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白薔薇姫と黒の魔法使い  作者: 七夕真昼
グレナディーヌ編
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白薔薇姫、騎士を目指す:1

ロードナイト伯爵家の白薔薇姫と言えば、その端麗な容姿からグレナディーヌ王国一番の美姫と謳われる令嬢だった。陶器のように白く滑らかな肌を持ち、父譲りの瞳が煌めく様はまさしくブルートパーズそのもの。艶めくローズピンクの長い髪は彼女の母とそっくりである。


ロゼアリア・クォーツ・ロードナイト。ロードナイト伯爵家の一人娘。白薔薇姫の由来はロードナイトの家紋が白薔薇であることも一つだが、可憐に咲き誇る白薔薇が彼女によく似合うことが一番の理由だった。


一度(ひとたび)ロゼアリアが歩けば見る者は振り返り、その美しさにため息を漏らす。彼女がにこりと微笑めば、その笑顔に心を揺さぶられた者は数知れず。婚約者のアーレリウス・ディア・クロレンス公子と共に立つ様はまるで絵画のようだった。


だからほとんどの人間は知らない。ロゼアリアが邸宅では白薔薇騎士団の団員と共に、日々鍛錬に励んでいることを。そしてその腕が並ではないということを。


美しく麗しい白薔薇姫。その本来の性格は、負けん気が強く挑戦的なおてんば姫だ。騎士の家系に生まれたこともあり、責任感もまた強い。彼女と言葉を交わした者ならば、その片鱗をよく感じ取れるだろう。


ロゼアリアの真っ直ぐな心根こそ、彼女の一番の長所であり同時に短所でもあった。例えば、強盗にナイフを突きつけられたパン屋の少女の目の前にして、ロゼアリアはその場から逃げ出すことなど到底できない。


人目も侍女の制止も無視して飛び出し、パン屋の箒を剣代わりに強盗を制圧した。振りかぶられたナイフから少女を庇う際に傷を負った左の頬と、着ていたドレス以外は無事だった。


やってしまったとは思うが、反省はしていない。後悔があるならば、己の鍛錬が足りずに怪我をしたことくらい。それも、少女を庇った勲章だと思えばそれほどでもなかった。付き添いの侍女を泣かせてしまったことは申し訳なく感じている。


ただ、ロゼアリアにとって正しいことが世間でも正しいとは限らない。もしロゼアリアが父のような貴公子であれば、この勇敢な行いを世間は「素晴らしい」と称賛しただろう。いくら鍛錬を積んでいてもロゼアリアは淑女。姫騎士の立場を持っているわけでもない。白薔薇姫は実は野蛮な性格の持ち主であったと広まるまで、そう時間はかからなかった。


それでも、婚約者のアーレリウスだけは違った。



『君が困っている人を見過ごせない、優しくて素敵な女性だということは誰より僕が知っている。だから、早く怪我を治してその愛らしい顔を僕に見せてほしいな。君に会えないのが寂しくてたまらないよ。』



頬の怪我が治癒するまでの間、療養で屋敷に篭っているロゼアリアにアーレリウスは毎日手紙を送ってくれた。世間でなんと言われようと、愛する人がそう言ってくれるなら何も気にならなかった。


優しいアーレリウス。シルバーブロンドの髪に琥珀の瞳、柔らかい笑みを(たずさ)えた彼の表情を脳裏に浮かべるだけで幸せな気持ちになれる。


アーレリウスと初めて出会ったのは王室主催のデビュタントの時。十五歳を迎えた貴族の子供達が参加した社交界で、言葉を交わしたのが始まりだった。


申し込まれたダンスにはもちろん二つ返事で応じた。煌びやかな音楽で満たされたダンスホール。自分達と同じようにワルツを刻む令息令嬢に混じって、ダンスの合間にこっそりと会話を弾ませた時の思い出。


初めて見た時からお互いに惹かれあっていたのだと、これが運命なのだと直感した。


白薔薇姫宛に連日婚約を申し込む手紙が届いたが、アーレリウス以外は目に入らなかった。父を説得するのに少々骨が折れたものの、相手があのクロレンス公爵家ならばと最終的にはうなずいてくれた。アーレリウスの熱烈なアプローチがあったからかもしれない。


傷口が塞がり抜歯も済んだ頃、ようやく見舞いの許可が降りてアーレリウスがロゼアリアの元を訪れた。


元々体調が悪かったわけではないし、今までのように楽しい時間を過ごせるものとばかり思っていた。きっとアーレリウスもそう思っていたことだろう。ロゼアリアの部屋を訪れる時までは。


