。急に不安が押し寄せたロゼアリアに、カルディスが安心させるような笑顔を見せた。



「お母さんと同じように婿を取るという選択をすることもできる。私もロゼッタも、養子を取るよりもロゼに残ってもらいたいと思っている。もちろん、今すぐに婿を探せというわけではないよ。」


「伯爵位のためにその座を望む人なら五万といるはずです。この傷を見ても私を愛してくれる人を探すなんて……。」


「ロゼが心から愛する相手なら、ロゼを心から愛してくれる相手なら、私達は血筋や身分を気にせずに受け入れると決めた。ゆっくりで良いから、考えてみてはくれないか。」


「分かりました……。」



カルディスの言っていることも分かる。騎士の道を目指せなくなった時のことも考えなければならない。貴族の男性でなくとも良いと両親は言ってくれているのだ。


邸宅に戻ってすぐ、ロゼアリアは魔塔訪問の手紙を書いた。何も連絡も無しに訪れるのは失礼だと考えたからだ。


父がこのような条件を持ち出してきたのは、魔塔を説得するなど不可能だということを身を持って知っているからに違いない。しかし何度もダリオットがこの任務を与えるくらいだ。王宮もいい加減に魔塔と協力を築きたいはず。



「思ったよりも重い任務になりそうね……。」



書いた手紙をすぐ出すよう執事に渡して、部屋には戻らずそのまま廊下を歩いた。魔塔へは三日後に行く予定だ。本音を言えば、明日にでも押しかけたい。



「お嬢! お戻りだったんですね!」


「あらオロルック。鍛錬の帰り?」



ロゼアリアに気づいたオロルックが駆け寄ってきた。主人を見つけた犬そのものだ。



「どちらに行かれるんですか?」


「特に決めてないわ。なんとなく歩きたくて。」


「お供しますよ!」



オロルックと合流したので、一緒に庭を散歩することにした。歩きながら、王宮でのことをオロルックに話す。



「つまり、お嬢が魔塔の主を説得して魔塔が王宮に協力してくれれば良いってことですよね?」


「ええ。魔塔の主を国王陛下の元へお連れできれば良いみたい。でも、お父様は魔塔に入ることすらできなかったそうなの。」


「うへぇ、思ったより難しそうすね。」


「もしできなかったら、私はロードナイトに婿入りする人を探さないといけないそうよ。それは困ったわ。クロレンス公子と婚約破棄した時点で、他の方と婚約なんて難しいのに。」



いくら血筋や身分を気にしないと言われても、ロードナイトに不利益になりそうな相手を選ぶわけにはいかない。悩むロゼアリアの横で、オロルックも考える。



「んー……でもまずは、魔塔の主を陛下の元に連れてくことだけ考えましょ! だめでも、全っ然良い男いねー! ってなったら、俺と結婚すれば良いんじゃないすか!」



そんなことをオロルックが言うものだから、たまらずロゼアリアは吹き出した。



「結婚て、何言ってるのよ」



笑いすぎて目尻から零れた涙を拭う。



「え!! 俺じゃだめですか!!」


「だめって、プロポーズする相手を間違えてるわよ。貴方が好きなのは私じゃなくてフィオラでしょう。私が気づいていないと思った?」


「な、え、い、いつから知ってたんですか!?」



ボン、と音がしそうな勢いで顔を真っ赤にしたオロルックを見て、さらにロゼアリアが笑い転げる。フィオラを見かける度に目で追っているくせに、それで気づくなと言う方が難しい。気づいていないのはフィオラ本人だけだ。



「みんな知ってるわよ。」


「みんなって誰ですか!? 誰が知ってるんですか!?」



慌てふためくオロルック。揶揄い甲斐のある反応だ。



「上手くいくと良いわね。」


「それほんとに思って言ってます⁉」


「ほんとほんと。」





王宮から戻り、書斎で仕事を進めるカルディスのところに来訪者のノックが届く。ロゼアリアだろうか、と首をかしげたが、聞こえてきた声は愛娘のものではなかった。



「あなた。今大丈夫でしょうか。」


「ロゼッタか……。どうしたんだい?」


「あの子が家を継ぐと言い出してからずっと悩んでいらっしゃるので、たまには一緒にお茶でも、と。都合を伺いに来ましたの。」


「そうさせてもらうよ。」



ロゼッタをソファに通し、領地や騎士団に関する書類を片付ける。こうして妻とゆっくり過ごすのはいつぶりだろうか。愛娘が訪ねて来ることは嬉しいが、頭を悩ませていることも事実だった。



