第39話 はむぶの長い1日 3話
■ 解決
――夜明け前、電波の先で
144.04MHz。
通信は、細いながらも切れずに続いていた。
『……風と波が……強い……』 『……船……横揺れ……』
「了解です。送信は最小限で構いません」
彩鼓は、一定の間隔で呼びかけを続ける。
「こちらで、位置把握と救助要請は継続しています」
真宵の画面に、次の更新が入った。
「……第九管区」 「巡視船、出たって」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ緩む。
「出港できたんだ」
みなみが、ほっと息を吐いた。
「この天候で……」
澄香が、静かに補足する。
「巡視船は、条件が許す限り動きます」
「“許す限り”が、今なのでしょう」
華は、時刻と発言を一つひとつ書き留めながら、小さく頷いた。
■ 中継
午前2時40分。
「……間に合う…のか…」 彩鼓が、短く言った。
その直後。
『……灯り……見え……ます……』
全員が、同時に顔を上げた。
「灯り?」
彩鼓が即座に応答する。
「それは、どの方向ですか」
『……右舷……白い……光……』
真宵が、地図と時刻を重ねる。
「……巡視船だ」 「合ってる」
みなみが、拳を握った。 「来た……!」
■ 収束
『……こちら……』
声が、少しだけはっきりしている。
『……呼びかけ……聞こえました……』
『……今……接近……中……』
彩鼓は、最後まで声を落ち着かせたまま送信する。
「了解です」
「このまま、巡視船の指示に従ってください」
「こちらからの通信は、これで終了します」
一拍。
『……本当に……ありがとうございました……』
通信が、途切れる。
――144.04MHzは、再びノイズだけになった。
■ 夜明け前
誰も、すぐには喋らなかった。
ホテルの窓の向こう。
吹雪はいつの間にか勢いを失っていた。
「……終わった?」
華が、恐る恐る聞く。
「うん」
彩鼓が頷く。
「たぶん、もう大丈夫」
真宵が、椅子にもたれかかる。
「正月早々、重すぎない?」
「通常運転だよ」
彩鼓は、少しだけ笑った。
「はむぶ的には」
澄香が、静かに立ち上がる。
「では、報告書ですね」
「だね」 「長野総合通信局長宛て」 「電波法第80条」
みなみが、伸びをする。 「……私、あとでニュース見るの怖い」
「多分今回、名前は出ないよ」
真宵が言う。 「こういうのは」
華は、ノートを閉じて、小さく呟いた。 「……でも」 「ちゃんと、誰か助かりました」
■ その後
午前4時過ぎ。
全ての連絡が終わり、機材が片付けられた。
ロビーの照明は落とされ、
ホテルは、ようやく「夜」に戻りつつあった。
「寝よう」 彩鼓が言う。 「朝になったら、また雪だし」
「まだ続くんだ、この寒波」 真宵が苦笑する。
「でも」 澄香が、静かに言った。
「今日という日は、無駄ではありませんでした」
誰も、否定しなかった。
1月3日、午前5時前。
新潟の空は、まだ白い。
けれど。
電波の向こうで、
確かに一つの夜は、終わっていた。
――はむぶの長い1日は、
こうして、静かに幕を下ろした。




