第34話 はむぶの1月2日 まさか八甲田山じゃないよね?(前編)
今日の新潟市はここまでひどくは無いにしても、かなり荒れてはいるようで…
1月2日
――雪は止み、足は止まる
1月2日。
新潟市の空から、ようやく雪の勢いが抜けた。
最強寒波は峠を越えた――
そう言われてはいるが、街の様子は「回復」とは程遠い。
JR信越本線、白新線、越後線。
いずれも終日運休。
道路は除雪が追いつかず、
路線バスは
青山(イヲン新潟青山…青ジャス)―古町―万代シテイ―新潟駅―南営業所(イヲン新潟亀田…亀ジャス)
を結ぶ基幹バスのみが、間引きながら運行している。
つまり。
動ける人間だけが、慎重に動ける日だった。
■ 白根彩鼓(3年)
――初詣は電波で決めるもの
白根電波工房。
彩鼓は無線機の前に座り、ヘッドセットを装着していた。
「CQ CQ、新年初交信。こちらはJ……」
年明け最初の交信。
相手は、もちろん――
『こちら、西蒲。受信良好』
「おっ、出たね真宵」
そして、間髪入れず。
「じゃあさ、今日、初詣行こう」
『……は?』
真宵の声が、明確にワンテンポ遅れた。
『今、何て言った?』
「初詣。年明けだし」
『電車、全部止まってるよね?』
「うん」
『バスも、基幹しか動いてないよね?』
「うん」
『その状況で?』
「行こう」
真宵は、一度無言になった。
■ 西蒲真宵(2年)
――理屈は通じない
『……どこに?』
「白山神社」
『一番混むところ!』
「だから、いい」
『何が“だから”なの!?』
真宵は、ツッコミながら理解していた。
これはもう、止めるフェーズを過ぎている。
「ほら、初詣ってさ」
彩鼓の声は、妙に理屈っぽい。
「“初”が大事じゃん。
初交信したんだから、次は初詣でしょ」
『順番の問題じゃない!』
しかし、
その交信を聞いている者は、二人だけではなかった。
■ 月潟澄香(2年)
――移動手段はある
『白山神社、ですね』
澄香の声が、割り込む。
『本日、月潟家の用事は午前中で終了しました』
淡々とした報告。
『道路状況も確認済みです。
市役所前までであれば、問題なく移動できます』
真宵は、嫌な予感がした。
『……澄香?』
『はい』
『それ、“徒歩で”じゃないよね?』
『もちろんです』
その「もちろん」に含まれる意味を、
真宵は深く考えないことにした。
■ 中条みなみ(1年)
――仕事明けはフリー
『私、今日午後から空いてます』
みなみの声が、明るく続く。
『えちご放送、帰れなくなる前提で泊まりだったんで』
「それ、結構すごい状況だよ?」
真宵が言う。
『でも、基幹バス動いてますよね?』
「……青ジャスまでね」
『じゃあ、行けます』
迷いがない。
5歳で無線免許を取った人間は、
災害時の行動判断が妙に早い。
■ 寺尾華(1年)
――行く流れ?
『えっと……初詣って、ハム持って行きます?』
『『『『持って行かない』』』』
全員から即答が飛んだ。
『あ、はい』
華は理解した。
これはもう、行く流れだ。
■ 島見杏果(OG)
――遠隔ツッコミ
新潟市東区。
島見杏果は、交信内容を聞いて、頭を抱えていた。
『……なんで、こうなる』
「初詣だから?」
『理由が軽い!』
だが、
彼女は止めなかった。
止めても、
どうせ行く。
それが、はむぶだ。
『気をつけて行きなさいよ…』
■ 集合地点:基幹バス「市役所前」
基幹バスは、
ゆっくりと市役所前に滑り込んだ。
県庁方面からの風が冷たく、
歩道には除雪の山が残っている。
「よし、全員そろったね」
彩鼓が満足そうに言う。
「この状況で“よし”って言えるの、
あんただけだよ」
真宵が即座に返す。
澄香は周囲を一瞥し、
みなみはマフラーを巻き直し、
華は「市役所って、静かですね」と的外れな感想を漏らした。
白山神社は、もう目と鼻の先だ。
電車は動かない。
バスも最低限。
それでも。
「じゃ、行こっか」
白根彩鼓の一言で、
はむぶは歩き出す。
年明け二日目。
交通網は止まり、
