第5話「走れ!月潟家執務バス」
「うーん……やっぱり“1アマ”は無理よね?」
放課後、部室で参考書を前に頭を抱える寺尾華。
島見杏果先輩からの雷のような“合法のすすめ”を受け、さすがの華も無線技士の資格を取る決意をしたものの──
「3アマの試験問題、全然意味わかんないんだけど!?
この“同調回路のインピーダンス特性”って何語!? 魔法?」
「まぁ3アマからは回路理論やCW(モールス電信)の筆記試験もあるからね……」
澄佳が眼鏡を押し上げる。
「私が受けたときも、“LC共振回路”のあたりで軽く意識飛びそうになった」
「……だったら4アマにしとこうか」
そう提案したのは彩鼓だった。
「第四級アマチュア無線技士なら筆記のみでOKだし、計算問題も出ない。
なんなら“暗記ゲー”と化してるから、華でも1週間あればいける!」
「おーっ、それならいけそう!
ていうか、漢字が読めれば勝った気がする!」
「“空中線電力”は、“そらちゅうせん”じゃなくて“くうちゅうせん”ね」
と、真宵が小声で訂正する。
──ところが、
「え? 今月の試験申し込み、今日の16時まで!?」
「ええ!? いま何時!?」
「15時02分」
部室に時が止まった。
「に、にちゆうつう……じゃない、日本無線協会の公式サイトにそう書いてあるわ!
“郵便局振込み、当日扱いの締め切りは16時まで”って!!」
「郵便局まで自転車で40分……!」
15時03分、はむぶ部室は再び時限爆弾のような空気に包まれていた。
「ダメじゃん! 今から申請書書いて、それから自転車で行ったら……絶対間に合わないって!」
華が頭を抱え、白目を剥きかけていた。
「……仕方ないわね」
月潟澄佳が、すっと立ち上がった。
「秘書に連絡するわ。執務バスをまわしてもらう。」
「し、執務……バス……?」
「月形家の移動指揮車。仕事をしたり、移動しながら着替えられるのよ。中はクローゼットや応接と複合機付きの簡易事務室よ」
「なんか私、別のアニメに出てきたのかな!?」
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15時08分 校門前
ゴォォオオ……という重厚なエンジン音とともに、グレーのハイデッカー観光バスのような車体が現れた。
銀の月形家の家紋が光っている。停車と同時に中間部リフト付きドアが自動で開いた。
「ようこそ、“臨時資格取得作戦”へ。急ぎましょう、華! 時間はないわ!」
「は、はいっ、隊長ーっ!」
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車内(移動式事務所)
中は革張りのソファと、大理石風のテーブル、端にはプリンタと複合機。運転は秘書の田村氏(70代、物腰柔らかい白髪紳士)。
「申請書、ここで記入して。筆記具は金属疲労しないチタン製。写真はこれ、さっき私が隠し撮りして背景をAiで消したやつを出力したから使えるわ」
「え、いつのまに!?」
「ちゃんと制服のボタン留めてたし、表情も“無害そう”に写ってるから合格率高いはずよ」
「なにその基準!?」
「生年月日……平成17年……だと令和でいうと何年?」
「西暦換算したほうが早い! 2005年生まれ!」
「証明書類は?」
「うちの顧問弁護士に依頼して住民票を取得してもらったわ。印鑑は今は自筆なら要らないし”って作っておいたから押して」
「便利かよ!!」
「彩鼓、真宵、確認して。記入ミスあったらすぐ訂正。時間はあと10分切ったわよ!」
15:55 新潟中央郵便局前
バスがスムーズに路肩に止まり、ドアが開いた瞬間、彩鼓が外へ飛び出す。
「華! 書類、財布! 行けええええ!!」
「突撃いぃぃぃい!!」
郵便局の自動ドアが開き、華が走る。
窓口のメガネ局員がまたも無表情で応対する。
「……振込伝票、確認します……」
「15時58分受付。当日扱い、間に合ってます」
「っしゃああああああああああ!!!!」
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帰路・執務バス内
「……なんか、ちょっと本気出すと映画みたいになるね、澄佳って……」
真宵が感心したようにつぶやくと、
「うふふ。こういうの、お嬢様特権って言うのよ。使えるときに使わないと、損だもの」
「私はあのバスにWi-Fiあるのが地味にうらやましいんだけど」
「冷蔵庫もあるしね。コーヒーある?」
「カフェ・ルンゴと、抹茶ラテなら」
「ちょっとだけ成金臭いのがムカつく!」
一同が笑い声をあげる中、窓の外には夏の日差しと、少しだけ電波が近づいてきた感じがあった。
「次は勉強だね……」
華がふと、遠くを見るようにつぶやいた。