第45話 はむぶの長い1日 後日談…その4
――数十分後。
庁舎前。
「で、これがジャンボタクシーです」
島見が指さした先にいたのは、
想像以上に“観光客向け”な白い車体だった。
「……修学旅行感ありますね」
真宵が率直な感想を漏らす。
「役所の移動はだいたいこうなる」
戸隠は諦めたように言った。
「人数が多いと、途端に“遠足”になる」
運転席のドアが開き、
運転手がにこやかに頭を下げる。
「須坂までですねー。今日は天気いいですけど、上はちょっと寒いですよ」
「鳥の糞は?」
戸隠が確認する。
「え?」
「いや、いい」
はむぶ一同が乗り込むと、
車内は一気に賑やかになった。
「え、センサーって山の中じゃないんですか?」
みなみが聞く。
「市内のやつはな」
島見が答える。
「林道の奥。獣道の先にある事業者の建物でな…。事業者の立ち会い必須」
「それ絶対大変じゃないですか」
「大変だし金がかかる」
戸隠が即答する。
「だから今日は行きやすい須坂」
「合理的ですね!」
「その代わり――」
名立がニヤリとする。
「屋上だ」
「屋上?」
「公共施設の」
「……嫌な予感がします」
須坂市内。
ジャンボタクシーは、
少し高めではあるが、ごく普通の公共施設の前で止まった。
「ここ?」
みなみが周囲を見回す。
「ここ」
戸隠は即答する。
エレベーターで最上階。
さらに非常階段を上がり――
屋上。
「マスクをして、さらにこのビニール製のフットカバーをつけてから外に出るぞ」
と、戸隠が言う。
(なんか、嫌な予感しかしない…)と思うはむぶの面々。
ドアを開けた瞬間。
「うわっ」
全員が同時に声を上げた。
白いコンクリート。
そして――
点在する、白と灰色の芸術作品。
「……想像の三倍ありますね」
彩鼓が遠い目をする。
「須坂はな」
戸隠が淡々と言う。
「長野市の鳥のベッドタウンだ」
「センサーは無事なんですか!?」
みなみが慌てる。
「無事だ」
「ただし」
一拍。
「定期メンテナンスは、地獄だ…と、月潟電装特機の人が言ってたな…。」
屋上の隅。
控えめなポールとキュービクル。
「……これが?」
みなみが目を凝らす。
「DEURASセンサ」
戸隠は短く答える。
「目立たない。だが、全部見てる」
「かっこいい……」
その瞬間。
「滑る!」
真宵が叫び、
全員が一斉に距離を取った。
「大丈夫か!?」
「大丈夫です!」
戸隠は、ため息をついた。
「これがな」
「現場だ」
みなみは、
アンテナと、
鳥の痕跡と、
真剣な大人たちを見回して――
小さく笑った。
(……アイドルの現場とは、真逆だけど)
(でも)
(こっちも、ちゃんと“現場”だ)
須坂の空の下。
彩鼓がセンサーの脇にしゃがみ込む。
「これで、どこから電波が出てるかわかるんですよね?」
「方位はな」
戸隠は頷く。
「一本じゃ“線”だが、複数集めると“点”になる」
「地味だけど、強い……」
「地味は正義だ」
戸隠は言い切った。
そのとき。
「……あれ?」
みなみが、ふと首を傾げた。
「どうした?」
島見が聞く。
「これ……」
みなみはアンテナを見つめながら、
少し困った顔をする。
「……ライブ会場のアンテナ配置に、ちょっと似てる気がします」
一瞬、空気が止まった。
「……は?」
名立が固まる。
「え、どういうこと?」
彩鼓が聞き返す。
「ほら、干渉しないように位置をずらして……」
みなみは指で空中に図を描く。
「電波が重ならないように、角度を取って……」
沈黙。
戸隠が、ゆっくりとみなみを見る。
「……君」
「は、はい」
「それ、誰に教わった」
「えっと……PAさんと、無線さんと……」
名立が膝を打った。
「現場で覚えたタイプだ!」
戸隠は、ほんの少しだけ口角を上げた。
「なるほど」
「……怒られます?」
みなみが恐る恐る聞く。
「いや」
戸隠は首を振る。
「むしろ正しい」
「えっ」
「電波はな」
「ジャンルが違っても、理屈は同じだ」
島見が、静かに頷く。
「……現場感覚、ですね」
「尊い……」
名立がまた呟く。
「名立」
「はい」
「その単語、今日は封印しろ」
「了解です!」
屋上に、少しだけ風が吹いた。
鳥が一羽、
遠くのアンテナに止まり――
こちらを一瞥して、飛び去っていく。
「……勝った気がします」
真宵が小声で言った。
「勝ってない」
戸隠が即答する。
「今日は“許された”だけだ」
みなみは、
センサーと、
屋上と、
昼行灯の背中を見て思う。
(……この人たち)
(ほんとに目立たないけど)
(ちゃんと、全部つながってる)
須坂の空の下。
電波も、鳥も、人も。
全部まとめて相手にするのが――
電波監視官の現場なのだった。




