第32話 12月31日 ――マイナス5度、新潟中央女子学園はむぶの大晦日――
12月31日。
新潟市中央区は、朝から完全に「本気」を出していた。
気温マイナス5度。
海から叩きつけるような季節風。
入舟町一帯は視界が白く潰れ、大雪警報の赤文字がスマホ画面を占領している。
そんな中でも――
新潟中央女子学園・はむぶの面々は、それぞれに「通常運転」で年の瀬を迎えていた。
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■ 白根彩鼓(3年)
――大晦日に実験するな
「よし、今日は絶好のチャンスだね」
白根彩鼓は、実家の白根電波工房二階、作業机の前で満面の笑みを浮かべていた。
外では暴風雪が唸りを上げ、アンテナがミシミシと嫌な音を立てている。
「いやいやいやいや、何が“よし”なの」
横でコーヒーを飲んでいた父親が、即座にツッコむ。
「だってほら、雪で減衰が大きい状態でのHF帯伝搬テストだよ?
しかも大晦日。世界中の変な局が出てくる」
「縁起でもない言い方をするな」
彩鼓はFCC Amateur EXTRAのコールサインを入力しながら、楽しそうに言った。
「大丈夫大丈夫。非常用電源も確保してあるし、
最悪、屋根に登れば――」
「登るな」
即座に遮られた。
「登るな。絶対に登るな」
しかしその数分後、
彩鼓は普通に屋根にいた。
「うわー、風すごーい!」
「戻ってこい!!」
大晦日、白根家では毎年
「年越しそばを食べる前に一回は怒鳴る」
という謎の恒例行事が成立していた。
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■ 西蒲真宵(2年)
――ツッコミは年末年始も休めない
西蒲真宵は、自室でノートPCを睨んでいた。
画面には、はむぶ用の部内チャットサーバ。
「……案の定だよ」
ログには、彩鼓の投稿が並んでいる。
『屋根の上なう』
『風速たぶん10m/s超』
『でもSWR安定してる!』
「安定してるのはあんたの暴走だけだよ……」
真宵は深いため息をつき、キーボードを叩く。
『今すぐ降りてください。大晦日です。』
数秒後。
『了解!降りる!(降りるとは言ってない)』
「了解してないよね!?」
思わず声が出る。
真宵は第2級アマチュア無線技士であり、
情報処理部に行けばエース級だったはずの人材だ。
それがなぜ今、
大雪警報下で幼馴染の命綱をチャット越しに握っているのか。
「……でも」
画面の向こうで楽しそうにしている彩鼓を思い浮かべ、
真宵は苦笑した。
「まあ、いつものことか」
年越しの瞬間も、
きっとツッコミを入れている未来が見える。
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■ 月潟澄香(2年)
――財閥令嬢の大晦日(静)
月潟家の年越しは、静かだった。
広すぎるリビング。
丁寧に用意された和菓子と紅茶。
外の吹雪が嘘のような静寂。
「……今年も、楽しかったですね」
澄香は微笑みながら、
はむぶの一年を思い返していた。
部室での無線談義。
彩鼓の突拍子もない思いつき。
真宵の疲れ切った顔。
華の天然発言。
みなみの突然のステージ衣装。
――全部、大切な場所。
「はむぶを、バカにする人がいなくてよかったです」
ぽつりと呟く。
もし、誰かがそれを侮辱したら。
どんな顔になるのか。
それは誰も知らない。
運転手も、執務バスの待機員も、
全員「見ない方がいい」とだけ知っている。
澄香は静かに通信ログを確認し、
年越し前に一度だけ、部内チャットに投稿した。
『皆さん、良いお年を。』
それだけで、十分だった。
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■ 寺尾華(1年)
――はむぶは食べられません
寺尾華は、こたつに埋もれていた。
「……はむ……」
半分寝ながら、ハムを食べている。
「……あれ?」
ふと我に返る。
「そういえば、はむぶって……ハムじゃなかったよね?」
入部してから数ヶ月。
いまだに時々、初心に帰る華である。
スマホを見ると、部内チャットが賑やかだ。
『屋根危険』
『降りろ』
『風強い』
「……あ、無線部だった」
今さら思い出したように頷く。
華は第4級アマチュア無線技士を取得し、
少しずつ、ちゃんと「はむぶ」になってきていた。
「来年は、もう少しわかるようになるかなぁ」
そう言って、
ハムをもう一枚食べた。
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■ 中条みなみ(1年)
――アイドル、雪に埋もれる
中条みなみは、
新潟市内のスタジオからの帰り道で、完全に詰んでいた。
「……動かない」
送迎車が、雪に埋まっている。
ステージ衣装のまま、コートを羽織り、
ハンディ機で祖母・中条和子のコールサインを呼び出す。
「おばあちゃん、今どこ?」
『家だよ。大雪だねぇ』
「助けて」
『無線で?』
「物理で」
結局、救助は来た。
無線ではなく、スコップと人力で。
「……でも」
車内でみなみは呟く。
「やっぱり、無線っていいよね」
5歳で免許を取った頃の記憶が、
ふっと蘇った。
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■ 島見杏果(OG)
――実家からの年越し電波
新潟市東区松崎の島見家。
島見杏果は、こたつでミカンを剥いていた。
「外は大変そうだなぁ…うわ…長野市-15℃って…冷凍庫じゃん…。」
はむぶのチャットログを眺め、
元部員として、電波監視官として、
苦笑する。
『大晦日に屋根登るなよ』
それだけ書いて、送信。
数秒後。
『OGありがとう!』
「礼言う前に降りろ」
杏果はミカンを一房口に入れ、
年越しの瞬間を待った。
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そして、23時59分。
雪は止まず、
電波は飛び、
はむぶは通常運転のまま――
年は、明けた。
「……あけましておめでとうございます」
誰かが言い、
誰かがツッコミ、
誰かがハムを食べていた。
――それでいい。
それが、はむぶの大晦日だった。




