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第9話「電波のまえに、プリンとメイドと時給1000円」

令和5年9月から従事者免許証と無線局免許状の同時申請できるんだけど、それより少しだけ前だと思ってもらえれば…

4級アマチュア無線技士の合格通知。華にとって、初めて手にした国家試験の成果だった。


が――


「……で、免許証は?」


「まだ。申請してから、発給までは3週間くらいかかるって」


真宵の冷静な返答に、華は玄関の床に崩れ落ちる。


「はやく“合法で送信”したい……。このままじゃ、夢にまで無線周波数が出てくる……」



---無線機屋、しろね電波工房へ


週末。華、澄佳、真宵の3人は、白根彩鼓の案内で**「しろね電波工房」**を訪れた。


彩鼓の実家にして、地元の古参無線ショップ。

店内はアンテナ、トランシーバー、キット、工具、ジャンクパーツが所狭しと並ぶ。壁にはQSLカードと古い交信記録。


「わぁ……ここ、秋葉原より密度高くない?」


「親父が作った“アマチュア電波の神棚”よ。宗教みたいなもん」


華の目が一台のピンク色のハンディ無線機に吸い寄せられる。


「……これ、めちゃくちゃかわいくない?」


「中古のFT-4XRベースのカスタム機。親父が暇なときに加工したやつ」


「ほしい」



だが、金がない


「いくらですか?」


「税込で14,300円」


「……私の財布には、今たぶん……578円と、謎の外国硬貨が1枚……」


澄佳が無言でスマホを取り出し、Pay払いの準備を始める。


「いいわよ。借りなさい。私の副口座から即送金――」


その瞬間、奥の作業室から登場したのが、彩鼓の父・白根徳造。


無骨な作業着、腕には無数の火傷跡。手にはハンダごてと古い無線機のシャーシ。


「待て」


渋い声に、場の空気が変わる。


「……アマチュア無線ってのは、他人の金で始めたら、何のありがたみもない。自分で稼いで、自分で買う。それが電波との“はじめまして”だ」


華は息を呑んだ。

「……はい」



--- じゃあ、どこで働く?


「バイトしよう」


澄佳の一言で流れが決まる。問題は場所だった。


「ウチの近所に、求人あったかしら?」


そのとき徳造が、机の上から一枚のチラシを差し出す。


《【時給1000円】メイド喫茶 メルセンヌ 公園通り店 新人メイド募集中!》


「お前ら、ここ行け。店長は俺の釣り仲間だ。毎週日曜は俺の常連日だ」


その瞬間、彩鼓の顔が引きつる。


「……おい、親父。なんでメイド喫茶なんだよ!!」


「いや、お前が小学生のときから連れてってただろうが、そして大きくなったらメイドさんになるって…」


「その事実を今ここで掘り返すな!!」



--- メルセンヌでの初仕事


メルセンヌは、一見すると普通のメイド喫茶。

だが、内実は違った。


・常連客の7割がアマチュア無線従事者

・メニューは「Q符号」

・電波コンディションの話で盛り上がるテーブル

・店内BGMはA1モールス音が混じったミックス


制服は、メイド服+ネクタイ+Bluetooth型PTTスイッチ付きリボン


・彩鼓は小学校から徳造と通っていただけあり完璧。「いらっしゃいませ、マスター」と言うだけで客が2人倒れた

・真宵は突貫系。「QRMきたぁああ!混信対策入りますぅう!!」と騒いで注意される

・澄佳は執事たちが『お嬢様!由緒正しき月潟の御令嬢がメイドなぞとは!』とかやかましいので、厨房で交信記録管理係

・華は赤面しながらも「……ぷ、プリンで、QSLです」と健気にやりきる



汗と報酬と


バイト終わり。汗だくになった4人がテーブルで集計をする。


「今日4時間、4人分で16000円。1日で目標達成だね!」


「おっけー、次回は“プリンはRITで温度調整”ネタでいくわ」


「いやそれ絶対よくない」

真宵と彩鼓が言い合う横で、華がぽつりとつぶやく。


「……でもね。私、このお金は自分の無線機に使うから意味があるんだよ」


「そうそう、バイト代ってさ、自分たちで使ってこそだよね」

澄佳が笑う。


「よし、じゃあ次のバイトは土曜の早番シフトで確保しとくよー!」



--- 無線はまだ先。でも、始まりはここにあった。


その夜。華は帰り際に、店のショーケースをのぞき込む。

そこにあるのは、ピンクのハンディ機。小さいけれど、まっすぐ未来を向いているように見えた。


「もうちょっと、だね」


電波の向こうにいる“誰か”に届く日まで――あともう少し。



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