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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
グレナディーヌ編
5/44

白薔薇姫、騎士を目指す:5

威勢の良い声と共に、オロルックが入室する。今日の婚約式のエスコートは彼にしてもらう事にした。ロゼアリアに合わせ、今日はオロルックも騎士服を着ている。



「正装が似合ってるわねオロルック。私も早くそれと同じ服を着たいわ。」


「お嬢こそ、今日は雰囲気が違いますね。伯爵様のように凛々しくて素敵です。見習い騎士の制服ですら着こなされるのですから、騎士団の制服はもっとお似合いのはずですよ。」


「ありがとう。お父様の説得を頑張らないと。さあ、気乗りしないけれど行きましょう。」



オロルックと共に、ロゼアリアが馬車に乗り込む。婚約式の会場はフィグミュラー侯爵邸。ヘレナの事だから、邸宅の庭は今頃極彩色の花々で彩られていることだろう。



「オロルックはお父様の遠征について行かなかったの?」


「何言ってんですか、お嬢の予定が優先ですよ!」


「そう言ってくれるのは嬉しいけれど、騎士団の仕事よ? 私の方が参加したいくらいなのに。」


「騎士団の仕事は何人いても良いですが、お嬢のエスコートは定員一人じゃないですか!優先して当然です! それに、これはお嬢しかできない仕事じゃあないですか!」



仕事。なるほど、そう捉えればいいのか。さすがはオロルック、物事を良い方へ考えるのが得意な男。



「仕事……そうね。社交界に行かなくなったとはいえ、伯爵位を継ぐなら他の貴族との繋がりは保たないといけないものね。」


「そうですよお嬢。遠征は入団したらたくさん行けますから!」


「ええ。まずは入団させてもらわないとね。」



どうにも父は、娘を騎士にするつもりが無いらしい。このままでは、跡継ぎとして本当に認めて貰えるかも心配だ。


フィグミュラー侯爵家までは馬車で三十分ほどだろうか。ロードナイトのように王家に仕える騎士団を持つ貴族や、フィグミュラーのように行政の役職の一端を担う貴族は王宮を中心とした貴族街に邸宅を構えている。一口に街と言っても一つ一つの家が持つ土地があまりにも広いため、邸宅同士が隣に並び合うことはない。


話を聞く限り、婚約式には貴族街に住むほぼ全ての貴族に招待状を送ったとか。そうまでして自分がアーレリウスの新しい婚約者だと知らしめたいらしい。



「はあ……何もすることが無いと余計なことを考えてしまうわ。馬車の中でも本が読める身体だったら良かったのに。」


「じゃ、お喋りでもしましょ! お嬢は今なんの本読まれてるんですか?」


「最近はずっと魔法史。」



出回っている文献が少ないため、歴史書がどれくらい史実にどれくらい忠実なのかは分からないが新しく知ることが多くて面白い。文献はきっと、魔塔に行けば豊富にあるだろう。しかしそんな理由で訪れるほど、魔塔は気軽な場所ではない。


魔塔周辺の森はどの貴族の領地にも属していない。そこだけが唯一、王国の中で国家から独立した場所となっている。



「魔法史ですか! また珍しいトコ読んでますね。魔法史ってどんなこと書いてあんですか?」


「〝黒い魔法使い〟が招いた災害についてと、あとは魔法の発展について書かれてるわ。」


「魔法の発展? 魔法道具とかですか?」


「それもあるし、魔法そのものについても。私は魔法使いではないから、その辺は読んでいてもあまり分からないのよね。」


「魔法使えるってどんなかんじなんですかね! ちょっと気になりません?」


「分かる。空を飛べたりするのかしら?」



確かに存在しているのに会うことの無い魔法使いを想像し、ロゼアリアとオロルックが話を弾ませる。彼らのイメージは、幼い頃に読んだ絵本のまま。実際が分からないから余計に気になる。



