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第43話 はむぶの長い1日…後日談その2

 結論から言うと――

新潟から長野は、思った以上に遠かった。

「ねえ彩鼓、これほんとに県庁所在地同士の移動?」 白根彩鼓は、高速バスの座席に沈み込みながら、前の席を蹴らない程度に足を伸ばした。

「地図で見ると近いんだけどねぇ」 「地図は嘘つかないけど、鉄道は正直だよ……」

 新潟と長野。

隣県である。

にもかかわらず、鉄道の便は妙に悪い。

というのは、長岡をとおり、新潟市に入っているのは『上越新幹線』。長野、上越妙高、糸魚川を経て金沢に入るのは『北陸新幹線』であり、長岡と上越妙高の間には新幹線はなく、1日4便ほどの特急『しらゆき』に乗って上越妙高まで行って、そこから妙高高原駅までえちごトキめき鉄道の普通列車。妙高高原からしなの鉄道北しなの線の普通列車に乗り換える。

しかも、日本有数の豪雪地帯を通るため、冬場はあてにならないことが多いのである。

高崎まで新幹線で行き乗り換えるという手もあるにはかるが、高崎駅で30分待ち合わせのうえで北陸新幹線に乗り換える方法もあるが、今回のように、女子高生の集団+式典出席+変な時間制約となると、運賃の高さがでてくる。


