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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
グレナディーヌ編
4/44

白薔薇姫、騎士を目指す:4

笑顔を浮かべたまま、今すぐにでもヘレナにカップのお茶をぶちまけたい気持ちを(こら)える。


如何なる理由があろうと相手は侯爵令嬢。茶をぶちまける愚行など犯せば、父、そして伯爵家に泥を塗ることになる。



(フィグミュラー姫君、私に「勝った」と言いたいのね。アーレリウスの話をすれば、私が傷つくと思って。)



悔しいがその通りだ。愛した男に付けられた傷は、頬の傷よりも深く、痛かった。だがいつまでも引きずるわけには行かない。



「クロレンス公子は美しいものがお好きですから、ヘレナ様の美しさに惹かれたのでしょう。」


「きっとそうですわね。私のお願いごとはなんでも聞いてくださいますの。来月、婚約式を挙げますのよ。ロゼアリア嬢も来てくださいますよね?」


「もちろん、参加させていただきます。」



誰が行くかそんな式。と言いたい所だが、ここで行かないのも逃げているようで癪だ。是非参加させていただこうではないか。



「ああそう、当日はそんな格好で来られては駄目ですからね。ちゃんとドレスを着ていらしてくださいまし。」



なるほど。どこまでもロゼアリアを見世物にしようと言うわけだ。少年のように短く切られた髪で華やかなドレスが似合うわけがないと言われている。新しく仕立てるとしても式は来月、間に合わないだろうと考えてのこの茶会だろう。


ならばその挑戦、受けて立とうではないか。社交界に出てアーレリウスと婚約してからというもの大人しくしていたが、元より売られた喧嘩は買いたい性格だ。



「かしこまりました。楽しみにおりますね。」



最後まで笑顔を絶やさなかった自分を褒めたい。令嬢の茶会となれば腹の探り合いが常。もちろん、そんなことを気にせずに楽しく時間を過ごせる間柄の令嬢もいる。ヘレナとそんな間柄になれる日は来ないだろう。なりたいとも思わない。それでも今ロゼアリアが落ち着いた気持ちでいられるのは、自分以上にフィオラが腹を立てているからだ。



「何もお嬢様にあんなお話をされずとも良いではないですか!」


「落ち着きなさいフィオラ。まだ王都にいるんだから。」


「お嬢様が好き勝手に言われているのを黙って聞いているだけなんて、もう我慢なりません!」



ぷんすかと怒るフィオラだが、頬を膨らませる様子は小動物のように愛らしくて少しも怖くない。



「髪を短くなさったってお嬢様のご尊顔はこんなにも美しいのですから、ドレスだって似合うに決まっています。」


「何を着ていくか早急に考えないとね。今から新しく仕立てるのは間に合わないし、ドレスを着てこいと言われて着ていくのも癪ね。」


「では、どうされるおつもりですか?」



ドレスを着ないのならば一体何を着ていくのか。不可思議な表情で自分を見るフィオラに、ロゼアリアはいたずらっ子のような笑顔を見せた。



「良いことを思いついたわ。早く帰ってお父様に相談しなくちゃ。でもその前に、少し本を見てもいい?」


「はい、もちろんです!」



王都に来た際は必ず訪れる書房。稽古で身体を動かすのも好きだが、本を開いて物語に浸る時間も好きだ。特に面白いのは歴史。その当時に自分も居合わせたような、そんな気持ちになれる。もちろん、史実を調べることも忘れない。そうすることでより一層鮮明に内容が頭に入ってくる。



(また魔法史を読むのも良いわね。この前建国史を読んだばかりだし、繋がる部分が多そう。)



気になる本を手に取って、自由に棚を回る。この辺りは子供向けのおとぎ話が置いてある。文字を習い始めて間もない頃は、よく読んでいたものだ。



(勇者と黒い魔法使い……懐かしいわね。)



目に止まった一冊は、王国で最も有名な童話の一つ。世界を滅ぼそうとした悪の魔法使い、〝黒い魔法使い〟を勇者が倒す冒険譚だ。

これは空想を描いたおとぎ話ではなく、史実を噛み砕いて噛み砕いて書かれた物語。三百年前に起きた大災害を元に、子供向けの絵本が出版された。


グレナディーヌ王国と魔塔の魔法使いは現在も交流が無いが、三百年前は人間と魔法使いの関係が世界的に酷かったという。〝黒い魔法使い〟は人間と魔法使いの戦争を引き起こした果てに、太陽の女神アンジェルを殺して一度世界を破滅させた。その時、世界を形成する(かく)に穴が空き、その穴から魔物が侵入してきた。アンジェル女神は月の女神エレトーによって復活されたが、目覚める間の十年間は太陽が昇らない、真っ暗な日々が続いたと言い伝えられている。


