第2話「資格がないと、だめなんですか!?」
実は別作品と本作の世界はゆるく繋がっていたりします。
「――で、これが“PTT”ボタン。押すと、こっから電波が出るんだよ!」
放課後の部室、白根彩鼓の目は輝いていた。机の上には、ハンディトランシーバー。電源は入っており、液晶には「145.00 MHz」の文字が表示されている。
「わー、すごーい! なんか光ってるー!」
寺尾華は目を丸くして身を乗り出す。右手の親指が、じりじりと送信ボタンに近づいていく。
「じゃあ押してみるねっ!」
「――まてぇい!!!!」
バンッ!!
部室のドアが乱暴に開け放たれ、怒声が飛んだ。
「未免許で送信ボタン押そうとか、無線部で一番やっちゃダメなやつだから! つーか、電波法違反だから!!!!!あと、彩鼓!無線局変更届まだ出していないでしょ!」
現れたのは、メガネにロングヘアの女性。ややラフなスーツ姿の彼女は、制服の中では異質な存在。
「し、島見先輩っ!?」
真宵が小声で呟いた。
そう、彼女は島見杏果。長い間休止状態で無線局免許だけは維持していただけの『HAM部』を復活させた部長であり、今は長野にある総務省・長野総合通信局の職員――つまり、“本物”の監督官庁の中の人である。
「久しぶり〜! 新潟出張ついでに部室の様子見に来たらさあ、いきなり犯罪未遂目撃したんだけど!? 華ちゃん、君だよね?」
「……えっ!? な、なんで!? 私、まだ押してないよ!?」
「押そうとしてたのは事実ね! 動かぬ証拠、今、私の目が見てたから!」
杏果はトランシーバーをすばやく取り上げ、電源を切る。
「いい? 無線ってね、国家資格が必要なの。電波って“みんなの財産”だから、勝手に出しちゃダメ。免許がない人が送信したら、不法無線局扱いになっちゃうんだよ」
「ふ、ふほうむせんきょく……?」
「カッコイイ言葉みたいに聞こえるけど、ガチの違法。私の仕事はそれを取り締まる側だから、笑えないの」
華は縮こまり、顔を青くして俯いた。
「そんなに悪いこと、しようとしたつもりじゃなかったのに……」
「……わかってる。だから今は、止めるだけで済む。でもね、ちゃんと学んで、資格を取れば、堂々と電波を出せるようになるんだよ?」
杏果の声が、少しやわらいだ。
「資格……取れるの、私にも?」
「取れる。というか、この部の規則として、部員は全員、第三級アマチュア無線技士以上を持ってることになってる」
彩鼓、真宵、澄佳が一斉にうなずいた。
「うちは“にわか禁止”じゃないよ? むしろ歓迎。ただ、“学びたい”って気持ちは本物でいてくれないとね!」
杏果はウィンクしながらそう言った。
その夜。華は借りた教科書を胸に抱えながら、帰り道の橋の上で空を見上げた。
「資格かあ……なんか難しそうだけど、ちょっと頑張ってみたいかも……」
彼女の視線の先、東の空には人工衛星の光が、ひときわ明るく瞬いていた。
(もしかしたら、私も――)
風が吹き抜ける。新潟の春は、まだ少し肌寒い。
だが華の胸には、小さなやる気という電波が、確かに芽生え始めていた。