 というわけで、選ばれたのは高速バスだった。

「本日は北陸自動車道、上信越自動車道経由で長野駅まで向かいます」 運転手の淡々としたアナウンスが車内に流れる。

「……北陸道から上信越って、遠回りじゃない?」 寺尾華が首をかしげる。

「それでも一番マシなんだよ」 彩鼓は断言した。

「鉄道で行くと、心が折れる…特に上越妙高からの単線区間」

 バスは新潟西インターから北陸道に乗り、

日本海を右手に見ながら、ひたすら南下する。

「海だー」 「冬の日本海だね……テンション上がらないやつ」 「荒れてるねぇ。遭難しそう」

 その言葉に、車内の空気が一瞬だけ静まった。

「……縁起でもないこと言わない」 澄香が小さく注意する。

 やがて、バスは減速し、

おなじみの表示が見えてきた。

《この先 米山サービスエリア》

「来た」 彩鼓が小さく呟く。 「新潟県民の心の休憩所」

「心の、ですか?」 「うん。だいたいここでトイレと謎のお土産とサバサンドに吸い寄せられる」

 運転手の声が響く。 「十五分ほど休憩を取ります」

 その瞬間、車内の空気が一斉に動いた。

「トイレ行く!」 「先行ったもん勝ちだよ!」 「お土産見てくる!」「サバサンド買うっ!』

 米山サービスエリア。

日本海を望む立地と、

なぜかやたら主張の強い土産コーナーで知られる場所だ。

「笹団子多くない?」 「全部“元祖”って書いてあるんだけど」 「どれが元祖なの……?」

 彩鼓は自販機の前で腕を組む。 「この“日本海塩ラーメン”って、絶対買うと後悔するやつだよね」 「でも気になる」 「気になるけど買わない。それが大人」

 十分後、全員が微妙に満足し、微妙に後悔した顔でバスに戻る。

「米山SAって、短時間で“旅した感”出るよね」 真宵がぽつりと言った。

「それ、帰りも言うやつ」

 バスは再び走り出し、

やがて上信越自動車道へ。

 トンネルが増え、

景色は一気に山の中へ変わる。

「……長野って、もっとドーン!って感じかと思ってた」 真宵が、窓の外を見ながら言った。

「わかる。県庁所在地=役所の塊、みたいな」 「でもさ――」

 バスは長野駅近くで停車した。

降り立った瞬間、目に飛び込んできたのは、

石畳、土産物屋、観光客。

「……善光寺の門前町だ」 澄香が呟く。

「官庁街というより、“お参り帰りにおやき買う街”だね」 彩鼓は納得したように頷いた。

「これで本当に総合通信局あるの?」 「あるよ。たぶん、お寺の裏か横か、なんかそんな感じ」

 その「なんかそんな感じ」は、だいたい当たっていた。

 善光寺の賑わいから少し外れた場所に、

この間新築されたばかりという鉄塔付きの庁舎が、しれっと建っていた。

「……地味」 「役所ってそういうものだから」 彩鼓は胸を張る。

 入口で待っていたのは、見慣れた顔だった。

「久しぶり、みんな。」 島見杏果が、相変わらず落ち着いた笑みで手を振った。

「島見先輩!」 「ほんとにお役所の人なんだ……」 「呼んだの私だからね?」

 控室とされた3階の小さな会議室に案内しながら、島見が言う。

「これから局長室に行くけど、緊張しすぎなくていいわ」 「局長って怖い人じゃないんですか?」 寺尾が小声で聞く。

「荒川静弥。村上市出身」 「新潟!?」 彩鼓が反応する。

新潟高校けんたかから東京工大、郵政省一種採用。去年ここに来た定年間際の人」 「経歴だけで胃が痛い……」 「でも比較的話しやすい」

 一拍置いて、島見は付け加えた。

「ただし、“局長”という生き物であることに変わりはない」

 一同、妙に納得する。

 その後、3階の局長室の扉の前で、全員が背筋を伸ばした。 「失礼します」

「おお、よく来たね」 中にいたのは、穏やかな笑みと、

しかし確実に只者ではない空気を纏った男だった。

「寒い中、ご苦労さん」 荒川静弥は、にこやかにそう言った。

(……この人、たぶん話が長い)

