第27話「棚のもうひとつの秘密」
秋の気配が少しずつ忍び寄る放課後。新潟中央女子学園のハム部メンバーは、またぞろ「白根電波工房」に顔を出していた。
前に怪談めいた“幽霊リグ”騒ぎでひとしきり盛り上がったあとだったから、華は店の入り口で思わずため息をつく。
「……もう、今度は何も出ないよね?」
「華、そんなこと言うと逆に出てきそうだからやめて」彩鼓がじろりとにらむ。
西蒲真宵と月潟澄佳、それに中条みなみも一緒に、ぞろぞろと入店する。
最新機種を物色するつもりだったが、半分は“また変なものがあるんじゃないか”という期待と怖いもの見たさだった。
「ん……あれ、何?」
真宵が奥の陳列棚を指差した。
そこには他の中古リグやパーツとは明らかに違う、ひときわ目立つ小さなガラスケースがあった。
中には古びたハンディ機が一台。樹脂の外装はすっかり色褪せ、黄ばんでいる。
しかし、劣化を防ぐためなのか、除湿剤と脱酸素剤も封入されていた。
だが、決定的に違うのは――その筐体の片面に、大きくサインが書かれていたのだ。
「ちょっと待って、これ……誰かのサイン入り?」
華が身を乗り出し、目を輝かせた。
近寄って見ると、油性ペンで力強く走らせた筆跡が残っている。アルファベットとも漢字ともつかない、特徴的なサイン。
「これって……誰の?」みなみが首をかしげる。
そこへ奥から、作業着姿の彩鼓の父・善一が現れた。
「お、見つけたか」
善一はにやりと笑った。
「それはな……昔イベントのときに、特別ゲストとして来ていた“あの人”に書いてもらったサイン入り無線機なんだ」
「“あの人”って……誰?」と華。
善一は声を潜め、わざとじらすように言った。
「黒縁のサングラスがトレードマークで、街なかをぶらぶら歩いては、石碑だの排水溝だのを見て“いやぁ、これが面白いんだよ”なんて語っちゃう人だ」
「……あ、あぁぁぁぁっ!」
澄佳が息を呑み、両手で口を覆う。
「まさか……! あの司会者で、鉄道とか地図とかも大好きで……しゃべり方に独特の間がある……」真宵も小声でつぶやく。
「さてなぁ」善一は肩をすくめる。
「名前は言えん。ただな、確かにこのリグを手にして、会場の記念局から実際に交信してくれたんだ。その証拠に、このリグの交信ログと記念局のQSLカードはまだ残ってる」
「えええええ!?」みなみが目を丸くする。
「つまり……その人がアマチュア無線のマイクを握った、数少ない瞬間ってこと?」
「そういうことだな」
部員たちは一斉に大騒ぎした。
「幽霊リグと違って、今回はマジの国宝じゃん!」
「やば……文化財級!」
「非売品って書いてある意味、これかぁ……」
善一は満足げに頷く。
「売り物にできるわけないだろう? これはもう“家宝”だ」
彩鼓が恥ずかしそうに付け加える。
「だから文化祭とかでも出したことないの。だって、もし壊れたり盗まれたりしたら……」
「でも逆に展示したらすごい話題になるよ!」華が食い下がる。
「え?“あの人のサイン入りリグ”なんて……無線ファンどころか一般客も絶対ざわつくって!」
「『街ぶら好きのあの人が、ここに!?』ってね」澄佳も乗ってくる。
真宵はニヤリと笑って、いたずらっぽく言った。
「じゃあ幽霊リグとセットで……」
「それはやめろってば!」彩鼓と華が同時に叫び、店に笑いが広がった。
帰り道。夕暮れの街を歩きながら、話題は自然と“サイン”のことになった。
「アイドルやってると、たまにファンに“サインください”って言われるけど……リグに書いてって言われたことはないなぁ」みなみが笑う。
「でも、もし今よりもっと有名になったら?」と澄佳。
「将来“全国区のアイドル兼ハム”になったら、そのサイン入りリグ、今のサインリグと並ぶくらいの宝物になるんじゃない?」
「ちょっ……やめてよ、プレッシャー!」みなみが両手をぶんぶん振る。
「でも、確かに“中条みなみ初交信記念リグ”とかあったら、すごいプレミア付きそうだよね」華が真顔で言う。
「そしたらファンが押しかけてきて、白根電波工房が聖地になるな」真宵が茶化す。
「やめてよ〜! 私、部室に普通にいたいのに!」
笑いながら歩く彼女たち。
頭の中では、それぞれ“未来のサイン入りリグ”を想像していた。
その夜。
白根電波工房の棚の中では、古びたハンディ機が静かに鎮座していた。
黒縁サングラスのあの人が残したサインは、年月を経ても色褪せることなく輝き続けている。
やがてそこに、もうひとつ――未来の有名人のサイン入りリグが並ぶ日が来るのかもしれない。
まぁ…モデルになった大物芸能人は結構前に免許失効しているらしい…あくまでもフィクションですから…。(笑)




