第35話 はむぶの1月2日 まさか八甲田山じゃないよね? (中編)
■ 帰路
――徒歩十五分という現実
白山神社を出て、数分。
風が、明確に強くなった。
「……あれ?」
みなみが足を止める。
さっきまで「弱まった」と言える程度だった雪が、 急速に粒を持ち始めている。
「これは……」
真宵が空を見る。
新潟で何度も見た、嫌な戻り方だ。
「吹き返しだね」
彩鼓が、妙に冷静に言った。
「冷静でいられるの、逆に怖いんだけど」
■ 交通、完全停止
市役所前バス停。
基幹バスの電光掲示板が、 無慈悲に表示を切り替えた。
《強風雪のため、当面の間運行を見合わせます》
「……ですよね」
真宵が、ため息をつく。
「え、じゃあ……」
華が不安そうに周囲を見る。
「帰れない?」
「うん」
彩鼓が即答する。
「今日はもう、動かない」
「即断すぎない?」
「新潟の天気は、疑ったら負け」
■ 素朴な疑問
少し沈黙が落ちたところで、 華が手を挙げた。
「えっと……」
「何?」
「澄香先輩の、あの……」
華は言葉を選びながら続ける。
「月潟財閥の、執務バスって……使えませんか?」
一瞬。
場の空気が止まった。
澄香は、首を横に振る。
「本日は、運行不能です」
「……え?」
「車体は問題ありませんが、 運転手の安全確保と、 道路状況の判断で、完全停止しています」
その言い方は、 すでに何度も検討した後のものだった。
「財閥でも、無理なものは無理なんだ……」
華が、妙な感心をする。
■ 澄香の「思いつき」
「……」
澄香は、少しだけ考え込んだ。
そして。
「でしたら」
顔を上げる。
「徒歩で、避難可能な場所があります」
「避難?」
真宵が聞き返す。
「古町通六番町です」
「……徒歩十五分くらい?」
「はい。通常であれば」
澄香は、淡々と続けた。
「月潟財閥が運営する、 ビジネスホテル『Tuki』があります」
真宵の記憶が、ようやく繋がる。
「……あ、1月5日開業予定の」
「はい」
「まだ開いてないよね?」
「本来は」
澄香は、少しだけ微笑んだ。
「ですが、非常時対応訓練として、 避難スペースを確保することは可能です」
その言葉の意味が、遅れて浸透する。
「……泊まれる?」
「はい」
「……タダ?」
「従業員研修を兼ねますので」
真宵は、頭を抱えた。
「最初から、そのカード切ってよ……」
■ 雁木の下を歩く
一行は、古町方面へ向かって歩き出した。
雁木が続いているため、 雪は直接当たらない。
「新潟って、こういう時は歩きやすいよね」
みなみが言う。
「雁木文化、偉大」
彩鼓が頷く。
――普通なら、迷わない。
普通なら。
「……あ、こっちですか?」
華が、曲がり角で足を止めた。
「?」
彼女が指さした先には、 やけにネオンの多い細い道。
「いや待って」
真宵が即座に止める。
「それ、昭和新道」
「……しょうわ?」
「風俗店街!」
「えっ!?」
華が、慌てて後ずさる。
「だって、道っぽかったから……」
「雁木、切れてるでしょ!」
「ほんとだ……」
彩鼓が、吹き出した。
「初詣の次が、そっち行かなくてよかったね」
「行きません!」
「行かせない!」
澄香は、 何も言わず、 ただ一歩、前に出ていた。
――念のため、という距離感で。
■ ホテル「Tuki」
古町通六番町。
まだ看板も控えめな、 新築の建物が、そこにあった。
「……ここか」
「新しい……」
自動ドアが開いた瞬間、 暖気が全身を包む。
「生き返る……」
華が、本気で言った。
「外、八甲田山じゃなくてよかったね」
「それ、フラグ立てるから言わないで」
真宵が即座に返す。
ロビーは静かで、 スタッフがすでに待機していた。
「月潟様、ご案内します」
「ありがとうございます」
澄香の声は、いつも通り穏やかだった。
外は、猛吹雪。 基幹バスも、完全停止。
だが、 古町の一角で、 はむぶは――
安全に、正月二日目の夜を迎えることになった。
それが、 後に「開業前伝説」と呼ばれることを、 この時は、誰も知らない。