 白根彩鼓は、なぜか確信したのだった。


 局長室という場所は、不思議な空間だ。

 広い。

 静か。

 そして、なぜか空気が重い。

「えー……本日は、お忙しい中――」

 荒川静弥局長は、ゆっくりと原稿に目を落としながら話し始めた。

 その声は穏やかで、どこか新潟訛りがほんのり混じっている。

(やっぱり話、長い……) 白根彩鼓は直感を裏切られなかった。

 局長室には、局長本人、島見杏果、数名の幹部職員、

そして――新潟中央女子学園・アマチュア無線部一同。

「……あれ?」 寺尾華が小声で囁く。 「非公開って聞いてたけど、人多くない?」

「“非公開”の基準が役所仕様なんだよ」 彩鼓が同じく小声で返す。 「関係者は公開扱い」

「多い関係者ですね……」

 部員たちは、きちんと並べられた椅子に座り、

膝の上に手を置いて、必要以上にお行儀よくしていた。

「さて――」 局長が顔を上げた。

「今回の件。新潟市西区、新川河口付近における遭難通信の捕捉およびリレーは、

 結果として人命救助に大きく寄与したものであります」

 その瞬間、空気が一段階引き締まる。

「特に――」 局長の視線が、まっすぐ彩鼓に向いた。

「白根彩鼓さん。

 あなたの冷静な判断と、基礎に忠実な通信処理は、

 正直に言って――大したものです」

「……は、はい」

 褒められると弱い彩鼓は、声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。

「若い頃の私ならね」 荒川局長は、ふっと笑った。 「多分、舞い上がって余計なことをしていた」

(あ、この人、わりと本音で喋るタイプだ) 彩鼓は少しだけ安心する。

「また、アマチュア無線部としての連携も見事でした」 局長は部員たち全体に視線を向ける。 「学校の部活動と侮ってはいけない。そう思わせる実例です」

 そう言って、局長は一枚の表彰状を手に取った。

「よって、ここに――」

 ――ゴホン。

 咳払いひとつ。

 それだけで、室内が完全に静まり返る。

「長野総合通信局長として、

 白根彩鼓さん、および新潟中央女子学園アマチュア無線部を表彰します」

 パチ、パチ、パチ。

 控えめだが、確実に役所仕様の拍手が響いた。

「前へ」

「は、はいっ!」

 彩鼓は立ち上がり、若干ぎこちなく前に出た。

 表彰状を受け取る瞬間、局長が小声で言う。

「緊張しなくていい。私も若い頃はこういうの苦手だったから」

「……ありがとうございます」

 戻ってきた彩鼓に、部員たちが小声で囁く。

「部長、顔赤い」 「完全に照れてる」 「レアだ……」

 表彰が終わると、場の空気は少しだけ緩んだ。

「さて」 荒川局長は、表彰状を机に置き、椅子に深く腰掛けた。

「本来なら、ここで報道対応だの記念撮影だのが入るんだが――」 一瞬、言葉を切る。

「今回は“月潟財閥案件”ということでね」

 澄香が、ぴくりと反応した。

「保安上の理由で、外には一切出せない」 局長は苦笑する。 「正直、私としても珍しいケースだ」

「すみません……」 澄香が小さく頭を下げる。

「いや、君が謝ることじゃない」 局長は即座に否定した。 「むしろ、巻き込まれた側だろう」

「――それと、もう一つ」 荒川静弥局長が、島見杏果のほうへ視線を向けた。

「島見さん」

「はい」 島見は一歩前に出て、背筋を伸ばす。

「君が――」 局長は一瞬だけ言葉を選んだ。 「この子たちの“OG”だということは、承知している」

 はむぶ一同が、ぴたりと固まった。

「えっ」 「知ってたんですか?」 「普通に言った!?」

 彩鼓の頭の中で、警報が鳴る。 (それ、言うやつ!?)

「当然だろう」 荒川局長は、どこか楽しそうに口元を緩めた。 「今回の件は、報告書と人事系緯書をそれぞれ三回読み直したからね」

「三回……」 (それはそれで怖い)

「在学中、アマチュア無線部に所属」 局長は淡々と続ける。 「卒業後、新潟中央女子学園短期大学部に入り卒業、そして三種試験で長野総合通信局うちに入り、電波監視官に」 ちらりと島見を見る。 「なかなか筋がいい経歴だ」

「恐れ入ります」 島見は一礼するが、どこか照れくさそうだ。

「正直に言うとね」 局長は、少しだけ声を落とした。

「今回の件、“部活動の偶然”で片づけるには出来すぎている」

 はむぶ一同、息を呑む。

「だが」 局長はすぐに続けた。 「偶然を必然に変えるのは、人だ」

 彩鼓を見る。  次に、部員たちを見る。  最後に、島見を見る。

「OGがいて、

 現役がいて、

 それぞれが自分の立場で“やるべきことをやった”」

 荒川静弥は、ゆっくりと頷いた。

「それは、誇っていい」

 彩鼓は、気づいたら拳を握りしめていた。

「……ありがとうございます」

「ちなみに」 局長は、ふっと笑う。

「島見さん。君がここにいることは、後輩たちにとって良い刺激だ」

「恐縮です」 「ただし――」

 空気が一瞬、役所に戻る。

「“コネ”だと思われないよう、君自身が一番気をつけなさい」 「……はい」

 そのやり取りを聞きながら、寺尾が小声で囁く。 「局長、優しいけど容赦ないタイプだ……」 「キャリア官僚って感じ」 「笑顔が逆に怖い」

「さて」 荒川局長は、話題を切り替えるように手を叩いた。

「せっかく来てもらったんだ」 「はい」 「ここで終わりでは、遠路遥々長野まで高速バスで来た甲斐がないだろう?」

(バスって言った) (しかも高速って) (把握してる……)

「というわけで」 局長は、にっこりと笑った。 「島見さん、案内を頼む」

「承知しました」

「――“先輩”としても、だ」 局長は付け加える。

「……了解です」 島見は、ほんの少しだけ表情を崩した。

 はむぶ一同は、顔を見合わせる。

「なんか……」 「思ってたより、ちゃんと見られてる」 「やばいところ来たかも」

 彩鼓は、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

(でも――)

「よし」 彼女は小さく息を吸った。

(ここまで来たなら、全部見て帰ろう)

「では行きましょう」 島見杏果が、扉を開ける。

 その先に待つのが、

地味だけど、確実に“現場”の世界だとも知らずに。

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