常識も、たぶん止まっている。
――だが、
はむぶだけは、通常運転だった。
白山神社
――動いているのは、ここだけ
白山神社の境内は、思ったより人がいた。
「……いるね」
真宵が率直に言う。
「基幹バス、ここ通るからね」
彩鼓は妙に納得した顔だ。
電車は止まり、道路も寸断されている。
それでも――
歩いて来られる範囲の人間と、
動ける手段を持っている人間は、ちゃんと集まってくる。
「災害時の人流って、こうなるんだね」
みなみが、完全に仕事モードの感想を口にした。
「アイドルが言うと、説得力あるのやめて」
真宵が突っ込む。
澄香は足元を気にしながら、静かに歩いていた。
「滑りますので、お気をつけください」
「ありがとう」
真宵が礼を言いながら、ふと思う。
――この人、
普通にしてれば完璧なお嬢様なんだけどな。
■ 参拝
列は短めだった。
正月三が日とは思えないほど、進みがいい。
「じゃ、順番にね」
彩鼓が言う。
まずは、彩鼓。
鈴を鳴らし、
二礼二拍手一礼。
目を閉じる。
(今年は……)
数秒、沈黙。
――その間、真宵は嫌な予感しかしなかった。
■ 白根彩鼓の願い
「……よし」
参拝を終えた彩鼓が、満足そうに戻ってくる。
「何お願いしたの?」
真宵が警戒しつつ聞く。
「今年はね」
彩鼓は、にこやかに言った。
「日本海側で、電波的に面白い事件が起きますようにって」
「却下」
真宵は即答した。
「何で!?」
「それ、願うものじゃないから!」
「でもさ、平和すぎると、張り合いないじゃん」
「張り合いのために事件呼ぶな!」
後ろで澄香が、
静かに一歩引いた。
■ 西蒲真宵の願い
次は真宵。
真面目に手を合わせ、
かなり長め。
(今年こそ……
この人の暴走を、誰か止めてください)
拍手の音が、やけに切実だった。
戻ってくると、彩鼓が聞く。
「何お願いしたの?」
「秘密」
「えー」
「どうせ、叶わないから」
「それ言う!?」
■ 月潟澄香の願い
澄香は、動作が完璧だった。
所作が美しく、
周囲の参拝客が一瞬、目を向ける。
願いは、短い。
(はむぶが、
今年も無事に活動できますように)
それだけ。
戻ってきた澄香に、みなみが聞く。
「何お願いしたんですか?」
「内緒です」
柔らかな笑顔。
だが、
真宵は感じ取っていた。
――この人、
一番まともな願いをしている。
■ 中条みなみの願い
みなみは、慣れた様子で参拝した。
カメラがなくても、姿勢が崩れない。
(今年も、
ちゃんと続けられますように)
アイドルも、無線も。
どちらも、簡単じゃない。
戻ると、華が聞く。
「何お願いしました?」
「秘密です」
「秘密、多いですね」
「大人になると、増えるんだよ」
「え、私も?」
「たぶん」
華は、よく分からないまま頷いた。
■ 寺尾華の願い
最後は、華。
鈴を鳴らし、
ぎこちない二礼二拍手。
(えっと……)
しばらく考える。
(今年は……
はむぶが、
ハム部じゃないって、
ちゃんと覚えられますように)
一礼。
戻ってくると、彩鼓が聞いた。
「何お願いしたの?」
「はむぶが、ハムじゃないって忘れませんように、です」
一瞬の沈黙。
そして。
「……おいおい」
全員が笑った。
■ 絵馬
最後に、絵馬。
彩鼓の絵馬には、
なぜか簡易回路図が描かれていた。
「願い事、図にする必要ある?」
「イメージ大事」
「神様困るわ!」
真宵の絵馬は、
文字が多い。
やたら具体的。
「これ、願いっていうか要望書だよね?」
「神様も、仕様分かった方がいいでしょ」
澄香の絵馬は、
短く、丁寧な字。
みなみは、
小さくマイクの絵を添えていた。
華は――
「……ハム描いてる?」
「はい! 一応!」
「一応って何!?」
雪は止み、
空は少し明るくなってきた。
交通は、まだ戻らない。
でも。
「じゃ、帰ろっか」
彩鼓が言う。
誰も異議を唱えなかった。
年明け二日目。
最強寒波の余韻の中で。
はむぶの一年は、
こうして、
例年通り、少しズレた形で始まった。




