第47話 みなみって、部活によく出るけど本業はアイドルだったね
――若里公園・ポテト文化ホール前。
朝10時。 空はよく晴れている。
隣接する信州テレビ本社までケーブルとスタッフと観客が、いい感じにごちゃ混ぜになっていた。
「……やっぱ公開生は独特だね」 彩鼓が周囲を見回す。
「スタッフが一番走ってる」 真宵が冷静に分析する。
「あと、観覧席のおばあちゃんが一番元気」 寺尾が付け足す。
澄香は、腕を組んでステージを見つめていた。
「段取りは、かなりきっちりしてるわね。信州テレビ」
やがて、オープニングジングル。
ステージ中央に立ったのは――
「おはようございます!」 深々と頭を下げる男。 下山弟。
長野県南部出身で腰の低い大御所俳優の父と、落語家の父を持つ気が強い元タレントの母を持つ男。
その影響か、 言葉は丁寧、姿勢は低いが、 目だけは妙に鋭い。
「今年も始まりました」 「わくどき信州生テレビ!」
隣には、 信州テレビの女子アナ、竹井美幸。
派手さはない。 声も落ち着いている。 原稿読みも、進行も、実に普通。
――だが、その「普通」が、 生放送では一番強い。
「そして、信州の元気印!」 軽く手を広げる下山弟。
「マンモス飯山さんです!」
「どうもー!」 マンモス飯山が、元気だけで場を制圧する。
客席から拍手。
「この三時間」 竹井アナが自然なトーンで続ける。
「信州の名産、観光地、そして豪華ゲストの皆さんと一緒にお届けします」
――安定感。
彩鼓が小声で言う。 「……竹井アナ、すごく普通」 「それが一番すごい」 澄香が即答する。
最初のゲスト紹介。
「新潟から来てくださいました!」 「ローカルアイドルグループ――」
「ドッペル坂16!」
拍手と歓声。
ステージ袖から、 みなみが紫の衣装で現れる。
昨日まで、 須坂の屋上で鳥の糞を避けていた同一人物とは思えない。
「……切り替え、完璧」 真宵が呟く。
大山みさきが、 みなみの肩を軽く叩く。 余裕のある先輩の仕草。
自己紹介。 トーク。 信州の印象。
「昨日、長野市内などを少し歩いたんですけど」 みなみが言う。
はむぶ一同、身構える。
(鳥の話はするな) (屋上もな)
「アーケード街が、すごく落ち着いてて」 「人もあったかくて…あと、キムラやさんでしたっけ?あんかけ焼きそばが物凄く落ち着く味でした〜」
――セーフ。
彩鼓が、そっと親指を立てる。
続いて、 演歌歌手・新崎レモン。
歌い出し一秒で、 空気が全部持っていかれる。
「……振れ幅」 寺尾が遠い目になる。
番組は、 名産プレゼン、 観光地紹介、 歌とトークを行き来しながら進む。
下山弟は、 ゲストに丁寧。 スタッフにも丁寧。 しかし、進行は一切乱さない。
竹井アナは、 淡々と時間を管理し、 危ないところを自然に拾っていく。
「……この二人、相性いい」 澄香が小さく言った。
「一人が低くて、一人が安定」 「生放送の正解」 真宵が頷く。
客席から見えるステージの上で、 みなみは、完全に“仕事をしている”。
はむぶの四人は、 それを静かに見守っていた。
須坂の屋上とも、 権堂の温泉とも違う――
でも、 間違いなく“現場”。
――番組開始から一時間半。
ステージ上では、
信州名物紹介を挟んだ次のコーナーに入ろうとしていた。
「さあ、ここからは!」
下山弟が一段と声を張る。
「観客参加型! わくどき信州・県民力クイズ!」
どよめく客席。
マンモス飯山が前に出る。
「正解した人には、信州テレビ特製グッズと、
さらにゲストからの——」
ここで一拍。
「——サイン入り信州テレビTシャツ!」
客席の熱が一段上がる。
「それでは!」
下山弟が客席を見回し、
「前の方で、やる気がみなぎってる方!」
――その瞬間。
