第1話「ハムって、食べ物じゃないの!?」
新潟市にある新潟中央女子学園は、創立百年を超えるお嬢様系進学校。だがその旧校舎の片隅には、今日も騒がしい声が響いていた。
「よっし、電源オン!……よしっ、周波数はっと……あっ、また誰かCQ出してる! うぉー、テンション上がるーっ!」
真新しいハンディ機を握りしめてテンションマックスの声の主は、白根彩鼓。新設されたばかりの『HAM部』の部長にして、自他ともに認める無線オタクである。
「……彩鼓、音量下げて。っていうか、外部スピーカーつないでるでしょ、それ。準備室の向こうまで聞こえてるよ……」
呆れ顔でツッコミを入れたのは西蒲真宵。理論派の彼女は、今もちまちまとCWの練習中。耳にはイヤホン、手には小さなパドル。
「よし、今日も一局つかまえるぞー! そんでカード交換して、世界制覇!」
「彩鼓、世界制覇とか言ってる時点で何部かわかんなくなってるよ」
その横で、紅茶を丁寧に淹れているのが、月潟澄佳。制服の上にカーディガンを羽織ったお嬢様然とした雰囲気は、部室のカオスに似つかわしくない。
「お三方、ティーの用意ができましたわ。今日はアッサムですの。……あら? 彩鼓さん、その機材、昨日届いた新しいIC-H32ではなくて?」
「へへっ、さすが澄佳。そう、昨日の夜、父ちゃんがこっそり仕入れてきた28MHzから1200MHzまで出られる新製品! なんと周波数が2Hz単位で調整できるんだぜ!」
「は、はぁ……それがどれだけすごいのかは、ちょっとわかりませんわ……」
そのとき、部室のドアが勢いよく開いた。
「おはよーございますっ! みんな、今日はハムの日だって言ってたから、おにぎり作ってきたよ〜! もちろん中身は、ハム!」
両手いっぱいのおにぎりを抱えて入ってきたのは、寺尾華。ピカピカの1年生、そして完全な初心者。
「………………あのさ」
「………………ちょっと待って」
彩鼓と真宵、そして澄佳の三人が一斉に固まる。
「えっ、なに? ハム部って……食べ物の部活じゃないの!?」
「……違うよッッ!!!!!」
三人の声が、部室中に響いた。
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それから30分。
(……説明されたけど、さっぱりわからんかった……)
おにぎりをもぐもぐしながら、華はうなだれていた。
「とにかくね、アマチュア無線ってのは“Ham radio”っていって、世界中の人と直接交信できるすっごい趣味なんだよ。しかも合法で、技術があれば衛星ともつながる!」
「CW、RTTY、FT8、そしてHF、VHF、UHF……あらゆる電波型式やバンドで個性が出るのですわ」
「免許も国家資格だし、電波の理論がわかれば理科も強くなる。……って、聞いてないよね、華」
「えっと……食べるハムと、しゃべるハム……?」
「せめて"話すハム"って言えよォ!」
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こうして、勘違いから始まった華の無線生活。
だがこの日、彼女が間違えて押そうとした送信ボタンから始まる、奇跡の交信が、部員たちの未来を大きく変える――。
(つづく)