第38話 はむぶの長い1日 2話
■ 連絡 ――夜の向こう側で、常時回っている場所
みなみのスマホが、短く震えた。
表示された名前を見て、彩鼓が小さく頷く。
「……島見先輩?」
『はい。今、東区にいます』
スピーカーに切り替えた瞬間、聞こえてきたのは、屋外の風音と、少しだけ張り詰めた声だった。
『私の方でも受信いました』
島見杏果の声は、いつもより低い。
『144.04MHz、遭難通信で間違いありません』
「東区……ってことは?」 真宵が小声で言う。
『はい。実家です。今日長野に戻る予定でしたが、この寒波で足止めされました』
杏果は、状況を一瞬で整理して続ける。
『今、東京総合通信局に電波監視課長経由で連絡を入れました』
「東京?」
『ええ。重要通信監視、24時間体制で回している担当がいます』
その一言に、部屋の空気が変わった。
『非常通信、遭難、災害関連…常時、誰かが周波数を見張っている部署です』
「……そんなところが」
『ありますよ。表には出ませんけど』
杏果の声には、現場の人間特有の現実味があった。
『電波監視課長経由で、すでに話は通しています。…東京総合通信局側で、新潟県沿岸部に設置されているDEURASを即時稼働して方位測定を行って、第九管区海上保安本部へ共有します』
澄香が、静かに頷く。
「筋は通っていますね」
『とにかく』 杏果の声が、少し強くなる。
『あなたたちは、応答を続けてください…現場と繋がっている“生きた回線”が必要です』
「了解しました」
彩鼓は、即答した。
『それから』 一拍置いて。 『事案が落ち着いたら、長野総合通信局長宛てに電波法第80条、非常通信の実施報告を出してください』
「……分かりました」
『様式は後で送ります』
電話が切れる。
「……なんか」
真宵が、ぼそっと言う。
「一気に“裏側の世界”に入ったね」
「元から、そっち側だよ」
彩鼓は、もうマイクを手に取っていた。
■ 応答
144.04MHz。
ノイズの向こうに、確かに声がある。
『……こちら……』
彩鼓は、深呼吸してから送信した。
「非常通信を送信している局、こちらの呼びかけ、聞こえますか」 「こちらは、新潟市内のアマチュア無線局JQ0…です。応答願います」
一瞬の沈黙。
『……き……こ……え……ます……』
全員が、同時に息を吐いた。
「了解です。落ち着いてください」
「現在の状況を、分かる範囲で教えてください」
断続的だが、今度ははっきりしている。
『……新川……河口……』
「新川河口」
華のペンが、素早く動く。
『……船の……整備中……』 『……流され……ました……』
真宵が、地図を表示する。
「新川河口……西区だ」
「うん」
彩鼓が頷く。
『……戻ろう……と……しましたが……』
『……途中で……エンジン……停止……』
『……今……北に……流されて……いる……と……』
みなみが、唇を噛む。
「北……完全に沖ですね……」
■ 方位測定
真宵の画面に、新しい通知が入る。
「……来た」 「東京?」 「うん。重要通信監視担当から回ってきた」
画面を皆に向ける。
「DEURAS、新潟沿岸部複数点で測定」
「推定方位、関屋分水河口沖合15km」
「沖合に向かってる」
澄香が、即座に判断する。
「海上保安本部へは、すでに共有されているはずです」 「……時間との勝負だね」
華が、小さく呟いた。
■ 繋ぐ
彩鼓は、再びマイクを取る。
「こちら、新潟市内局JQ0Q…」
「状況は把握しました。救助機関へ連絡済みです。可能な限り、この周波数で送信を続けてください。バッテリーの残量、分かりますか」
少し間が空く。
『……満充電……では……ない……ですが………まだ……大丈夫……です……』
「了解しました」
彩鼓の声は、揺れなかった。
「必ず、向かっています」
ノイズの向こうで、かすかに息を吸う音。
『……ありがとう……ございます……』
■ その夜
猛吹雪。
交通網、完全停止。
だが――
東京では、24時間体制で周波数を監視する机があり。
新潟沿岸では、無人のDEURASが黙々と方位を吐き出し。
新潟市中央区のホテルの一室では、
女子高生たちが、必死に電波を繋いでいた。
「……正月だよね」
真宵が、力なく笑う。
「うん」 彩鼓は頷く。
「でも、電波は正月休みしない」
澄香が、静かに言った。
「“聞いている人がいる”というのは…とても、大きいことですね」
華は、記録を取りながら、ぽつりと呟く。
「……ハムって……すごいですね……」
1月3日、午前2時過ぎ。
新潟の夜は、まだ凍りついている。
だが、
その声は、確かに拾われ、確かに、前へ送られていた。