勢いよく立ち上がる影。
「はい!!」
やたら通る声。
やたら慣れた挙手。
やたら“現場慣れ”した動き。
長野総合通信局のアイドルオタク電波監視官名立だった。
はむぶの客席側。
「………………」
彩鼓、真宵、澄香、華。
四人同時に、視線を逸らす。
「見ない」
「知らない」
「関係ない」
「無」
四者四様だが、意思は完全に一致していた。
「では、こちらの方!」
マンモス飯山が名立をステージへ導く。
名立、満面の笑み。
推しが数メートル先にいるという事実を、
全身で表現している。
――ステージ上。
みなみは、
初対面の一般参加者として、
にこやかに対応していた。
「よろしくお願いします〜」
営業用スマイル。
完璧な距離感。
一切の引っかかりなし。
(……プロだ)
真宵が心の中でだけ感心する。
「では第一問!」
下山弟がカードを見る。
「長野県で生産量日本一のものは、次のうちどれでしょう?①リンゴ、②エノキダケ、③アンズ」
名立、間髪入れず。
「②のエノキタケです!!」
正解音。
「おおー!」
客席が沸く。
「すごいですね!」
竹井アナが素直に感心する。
「県民力が高い!」
マンモス飯山が煽る。
みなみも、
「すごいですね〜!」
と、完全に初見対応。
名立、内心で絶叫しているが、
表には一切出さない。
出せない。
出したら終わる。
クイズは順調に進み、
最後の質問。
「では最終問題!」
「長野市・権堂アーケードの近くにある、
最近話題のスポットといえば?」
名立、ほんの一瞬だけ間を置いて。
「……温泉付きのホテルです!」
「正解!」
拍手。
その瞬間。
――客席側。
彩鼓が、
ふと視線を動かす。
「あ……」
真宵も気づく。
澄香も。
華も。
客席の少し後方。
帽子を目深にかぶり、
静かに座りながらも頭を抱える女性。
「……島見先輩」
彩鼓が、ほとんど口を動かさずに言う。
「いるね」
真宵。
「完全に一般客の顔してる」
華。
澄香は、少しだけ目を細めた。
「……大山みさきさんと同じ中学だった、って言ってたわね」
客席の島見杏果は、
ステージを見つめ、
拍手も控えめ。
あくまで“観客”。
――そして。
ステージ上の、みなみ。
島見の存在には、
一切、気づかない。
目線は、
カメラとMCと、
そして「今この場の仕事」だけ。
名立が深々と頭を下げ、
ステージを降りる。
「ありがとうございました!」
下山弟が丁寧に送り出す。
はむぶの四人は、
ようやく視線を戻した。
「……何もなかった」
彩鼓。
「うん。何も」
真宵。
「平和」
華。
澄香だけが、
ステージ上のみなみを見て、
小さく息をついた。
「……ほんと、現場向きね」
若里の空の下。
公開生放送は、
まだ折り返し地点。
舞台の上も、
客席も、
それぞれの“顔”を保ったまま――
番組は、軽快に続いていく。
――番組開始から二時間少々。
ステージ上では、
次のコーナー準備のため、
セット転換とCMが入っていた。
客席の空気が、ほんの少し緩む。
「……今のクイズ、心臓に悪い」
彩鼓が、ようやく息を吐く。
「名立さんが完璧すぎて逆に怖い」
真宵。
「推しの前で理性を保てるオタク、希少種」
華。
澄香は、客席後方を一度だけ確認してから、
小さく頷いた。
「島見先輩、もういないわね。多分、移動した」
そのタイミングだった。
「失礼します」
後ろから、
控えめだが通る声。
振り返ると、
ドッペル坂16のマネージャーが立っていた。
「みなみから伝言です」
「番組が終わったら、楽屋の方へ来てほしい、と」
一瞬の沈黙。
「……楽屋?」
彩鼓。
「……我々が?」
真宵。
「……観覧客なのに?」
華。
マネージャーは、
慣れた笑顔で即答した。
「はい。話があるそうで」
澄香が、静かにまとめる。