頬の傷を見るなり、彼はその美術品のような美しい顔を歪めた。琥珀色の瞳の奥に冷ややかな色が滲むのを、ロゼアリアはこの目で確かに見た。

少しばかりのぎこちない時間を過ごした後、アーレリウスはいつもよりずっと短い滞在を終えて帰ってしまった。


婚約破棄の書状が届いたのは、それから程なくした頃だった。理由など聞かずとも分かる。彼にとって頬の傷は醜く、遠ざけたいものと映ったに違いない。



──ロゼアリア、君との婚約は白紙にさせてもらいたい。



そんな素っ気ない一文だけが(つづ)られた書状を持つロゼアリアの手が震えている。



「……嘘つき」



気づけば、そんな言葉を口にしていた。


見舞いに来る前まで、アーレリウスから毎日のように届いていたあの手紙。それが見舞いに来た日以降、ぱたりと無くなった。その時からこんな日が来ることは分かっていたのかもしれない。


二年にも満たない日々だった。頬の傷が無ければ、今も続いていたのだろうか。



「アーレリウスの、嘘つき。どんな私でも愛しているって、言ったじゃない。」



零れた涙が手紙を濡らす。薄情な一文が滲んだそれをロゼアリアは薄暗い暖炉へ投げ入れた。今が冷たい冬であったなら、暖かい炎がすぐに手紙を燃やしてくれたのに。


すっかり塞ぎ込んでしまったロゼアリアは、傷口が治癒しても社交界へ顔を出すことはなかった。かといって部屋に篭るわけではなく、空いた時間は全て鍛錬に費やしていた。どこか切羽詰まったように剣を振るロゼアリアに、両親だけでなく邸宅の使用人達も彼女を心配した。



「ロゼ、休息を取ることも必要だよ。傷口がまた開いてしまったら大変だ。少し休みなさい。」



とうとう見兼ねた父、カルディスがロゼアリアに声をかけた。父の姿に気づき、ロゼアリアが剣を振る手を止める。



「お父様。」



ロゼアリアの心を掻き乱しているものが何か、カルディスも知っていた。



──先日の件で、白薔薇姫の頬には醜い傷痕が残っているらしい。



傷を負って以来、ロゼアリアが邸宅の外に出ていないにもかかわらずそんな話が社交界で広がっていた。ロゼアリアの耳にもその話が届いている。ここへ訪ねたのはアーレリウスただ一人。彼が話の発端だなんて考えたくもなかった。



「──お父様。私の(おこな)いは間違っていたのでしょうか。」



真っ直ぐにカルディスを見つめ、ロゼアリアは尋ねた。愛娘の問いに、父はゆっくりと言葉を紡ぐ。



「可愛いロゼ。お前のした事は何一つ間違っていないよ。もし間違っていたと私が言ったとして、あの時逃げることはできたかい?」


「いいえ。」



何度時間を巻き戻したとしても、ロゼアリアは同じ選択をするだろう。微塵の迷いも見せずに答えた愛娘を見て、カルディスは頬を緩めた。



「頬の傷が気になるというなら、傷痕を綺麗に治してくれる魔法使いを私が探してこよう。」


「い、いいえ。お医者様に縫合していただいたのですから、大丈夫です。」



魔法使いを探すだなんてとんでもないことを父が言い出すので、ロゼアリアは慌てて大丈夫だと断った。


魔法使いは変わり者が多いから、あまり関わらない方が良いと聞く。そもそも魔法使いは人と関わることを嫌うので、魔塔に行っても滅多に会えないとか。


グレナディーヌ王国にある魔塔の周辺は鬱蒼とした森だ。迷宮のような深い森には魔獣が生息している。そんな危険な場所に、現ロードナイト伯爵を向かわせるわけには行かない。尤も、白薔薇騎士団長を務める父ならば魔獣の森を抜けるなど造作もないとは思うが。



「……あの、お父様。お話ししたいことがございます。今お時間をいただいてもよろしいでしょうか。」


「ロゼの話ならどんなに忙しくても聞こう。しかしそのままでは身体を冷やしてしまうよ。私の部屋にお茶を用意するから、着替えておいで。」


「はい。ありがとうございますお父様。」



父に言われた通り鍛錬場から自室に戻り、動きやすい服から簡素だが質の良いドレスに着替える。



「……お嬢様。本当に伯爵様にお話しされるのですか?」



ロゼアリアの着替えを手伝いながら、不安そうな表情で尋ねる侍女のフィオラ。強盗を捕まえた時に半ベソをかかせてしまった子だ。


フィオラは母の侍女の娘で、ロゼアリアより二つばかり年下。幼い頃からよく一緒に遊んでいた友人でもある。



「ええ。私がずっと考えていたこと、フィオラも知っているでしょう? 私のように婚約破棄を受けた令嬢が次の相手を探すことは難しいわ。ロードナイトのことを考えるなら、なおさら。」



もう婚約を結ぶ相手を選べる状況にはない。このまま成人した後も独り身で過ごすか、貴族の女性と長い間結婚できずにいる、つまるところ訳ありの男性と婚約するかの二択と言ってもいいだろう。

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