第26話「棚の奥の曰くつきリグ」
中間テスト明けの午後。新潟中央女子学園ハム部の面々は、放課後の活動を終えたあと、白根彩鼓の家業である「白根電波工房」に立ち寄っていた。
店内には最新機種から中古の無線機、アンテナや部品類がずらりと並び、アマチュア無線愛好家にとってはまさに宝の山である。ハム部の面々にとっても例外ではなく、訪れるたびに目を輝かせて棚を見て回るのが習慣になっていた。
「おおーっ、やっぱりここは天国だよね!」
寺尾華が声を弾ませながら展示棚を見上げる。最新のモービル機にポータブルアンテナ、そして中古市でしか見ないようなクラシック機材まで。好奇心をくすぐられっぱなしである。
「華ちゃん、そんなに鼻息荒くして見てるとお父さんに買わされちゃうわよ」
西蒲真宵が冷やかすと、華は顔を赤らめながらも「だ、だってさ、見てるだけで楽しいんだもん!」と食い下がった。
そんな中、華の視線がある棚の隅に止まった。
ガラスケースの中に、くすんだ金属の筐体。今どきの黒い樹脂筐体とは違い、銀色のパネルに大きなダイヤルが二つ。プレートには「HF 10W TRX」とだけ記されている。だが、目を引いたのは横に貼られた小さな紙札だった。
『非売品』
「ん? ……これ、非売品?」
華はしゃがみ込み、札を指さす。
「短波帯の10W機……かなり古そうだな。なんで非売品なんだろ」
彼女の疑問に彩鼓が「あー」と気まずそうに声を漏らす。
「それ、ね……ちょっと曰くつきでさ」
「曰くつき?」
「えっ、なにそれ、怖い話?」真宵が目を丸くする。
「ねえ、ねえ、気になる!」と華。
そこへ背後から低い声が割って入った。
「……あれに気づいちまったか」
現れたのは彩鼓の父、白根善一。頑丈そうな体つきに職人気質を漂わせる店主である。彼は手に持っていた在庫リストを置き、懐かしむように棚の奥のリグを見つめた。
「お父さん…その話…するの?」
彩鼓が聞くと、善一は一拍置き、ゆっくり口を開いた。
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「……35年くらい前かな。俺がまだ駆け出しのころ、このリグで夜な夜な7MHzを受信してたんだ。
すると決まって、午前零時を少し回った頃……奇妙な信号が入るんだよ」
真宵と華が同時にゴクリと喉を鳴らす。
「最初はノイズかと思った。だがな、聞き続けるとハッキリと声が混じってるんだ。コールサインを名乗るんだが、それが当時はようやくサフィックスがJF0になった位の時代なんだが…存在しないコールサインだった」
「存在しない……?」澄佳が眉をひそめる。
「ああ。JARL(日本アマチュア無線連盟)のコールブックにも載ってないし、友人に照会してもそんな局はないっていう。だが、毎晩決まった時間に現れるんだ。しかも、出てくる声が……」
善一は低く声を落とす。
「……『ここは寒い……暗い……』ってな」
「ひっ!」華が思わず肩をすくめる。
「ちょ、ちょっと待って、それ完全にホラーじゃん!」真宵が声を裏返す。
「面白いですね……典型的な幽霊電波の逸話みたいです」澄佳は逆に冷静に分析している。
「やめてやめて! 夜寝れなくなるやつじゃん!」みなみはすっかり青ざめた顔をしていた。
「……で、毎晩同じ声。同じ時間。こっちが応答しても、向こうは同じセリフを繰り返すだけ。ぞっとしたねえ」
善一はわざとらしくため息をつき、肩をすくめた。部員たちは全員、息を呑んで話にのめりこんでいた。
「でな、その“幽霊局”の正体がわかったんだ」
善一が急に声を明るくする。
「……正体?」華が恐る恐る尋ねる。
「ただの近所の酔っ払いオジサンだったんだよ」
「…………は?」
「いやな、そいつも一応アマチュア無線の資格は持ってたんだ。ただ規則を理解してなくて、酒が入ると勝手にでっちあげのコールサインを名乗って電波を出してた。あの不気味な声は、古いマイクと酔っ払いのろれつが原因だ」
部員全員「ズコーッ!」とずっこけそうになった。
「ええええええ!?」華が大声を上げる。
「心臓に悪いわ!」真宵が額を押さえる。
「つまりただの不法運用……」澄佳はあきれ顔でため息をつく。
「わ、私もう本気で怖がってたのに! 最悪だよ!」みなみは涙目で抗議した。
善一は腹を抱えて笑いながら続けた。
「まあな、そのオジサンは結局、電監…今の総通局から係官が来て、こっぴどく怒られた。
俺も申告した関係で同席したから、今でも印象に残ってるんだよ。だからこのリグは『非売品』って貼って、もう店のネタにしてるんだ」
彩鼓も苦笑いを浮かべた。
「だから言ったろ、“曰くつき”って。売り物じゃなくて、笑い話のネタ機材なんだよ」
部員たちはすっかり肩透かしを食らった形だったが、それでも印象に残ったのは確かだ。
「でも逆にこのリグ、部室に飾ったら面白いかもね」華がぽつりとつぶやく。
「夏の怪談話ネタとしてはいいかもな」真宵が同意する。
「展示物にして、来年の文化祭で使うのもアリかもしれませんね」澄佳は妙に真面目に提案する。
「や、やだよ! 見たくもない!」みなみは両手をぶんぶん振った。
そんな賑やかな声を聞きながら、善一はにやりと笑っていた。
「ま、また別の棚の奥に怪しい箱があるけどな……」
その言葉に、部員たちは一斉に「もう聞かない!」と声を揃えて叫んだ。