「……了解です。終わったら向かいましょう」
その横で、
彩鼓が小声で呟く。
「仕事終わりテンションのみなみ、
ちょっと怖いんだけど」
「わかる」
4人、即同意。
――そして。
正午過ぎ。
番組は、拍手とともに無事終了。
撤収が始まる会場を抜け、
スタッフ導線を通って案内された先。
ポテト文化ホールの楽屋エリア。
「……本当に楽屋だ」
華。
「ローカルとはいえ、ちゃんとしてる」
真宵。
ドアをノックする前に、
中から声がした。
「どうぞー」
扉を開ける。
――そこにいたのは。
みなみと大山みさき
衣装はそのまま、
メイクだけ少し落とした“仕事後”の顔。
「お疲れさまー!」
一気に距離を詰めてくる。
「お疲れ……」
彩鼓。
「……でした」
真宵。
その瞬間。
「あ」
楽屋の隅。
椅子に腰掛け、
ペットボトルのお茶を持っていた人物。
帽子を外した島見杏果だった。
「……島見先輩」
彩鼓が、思わず声に出す。
「やっぱり」
真宵。
「ここで会うとは」
華。
島見は、少し気まずそうに笑った。
「いやー……完全に偶然、って顔でもないか」
大山みさきは、
その会話を不思議そうに眺めている。
「……? 知り合い?」
彩鼓たち、
一瞬だけ視線を交わす。
「……ええと」
澄香が代表して言う。
「昨日、権堂で会った先輩」
「あー!」
みさきは、ようやく合点がいった顔になる。
「キムラやさんの話してた人!」
島見、苦笑。
「そうそう。あんかけ焼きそば担当」
場の空気が、
少しだけ和む。
「実はね」
島見が続ける。
「今日は完全にプライベート。
みさきが出るって聞いて、
懐かしくて来ちゃった」
「中学一緒だったんだよね」
と、みさき。
「……ねえ」
みさきが、ふと思い出したように言う。
「さっきのクイズの人、
すごかったよね?」
6人、即座に反応。
「知らない人」
「一般参加者」
「県民力が高いだけ」
「それ以上でも以下でもない」
みさきは、
きょとんとした後、笑った。
「そっかー。長野、レベル高いね」
島見が、
その様子を眺めながら、
静かに言う。
「……ほんと、切り替えがすごい」
澄香が、
小さく頷いた。
「“現場”だから」
楽屋の外では、
撤収の音が続いている。
だが、この一室だけは、
ほんの少し、時間が緩んでいた。
須坂の屋上とも、
権堂の温泉とも、
若里のステージとも違う――
仕事と私生活の、
ちょうど境目。
みなみは、ペットボトルを一口飲んで、笑った。
「……さて。お仕事も終わったし、帰りはメンバーとは別だから、15時の高速バスまで時間があるし、次はどこ行く?」
彩鼓はうーん…とうなり
「お昼におそば食べて、善光寺行って、みそソフトクリーム食べて、七味唐辛子調合してもらおっ!」
と、いい。真宵は
「さっきの番組で出てきたところばかりじゃん!まぁ…昨日は定番の観光地なんか回ってられなかったし、善光寺あたりからなら、ホテルに預けていた荷物を引き取って始発の権堂から乗れるし、良いんじゃないかな」
「じゃ!長野の定番観光へしゅっぱ〜つ!」
華は元気に話、周囲を明るくした。
信州テレビ…テレヒ信州がモデル。1月末から2月の頭に公開生放送イベントをやっている。過去には小諸市を中心とした大雪で当日に入るはずの森口博子さんが入れず、前日入りしていたサンドイッチマンが帰れなかったということが…。
下山弟…モデルは下嶋兄。父は飯田市の南隣にある下條村出身の峰竜太。ちなみに市村境には「ようこそ下條村へ 峰竜太の故郷です」という看板がある。
竹井美幸…テレビ信州の松井美幸アナをモデルにする。
マンモス飯山…ローカルタレントのマンモウ飯田。因みにずんのヤスとコンビを過去に組んでいた。下諏訪町でマンモウ万博という唐揚げ屋などを経営する実業家でもある。




