第40話 はむぶの長い1日 4話
■ 1月3日 午前9時頃
――「現場じゃない場所」から来た人
古町通六番町。
ホテル「Tuki」の前で、島見杏果は足を止めた。
「……ここか」
昨夜――いや、正確には今朝方まで。
彼女は、新潟市東区の実家で、ずっと無線と電話の間を往復していた。
東京総合通信局重要通信監視の当直。
第九管区海上保安本部。
そして――ホテルに籠もって電波を繋いでいた、はむぶ。
雪は止み、この時期の新潟市には珍しい雲ひとつない青空が広がっていた。
だが、歩道脇の除雪の山と、白く凍った路面が、昨夜の状況をはっきり残していた。
「……ほんと、よくやる」
呆れと、少しの誇らしさが混じった独り言。
通用口のインターフォンで名乗ると、すぐに通された。
■ ロビー
ロビーの一角。
テーブルには、昨夜使われた痕跡が、まだ残っている。
ノート。
ケーブル。
電源タップ。
そして――
「……起きてる?」
声を掛けると、
ソファに沈んでいた彩鼓が、顔を上げた。
「あ」 「島見先輩」
次々と、顔が上がる。
真宵はマグカップを手にしていて、
みなみは髪を一つにまとめ、
華はノートを抱えたまま、
澄香は、すでに“迎える側”の顔をしていた。
「おはようございます」 澄香が、丁寧に頭を下げる。
「おはよう」 杏果は軽く手を振った。 「……ほぼ、徹夜明けでしょ」
「はい」 「はい」 「はい……」 「はい」
見事な即答だった。
■ 確認
杏果は、テーブルに腰を下ろす。
「まずはお疲れさま」
それだけで、空気が少し緩んだ。
「第九管区から、正式に連絡来てるよ。救助、完了。人的被害なし」
華が、ほっと息を吐いた。 「……よかった」
「船は?」 彩鼓が聞く。
「曳航。詳しい話はこれからよ。でも、命は助かった」
その言葉に、誰も何も言わなかった。
ただ、
全員が、同じ方向に小さく頷いた。
■ 「裏側」の話
「で」 杏果は、視線を巡らせる。
「君たち、やりすぎ」
「褒めてます?」 真宵が、恐る恐る聞く。
「半分」 杏果は即答した。
「半分は、本気で」
「東京総合通信局の重要通信監視…24時間体制を私経由で動かした」
彩鼓を見る。
彩鼓は、少し照れたように笑う。
「たまたま、聞こえただけです」
「その“たまたま”が、一番怖い」
杏果は溜息をついた。
■ 報告書
「で」 「報告書」
杏果は、資料を取り出す。
「長野総合通信局長宛」 「電波法第80条」 「非常通信実施報告」
「……もう、下書きは」 真宵が、恐る恐る言う。
「知ってる」
「昨日のうちに、澄香経由で見た」
澄香が、静かに頷く。
「形式、問題なし」
「内容も、余計なこと書いてない」
「“はむぶ”って単語は、消した方がいいけど」
「そこですか」
「そこ」
■ 杏果の視点
杏果は、一度、深く息を吐いた。
「君たちが昨日やったこと、ニュースには出ない…というより出せない」
「……ですよね」 みなみが言う。
「だって、月潟財閥の令嬢とアイドルを含む、部活の子たちが月潟財閥の威光を使って緊急避難ではあるけど、開業前のホテルに泊まり、人助けをした…」
「誇らしいけれど、澄香ちゃんは誘拐されかかったばかりだし、みなみちゃんはアイドルとして…それぞれ無防備ではないか…と、要らぬ憶測が入る可能性がある…という、周りの大人たちの意向で…ね。…でも…」
杏果は、はっきり言った。
「“誰かが聞いていた” “誰かが繋いだ” それがなかったら、結果は違った」
一瞬の沈黙。
「だから、胸張っていい!私の誇らしい妹達よ!」
華が、小さく笑った。 「……はい」
■ それぞれ
「さて」 杏果は立ち上がる。
「私は、これから長野戻って、正式に怒られてくるよ。課長とかお偉いさんたちを叩き起こしたからね…。君たちは寝て」
「それ、大事」
真宵が即答した。
「正午までは、非常対応扱い」
澄香が、事務的に補足する。
「その後は?」
彩鼓が聞く。
杏果は、少しだけ笑った。
「通常運転。…はむぶは、そうでしょ」
■ 余韻
杏果がロビーを出るとき、
振り返って一言だけ言った。
「……いい年明けだったじゃない」
ドアが閉まる。
ロビーに、静けさが戻る。
「……寝る?」 華が聞く。
「寝る」 全員一致だった。
1月3日、午前9時半過ぎ。
新潟は、まだ雪の中。
だが、
はむぶの“長い1日”は、
確かに、ここで終わった。
――そして、
何事もなかったように、
日常は、また動き出す。