「そういえば、オロルックは討伐遠征で魔物を見たことはあるのよね。」


「はい。姿形は魔獣にとても似てますよ。ただ……陰みたいに全身が黒くて、目がどこにもないんです。さすがに俺も最初見た時は怖くて夜寝れませんでしたよ。」


「そうなの? それは相当ね……。」


「多分伯爵様も寝れなかったんじゃないですかね。」



オロルックがあまりにも真面目な顔で言うものだから、たまらずロゼアリアは吹き出した。そんな父の姿ならばぜひ見てみたい。



「なら、お父様は今日も眠れぬ夜を過ごすのね。」



カルディスは魔物討伐の任務の真っ最中。今頃オロルックの言う、夜も眠れぬほど恐ろしい怪物と対峙しているはずだ。



「災害からもう三百年も経ったというのに、世界の穴ってものはまだ塞がってないのかしらね。太陽の女神様が復活された時に一緒に塞がるものではないのかしら。」


「でも魔物いなくなったら騎士団の仕事無くなっちゃいますよ。討伐遠征も難しいものじゃないですし、十分平和なんじゃないですかねえ。」


「それもそうね。私の婚約破棄が社交界の話題になるくらいだし。」



自虐を交えつつオロルックと会話を弾ませていると、馬車がゆっくりと停止した。ようやくフィグミュラー侯爵家に到着だ。



「とうとう来てしまったわね。」


「行きますか!」


「ええ。」



オロルックの手を借りて馬車を降りる。ついにこの日が訪れた。アーレリウスの姿を見るのは、彼が見舞いに訪れたあの日以来だ。


頬の傷を見た瞬間の表情。今でも覚えている。ずっと自分に甘く優しい笑顔を見せてくれていた彼の、酷く冷たい目。



(また、あの目を向けられるのかしら……。)



しかも彼の隣にはヘレナ・フィグミュラー。きっと彼女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべることだろう。



「大丈夫ですよお嬢! 俺がいます!」



表情に影を落としていたロゼアリアに、オロルックが自分の胸をドンと叩いて見せた。それが随分と、ロゼアリアには心強く感じられた。



「……そうね。今日は貴方がいるわ。」



庭園へ続く道は咲き誇る花々の濃密な匂いで満たされていた。噎せ返るほど強いのは、それぞれが自分を見てくれと主張をしているからか。花まで屋敷の主人に似るようだ。



「香水いらずですね!」


「そうかも。でもあまり外でそういうことを言ってはだめよ。誰が聞いているか分からないから。」


「わ、たしかに。気を付けます。」



真っ赤な薔薇出迎えるアーチをくぐれば、広がるのは鮮やかな庭園。先に到着していた令息令嬢が会話に花を咲かせている。


煌びやかな噴水、色とりどりの花。青々と広がる空とのコントラストは眩しく、今日の日を祝福しているようだった。



「驚いた。誰かと思ったよ。」


「アレクお従兄(にい)様。お久しぶりです。」


「久しぶり、ロゼ。元気そうで安心した。叔父上から塞ぎ込んでいると聞いていたから、凛々しい姿を見れてとても嬉しいよ。」



二人に声をかけてきたのはロゼアリアの従兄、アレクシス・バルト・ベーチェル。カルディスの兄、ディートリヒの嫡男で次期ベーチェル公爵だ。ちなみにディートリヒはロゼアリアの剣の師匠。アレクシスは兄弟子でもある。


こうして会うのはいつ以来だろうか。



「アレクお従兄様はアマリリア様と来られたのですか?」


「ああ。あとはロディも来てるよ。」


「あら、ロディお従兄様はどちらに?」



アレクシスの弟、ロドニシオも来ているとは。



「どこかふらふら歩いているんだろう。定刻までには戻るはずだよ。」


「ロディお従兄様が参加されるとは珍しいですね。」


「クロレンス公子から二人分の招待状を頂いたからな。我が従妹(いもうと)と婚約破棄をしておいて、一体どんな顔でフィグミュラー姫君と婚約式を開くのか気になってね。」



にこりと笑顔でアレクシスは言うが、さすがは元・氷の貴公子の甥。言葉の裏に隠しきれない冷たさを宿している。



「アレクお従兄様……」


「案ずるなロゼ。彼らがこれ以上我が従妹(いもうと)を害そうというならば、ベーチェル公爵家は黙っていない。」


「お心遣い、痛み入ります。」


「当然のことさ。君、たしかオロルックという騎士だったね。」


「はい!」


「ロゼを頼んだよ。僕と弟もいるこの会場でロゼに何かあったら叔父上に顔向けできないからね。」


「しかと心に刻みます。」



カルディスと同じ白銀の髪にブルートパーズの瞳を持つアレクシスは、今代の氷の貴公子と言えるだろう。温厚な口調ではあったが確実にアーレリウスに対して彼は怒りの感情を向けていた。



「では二人とも、パーティーを楽しんで。ああそうだロゼ。その髪もよく似合っているよ。今日のロゼは凛々しく美しいね。」


「お褒めに預かり光栄です、アレクお従兄様。」



颯爽と去っていく背中は物語の王子様のようだ。社交界でアレクシスがご令嬢の憧れの存在になる理由が、あの背中を見るだけで分かる。



「いやぁ、ベーチェル公子様は本当にかっこいいですね! 俺も惚れます!」


「もし私が男児として産まれていても、アレクお従兄様にだけは敵わないと思うわ。剣の腕も含めてね。」



定刻通りに婚約式は開かれた。会場に入る直前までロゼアリアの心は(くすぶ)っていたが、オロルックとアレクシスのおかげでだいぶ和らいだ。

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