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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
グレナディーヌ編
3/44

白薔薇姫、騎士を目指す:3

「クロレンス公子のことは……私達にはどうにもできないけれど、ロードナイトに婿入りしていただける方を探しますから。」


「当分不要です、お母様。難しいことは分かっていますから。」


「だからといって何も貴女が、騎士になる必要は……本当は鍛錬だって、あの時反対していたのに。」


「私は鍛錬をしていて良かったと思っています。でなければ今頃、私には何も無いところでしたから。」



きっと鍛錬を積んでいなかったとしても、同じように自分はパン屋の娘を庇ったと思う。



「お父様とお母様のように、というのは存外難しいものですね。」



母を見つめながら、ロゼアリアは苦笑した。


母、ロゼッタ・クリスタル・ロードナイトもまた、伯爵家の一人娘だった。当時公爵家の次男であったカルディス・ダム・べーチェルと出会ったのは初めての舞踏会。お互いに一目で惹かれ合った二人。ロゼッタの父、つまりロゼアリアの祖父にあたる先代伯爵は婚約をなかなか認めず、カルディスが何度も伯爵に頭を下げ、白薔薇騎士団で存分に扱かれたことでようやく認めてもらえたのだそう。


二人の馴れ初めから結婚に至るまでの話は幼い頃から幾度となく聞かされてきた。その頃はまだ産まれていないロゼアリアでも、当時のことを詳しく語ることができる。


両親の恋模様はそれをモデルにした恋愛小説が令嬢の間で流行った程だ。ロゼアリアは読書が好きだが、その本だけはどうしても照れくさくて読めない。



「ロゼ。好きな人と添い遂げることも悪くないけれど、夫婦となる相手のことを知っていく中で愛を育むことも素晴らしいものだと思いますよ。少なくとも、先代伯爵夫妻はそうして幸せになっています。」



母の言うことも分かっているつもりだ。そもそも、大半の令息令嬢はそのようにして夫婦の歩みを進めていく。だがどうしても忘れることができない。アーレリウスと視線が重なったあの瞬間の胸の高鳴りを。まるで自分たちの周りだけ世界が時を止めたような感覚に陥ったあの時を。周りの景色も音も何一つ入ってこなかった、あの静寂を。


もし婿になる相手も見つけられたとしても、アーレリウスとの日々を忘れることはないだろう。むしろ事ある毎に思い出して、自分の伴侶に重ねて、アーレリウスでは無いことに落胆するかもしれない。


それならばいっそ、このまま独り身なのも悪くないかもしれない。いや、そうしたらロードナイトの家はどうするのか。そこを考えると生涯独り身の選択肢は無しだ。



「……ほとぼりが冷めないうちは考えないでおこうと思います。」


「ロゼ……女性に与えられた時間が長くは無いことも忘れないでね。」


「はい、お母様。」



両親の言葉は自分を心配しているからこそと知っている。騎士団に入ることで今後どれだけ危険な目に遭う可能性があるのか、騎士団長の父なら嫌というほど分かっているのだろう。


それでも他に、今自分にできることが分からないから。分からないから、今できることをさせてほしかった。


邸宅の庭は、今の時期白薔薇が咲き誇っている。爽やかで気品溢れる香りを通り過ぎた先、広がるのは白薔薇騎士団の団員が鍛錬を行う鍛錬場。



「みんな、おはよう。」



ロゼアリアが声をかけると、稽古の手を止めて団員達が振り返る。いつもなら威勢よく挨拶が帰ってくるのだが、今日は全員が全員、ぽかんと呆気にとられた表情をしている。



「ろ……ロゼアリア様!? その髪、どうされたのですか!?」


「まさか、失恋で……! おのれクロレンス公子、次会った時にはただじゃおかないからな!!」


「待って、違う。違うから。」



ロゼアリアが髪を切ったのは婚約破棄が原因に違いないと騒ぐ騎士達を慌てて宥める。相手は公爵家の公子だ。冗談だとしても貶めるような発言をしてはいけない。




「入団のために決意表明として切ったのよ。結構似合うでしょう?」



ロゼアリアとしては本当に似合うと思って言っているのだが、仮にも騎士とあろう男達は困り果てた犬のようにハラハラとした様子でいるばかりだ。



「お嬢、よくお似合いですよ! 奥様によく似ていらっしゃると思っていましたが、そうされてると旦那様にもよく似ていらっしゃいますね!」


「オロルック、おはよう。」



オロルックは幼少期から共に鍛錬をしてきた友人だ。歳を重ねるごとに体格も立派になっていき、今では快活な青年に成長した。ハニーブラウンの髪を短く刈り上げているのがよく似合う。