「……一人娘だからと、甘やかしすぎてしまっているのだろうか。」



ポツンとこぼしたカルディスの横で、ロゼッタは今しがた用意されたティーカップを口元へ運ぶ。



「ロゼが魔塔へ向かうと聞きました。」


「あの子のことだ。すぐにでも向かうだろう。」


「機会があれば、ぜひ私も伺ってみたいものです。」


「ロゼッタまで何を言い出すんだ。」



訝しそうにカルディスが妻を見る。しかしロゼッタの表情は落ち着いていて、冗談を言っているようには見えなかった。



「あの時の魔法使いの子も、今は立派な方になられたのでしょうね。お礼を言う前に帰ってしまわれたから、いつかお会いできればとずっと思っていました。」


「……。」



当時のことはカルディスもよく覚えている。というよりは、忘れられない方が正しい。


──ロゼッタは難産だった。なかなか進まないお産。時間が経つにつれ呼びつけた医師と看護師の様子が慌ただしく変わっていく様。体力が奪われ、どんどん衰弱していく最愛の妻。「このままでは母子ともに──」という言葉が聞こえた時には居ても立ってもいれずに飛び出していた。


何度も通った道に無我夢中で馬を走らせ辿り着いた魔塔。乱暴にも馬で門を飛び越え力のままに扉を叩いたカルディスの前に現れたのは、まだ言葉を覚えたばかりであろう幼い子供。


その時はもう何もかも駄目だと思った。みっともなく自分よりずっと小さな子供に、「誰でも良いから妻と子供を助けてくれ」と縋りついた。



『この俺を前にしておきながら「誰でも良い」だ? ははは! お前、面白いこと言うようになったじゃないか!』



何が可笑しいのかその子供は笑うと、力なくしゃがみ込んだままのカルディスの肩に手を置いた。



『今までで一番面白かったから助けてやる。どこに行けばいいか教えろ。』



何が起きているのか分からずに呆然とするカルディスを急き立てて、子供は「妻がいる場所を思い浮かべるだけでいい」などとさらに訳の分からないことを言った。


気付いた頃には、カルディスは妻のいる部屋に戻っていた。不思議な子供と共に。


急に現れたカルディスにその場が騒然とする中、子供は意識が朦朧としているロゼッタの元へと近づき。



『お前が医者だな? 今回ばかりは悪く思うなよ。俺は医学の邪魔をするつもりは無いからな。』



衰弱しきったロゼッタに子供が触れてからだった。あれだけ難航していたのが嘘のようにすんなりと赤子が産まれ、青白かったロゼッタの頬には赤みが戻った。カルディスが戻ってきた時にロゼッタからだらだらと流れていた血も、ぴたりと止まっていた。


安堵と歓喜に包まれた部屋で響く産声。やっと産まれた小さな女の子。ロゼアリアを初めて抱き上げた日。


意識を取り戻したロゼッタと二人で子供に礼を言おうと思ったが、そこにはもう誰もいなかった。


粗暴な口調だったこと以外何も分からない、少年なのか少女なのかも知らない魔法使いの子供。真っ黒な髪に炎の瞳は、ドラゴンが人に化けたようにも見えた。


もしかして夢だったんじゃないかと思った後日、届いた手紙。



──対価はいずれ。そろそろ馬を引き取りに来いよ。



やけに達筆な文字を見て、魔塔に馬を置いたままにしていたことを思い出した。幸い面倒を見てもらえていたようで、馬も無事だった。


魔法使いは変わり者が多いが、悪い人ではない。それ知った日から、カルディスは王宮の使節として魔塔を訪れることを辞めた。


王宮へ訪れたくない理由があるのなら、彼らの意思も尊重するべきだから。


ロゼアリアが産まれた時の話は、ロゼアリアにはしていない。自分の生い立ちに負い目を感じてほしくないからだ。自分達夫婦の子供がロゼアリアただ一人である理由は、二度と妻と子を失う恐怖を味わいたくないからだ。


たった一人の大切な我が子。どんな我が侭でも望みでも叶えてあげたい気持ちは本当だ。それでも、愛娘を失うくらいならば。失うくらいなら、ロゼアリアが選んだ道であっても、目標であっても潰すことを厭わない。


だから、絶対にできないと分かっている条件を与えた。三百年もの間王国と関わることを拒んだ魔塔を、たった一ヶ月でロゼアリアが説得できるはずがない。そもそも、そんな短い期間では魔塔に入ることもできないだろう。



「……ロゼッタ。私は何か間違えているだろうか。」


「いいえ。私はいつでも、貴方を信じておりますよ。」

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