おとぎ話の中で〝黒い魔法使い〟は勇者に倒されたが、その魔法使いがどこの国の魔法使いだったのかは分からない。悪の魔法使いを排出したことで他の国から責められないよう、意図的に全ての文献で表記を伏せられたのかもしれない。もしかしたらもっと別の理由があるかもしれないし、本当にどの国の魔法使いなのか分からなかった可能性もある。


絵本をパラパラとめくった後、そっと本棚に戻した。グレナディーヌの場合、魔法使いは魔塔にしかいない。魔法使いと人々の距離感は国によって違うが、グレナディーヌは間違いなく遠い。だからほんの少しだけ魔法使いに興味があった。父に「魔法使いを探す」と言われた時は慌てて止めてしまったが、もし会える機会があれば一目見てみたいとは思う。


特に〝管理者〟と呼ばれる魔法使い。グレナディーヌ王国を含めた世界に存在する十二の国には、それぞれ〝母なる石〟と呼ばれる魔法石がある。それを管理する魔法使いを〝管理者〟と呼ぶらしい。普通の人ならば彼らに会うことは生涯無い。もしかしたら魔法使いとの距離が近い他国ならば、会えるのかもしれない。少なくともグレナディーヌでは不可能だろう。


魔法使いは遠い存在だが、魔法は身近だ。例えば照明や乗り物などはエネルギー源に魔法石を使っている。これは、過去に魔塔の魔法使い達が整備をしてくれたからだ。知らないだけで、魔法石による自律機関は様々な所にある。だから、魔法史と建国史は繋がりがあると言える。


手に入れたばかりの本を抱いて書房を出た頃には、ヘレナのことはすっかり忘れていた。それよりも早く買った本を読みたい。



「お嬢様、他にどこか寄られますか?」


「いいえ、早く帰りましょう。久しぶりに魔法史の本を入手できたの。」


「また珍しそうな本ですね。最近入荷されたのでしょうか。」


「前は無かったから、そうかもしれないわね。」



帰りの馬車は早く本を開きたくてたまらなかった。幼い頃、母の注意を無視して本を読んでいたらとても具合悪くなったことがあるため、それ以来馬車の中では我慢するようにしている。



「お嬢様のご気分が優れたようで何よりです。」


「フィオラも後で読む?」


「歴史はちょっと……ロマンス小説しか読まないもので」



そうだった。フィオラは『氷の貴公子と宝石姫』の愛読者だった。その物語こそ何を隠そう、ロゼアリアの両親をモデルに書かれたロマンス小説なのだ。本人達は怒るどころか太鼓判を捺す始末。今でも重版され、演目まで出来ている。


白銀に輝く髪とブルートパーズの瞳、その冷淡な性格からかつて〝氷の貴公子〟と呼ばれたカルディスに今やその面影はない。美しい容姿は保たれども性格が。今のカルディスは完全に妻子を溺愛してやまない父親像そのものだ。母、ロゼッタは恐らくほとんど変わっていないのだと思う。宝石姫の由来は、エメラルドのごとく見る人を惹き付けて離さない瞳からだろうか。



「お嬢様も一度読まれてみてください! すごくどきどきしますよ!」


「両親の恋愛小説はあまり読みたくはないわね……」





準備に追われるうちに、ひと月という時間はあっという間に過ぎた。



「お嬢様、とても素敵です……」


「我ながらなかなか様になってるわね。お父様にお願いしてよかったわ。」



キラキラとフィオラが瞳を輝かせて見つめる先で、ロゼアリアも満足気に鏡に映る自分の姿を眺めていた。


とうとうアーレリウスとヘレナの婚約式当日。その式に参加するロゼアリアはドレスではなく騎士服を着ていた。ロゼアリアに合わせて仕立てるのは間に合わないため、騎士団に用意されている見習い騎士の騎士服を借りた。



「見習い騎士の服なのが腑に落ちないけれど、まだ入団を認めてもらっていないから仕方ないわね。お父様はいつになったら私を騎士団に入れてくださるのかしら。」



不満そうにロゼアリアが口を尖らせる。この一ヶ月、父と顔を合わせる(たび)に問い詰めているが答えを濁されるばかりだった。



「旦那様も奥様も、すぐにご決断されるのが難しいのだと思います。お嬢様に何かあってはいけませんし。」


「お父様のことだから、私が諦めるまで何も言わずに逃げるつもりよ。そうはさせないんだから。」



まるで何か企むようにロゼアリアが不敵な笑顔を浮かべていると、扉の先でノックが響いた。



「お嬢! 準備の方はいかがですかね!」


「今終わったところよ。いらっしゃい。」


「失礼します!」

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