第37話 はむぶの長い1日 1話
■ 1月3日 午前0時過ぎ
――拾われた声
日付が変わった直後だった。
ホテル「Tuki」6階。 白根彩鼓の部屋は、消灯後にもかかわらず、かすかに機械音がしていた。
ベッド脇の簡易デスク。
ハンディ機ではなく、小型の受信機。
周波数は――144MHz帯。
「……やっぱり、静かだな…」
彩鼓は、小さく呟きながらダイヤルを回す。 外は猛吹雪。
だが、この帯域は、意外なほど遠方の電波を受信することがある。
――144.00MHz。 ――144.02MHz。
そして。
144.04MHz。
『……た……け……て……』
彩鼓の指が止まった。
『……エ……ジ……が……とま……』
ノイズにまみれた、明らかに人の声。
さらに。
『……ひょう……りゅ……』
――漂流。
「……当たり、か」
彩鼓の目が、一気に冴えた。
■ 召集
数分後。
部屋のドアが、次々とノックされる。
「……何……時……?」
最初に顔を出したのは真宵だった。
完全に寝起きで、目が半分しか開いていない。
「彩鼓、今何時か分かってる?」
「午前0時12分」
「分かってて呼んだよね?」
「うん」
次に、みなみ。 ダウンコートを羽織っている。
「……仕事ですか?」
「仕事未満、事件以上」
最後に華。
毛布を肩に掛けたままだ。
「……おはようございます?」
「おはようでいい」
少し遅れて、澄香も入ってきた。
すでに状況を察している顔だった。
「……拾いましたね?」
「拾った」
彩鼓は、即答した。
■ 音声再生
彩鼓は、全員に聞こえるよう、スピーカーを接続した。
『……た……け……て……』 『……エ……ジ……が……とま……』 『……ひょう……りゅ……』
部屋が、静まり返る。
「……助けて、エンジンが止まって、漂流……?」
真宵が、言葉を整理する。
「144MHz……陸上?」
「いや」
彩鼓は首を振る。
「この感じ、船だと思う」
みなみの顔が、少し硬くなる。
「……それ、本当にやばいやつじゃない?」
■ 役割分担
「動くよ」
彩鼓が、即座に言った。
「まず、私の家の無線設備を遠隔で使いたい」
澄香を見る。
「ホテルのPCとネットワーク、貸してもらえる?」
間髪入れず。
「可能です」
澄香は、即答した。
「非常時対応として、使用許可を出します」
「ありがとう」
彩鼓は、次に真宵を見る。
「設定、お願い」
「……了解」
真宵は、すでに頭が回り始めている。
「VPN通す? それとも直?」
「VPN。ログ残るように」
「了解」
次。
「みなみ」
「はい」
「島見先輩に連絡取れる?」
みなみは、もうスマホを手にしていた。
「非常通信の可能性あり、って?」
「そう。判断仰ぎたい」
「了解」
最後に。
「華」
「はいっ」
「記録、お願い」
一瞬、華はきょとんとした。
「……メモ、ですか?スマホで撮影ですか?」
「録画しながら要所をメモ。容量足りなければみんなのやつも借りて…いや、澄香。このホテルにビデオカメラある?」
「あります!」
「じゃぁ、華は澄香と共に取り行って!それで録画!」
「……はい!」
その返事だけは、やけに元気だった。
■ 臨時指令所
ホテルのロビーが、 一気に“それ”に変わる。
PCが起動し、真宵が設定。 回線が確立し、 彩鼓の実家の無線設備が、画面越しに立ち上がる。
「……繋がった」
真宵が言う。
144.04MHz。 再び、ノイズの向こうから声がする。
『……こちら……』
八木アンテナを遠隔で回して、信号の強い方向を探る。
全員が、息を止めた。
外は猛吹雪。 交通網は完全停止。
だが――
電波だけは、止まっていなかった。
1月3日。 午前0時過ぎ。
はむぶの年明けは、 静かに、しかし確実に、 “非常”の色を帯び始めていた。