「ほら皆さん、そんなにジロジロ見つめちゃお嬢が照れちゃいますよ! 鍛錬に戻りましょう!」



オロルックの言葉にそれもそうかと人だかりが散る。さっぱりとした性格でありながら人懐こい面もあるからか、オロルックに対して突っかかる人間は誰もいない。



「聞きましたよお嬢。ついに入団するんですか?」


「まだ決まったわけじゃないわ。お父様もお母様も反対されているから。」


「お嬢の腕なら騎士団長にだってなれますよ! 基礎練習が終わったら手合わせしましょう!」


「もちろん。手加減は無しね。」


「お嬢は少し手加減してくださいよ! 毎回容赦無いんだから!」



オロルックの明るさには度々救われている。どんなに落ち込んでいても、彼に励まされると元気が出た。





グレナディーヌ王国王都、グレナディア。国内外の珍しい品物が集まり、常に流行が生まれる華やかな都市。



「……お嬢様。本当にその格好でよろしかったのですか?」



フィオラの問いに、ロゼアリアは「なんで?」とばかりに首を傾げた。



「今はドレスよりこっちの方が似合うでしょう? それにほら、みんな私がロードナイトの令嬢だって気づいてないし。」



今のロゼアリアはブラウスに黒いパンツ、同じく黒いブーツと、とても貴族の令嬢に見える格好ではなかった。それどころかカルディスそっくりな目元のせいで、どこぞの貴公子にすら見える。とはいえ、たとえ貴公子であってもここまでシンプルな装いで街を歩く者はいない。



「フィグミュラー侯爵令嬢とのお茶なのですから、ドレスを召された方がよろしいのでは。」


「いいのいいの。フィグミュラー姫君は多分この格好の方が好きよ。」



ロゼアリアの見立てはおそらく間違っていない。それが分かっているからフィオラは心配していた。



「──まぁ、一体どこのご子息かと思いましたわ、ロードナイト姫君。白薔薇姫と呼ばれた貴女が今やそんな格好をしているなんて、きっと誰も想像してなくってよ。」



声高らかに言い放ち、ため息をついてロゼアリアを見る令嬢こそヘレナ・フィグミュラーその人だ。真っ赤な髪に濃い紫の瞳を持った彼女は、その華美な容姿に劣らず性格もなかなか強烈なことで知られている。白薔薇姫がいなければ、彼女が王国一の美貌と言われていただろう。そのせいか、ヘレナは事あるごとにロゼアリアを敵視していた。



「ああでも仕方ないですわね。お顔にそんな傷を負ってしまったら。私でしたら、耐えきれずに死んでしまうかもしれませんわ。」



彼女の言い方に腹を立てることはない。いつものことだ。ロゼアリアにヘレナが敵対心を向けることはもはや自然の摂理。ずっと目の敵にしていたロゼアリアが頬の傷を負ったことで婚約を破棄され、社交界から姿を消したのだ。ヘレナが面白く思わないわけがない。


アーレリウスとロゼアリアの仲は社交界でも有名だった。二人が破局したことも当然、貴族達の間で話の種になっている。気晴らしに、とロゼアリアを誘いだし、どんなものか見てやろうというのが本心だった。


そんなヘレナを前に、ロゼアリアはにこにこと穏やかな笑顔でカップを口元へ運ぶ。ヘレナとしては、期待していた反応が得られずつまらないばかりだ。



「このお店のお茶はとても美味しいですね。さすが、ヘレナ様の選ばれたお店です。」


「当たり前でしょう。ここは王室に茶葉を献上している店の一つなのですから。」



ふん、とヘレナが鼻を鳴らす。落ち込むあまりに邸宅から出ないものだと思っていたが、どうにも違うらしい。



(まあいいわ。このところ社交界に顔を出していないこの女なら、あの話は知らないはず。それとも、使用人が喋ったかしら。)



どれだけ淑女にそぐわない格好をしていようと、優雅に紅茶を嗜む所作は紛れもなく美しい。それがまた気に入らない。こほん、とわざとらしく咳払いをし、少しもったいぶるようにして言葉を紡ぐ。



「実は私……アーレリウス様と婚約いたしましたの。」



カップを持つロゼアリアの手が一瞬止まった。それを視界に捉えたヘレナはうっとりとした様子で言葉を続ける。



「このアメジストのペンダントはその時に送ってくださったのよ。濃い紫色がまるで私の瞳のようだと。」


「……それは、おめでとうございます。とてもお似合いのお二人ですね。」


「ロゼアリア嬢にそう言っていただけて安心しましたわ。アーレリウス様とは以前貴女が婚約されていたでしょう? 嫉妬してしまわれないか少し心配でしたの。貴女が実は野蛮な方だというお話も耳にしたから余計に。」


「ご心配には及びませんよ」

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