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9.別府城、殿と姫の悲哀

 

・ ・ ・ ・ ・


 ハニーちゃんの村のように、町は背の高い塀で囲まれていた。


 ただ、あちこちに扉の途切れ目ができていて、そこがするっと開く。引き戸だ。中に入ると、猫と人とが入り乱れて立っている。



「これはこれは、クー・ニシャキの防人さきもりの皆さまではありませんか!」



 戦国武将のコスプレをしたお兄さんが、よろいをがちゃつかせて近寄って来た。すごッ、気合入った観光キャンペーン!



「ややっ!? そこにおわすのは……常緑ときわさまッッ」


「いかにも!?」



 武将お兄さんの周りの猫ちゃん達が、おじさん声で騒ぎ出す。



「道中、エノーどもに襲われていたところを、この勇者はやる様がお助けしたのです。早急に城へお連れして下さい。怪我はありませんが、衰弱がひどい」


「と、登仁とに殿……! わかりましたっ」



 俺の腕からみけ猫を抱き取ると、武将お兄さんは猫ちゃん数匹とともに、あたふたと駆けて行く。残ったうちの、栗色ねこが近寄って来た。



「皆さまも、どうぞお城へ。何があったのか、殿にお話しくだされ」


「えっと……あの、トニーさん。できれば先に、動物病院行きません? 足のけがをてもらわないと」



 俺の言葉に、栗色ねこが不安げな声を上げた。



「なっ……登仁殿、負傷されたのですか!?」


「ええ。勇者さまにおんぶされているのは、それゆえです。大丈夫ですよ、はやる様。お城にも医師がいますから、手当してもらえます」


「あ、そうなんですかー? 良かった、それじゃ行きましょう」



 俺はねこ達の後について、別府の町を突っ切ってゆく。……なんだか、観光PRサイトとかで見たのとは、ずいぶん感じが違っていた。


 道はやっぱり舗装なし、平らにならしただけの地面だし、その通りを挟んで建っているのも小さな木造家屋ばっかりだ。ハニーちゃんの村と比べると、ひと時代進んだ感じではあるけれど、やはりここも映画のセットっぽい。



「うーん、こういう歴史的景観の保存にも力を入れているんだね、別府市……。すごいなあ、気合が入ってるなあ」



 猫の多さにもびっくりだが、ここにはたくさん人がいる。


 みんな和服を着て、忙しそうに行ったり来たり。お店の前には色々なものがきれいに並べられているが、通り過ぎる時にちらりと見たくらいでは、何を売っているのか全然判別ができなかった。



「ちょっと京都の錦市場っぽい感じ……。面白そう」



 後でゆっくり散策してみたいところだ! ハニーちゃんが案内してくれないだろうか、一緒にとり天とか食べられるかも。



「さ、お城ですよ。はやるさん」


「えっ」



 そのハニーちゃんの声がかかって、俺は頭を上げる。ほんとだ、小さなお堀にかかった木の橋を渡った所は、いかにもお城の門!



「……ところで、別府にお城ってあったっけ?」



 門番役なんだろう、ここにも武将コスプレイヤーの皆さんがいて、俺たちに頭を下げてくる。



「なぎなた持ってる、かっこいい~! 本物にしか見えなーい!」



 三階建てのかわいいお城だ。どのへんがかわいいかというと、屋根の両脇にくっついた“しゃちほこ”が、丸みを帯びた三角形なのである。どう見ても猫ちゃんの頭にしか見えない、風雲ねこ城!


 そしてお城の中も、本物にしか見えなかった。板敷の床で、何と言うのかな……。改修前の小田原城がちょうどこんな感じ、レトロにうす暗かったっけ。って、地元神奈川県民にしかわからない例えだ。ごめんなさい。


 俺たちは、最上階の広い部屋に通される。奥に一段高くなったところがあって、そこにねこ数匹、人間四人に囲まれたおじさんが座っていた。何と立派なおヒゲなのだろう!



「ここへ!」



 その人の低い声が響いて、俺たちはおじさんの前あたりに並ぶ。ひげおじさんは、ハニーちゃんをじっと見つめた。



「おお、そちは確か、登仁の娘であったのう」


「はい、殿。クー・ニシャキの羽仁はにでございます」


「うむうむ、よく来た。さあ皆、楽にして座りなさい。そして何があったのか、全てわしに話しておくれ」



 ハニーちゃんはきりっとした態度で、さっきのVSえのき戦について手短に語った。



「という次第で、常緑ときわさまをお助けしました。しかし一緒にいらしたと思われる方々は、残念ながら……」



 神妙な顔で聞いていたおじさんは、そこで溜息をついた。まわりのおじさんと猫たちも、がっくり顔をうつむけている。


 その時かたりと音がして、後ろの戸口からハニーパパが入って来た。ひょこひょこ、包帯ぐるぐる巻きの後ろ脚を引きずっている。



「あっ、トニーさん! 手当してもらえたんですね?」



 ハニーパパは俺に向かってうなづくと、ハニーちゃんの隣に来て、ひげのおじさんにむけて丁寧にお辞儀をした。



登仁とに……。わしはもう、どうしたらよいのかわからぬ。粘菌族の勢いは増すばかりで、とうとう究極の選択を迫ってきおった」


「選択ですと? 粘菌どもに、取引をしようなどと考える頭があったのですか」


「うむ。粘菌魔人の一人が、先日使いをよこして来てのう……。わしのひとり娘を生贄いけにえとして差し出せば、今後一年の間、粘菌どもはヴェップを攻撃しないと言うのじゃ」


「……!!!」



 ハニーちゃんとパパ、クロ君ハチ君がぶるぶるっと毛並みを震わせる。



「とんでもない話じゃろう? しかもその後は、毎年ヴェップの娘を一人ずつ、生贄によこせと言う。際限のない脅迫よのう」


「そんな取引に応じてはなりませぬ、殿!」


「わかっとるよ、登仁。けれど姫の側近は、わしが粘菌どもになびくかもと勘ぐったのじゃろうな。今朝、夜明け前に近衛数人を引き連れて、姫を逃がそうと町を出てしまったのじゃ」


「……それが、裏目に出てしまったのですな! おいたわしや、エノーどもに襲われて」


「全くじゃ。湯けむりの外では戦えぬ相手だと言うに、命をむげに……」



 ひげのお殿さまは、たっぷりした和服の袖で、ついと目を押さえる。



「……父上!」



 皆が、はっとした。


 ど派手なお着物をぞろーりと着た女の子がいきなり登場して、お殿さまの隣……俺たちのすぐ前に座ったのだ! 俺はひそひそ囁いた。



「ちょっと、クロ君! どこかのお嫁さんが、会場を間違えて入って来たよッ」


「はぁ?」



 結婚披露宴もやっているのだろうか、別府城!? あ、いわゆるフォトウェディングってやつかもしれない! こういうレトロな雰囲気が好き、映えるっていう人は多いからな~!!


 しかし、お殿さまは自然なしぐさで女の子に話を振った。



「もう具合は良いのか、姫や」


「は。見苦しいところをお目にかけました。……父上、われは心を決めました。いさぎよく粘菌どもの生贄となり、この身をかけてヴェップを守りまする」


「な、何ですと!? そんな! 姫様!」


「そんなことはなりませんぞ、姫様! 粘菌どもの思うがつぼにございまする!」



――えっ? お嫁様でなくって、お姫さまなの!?



 思わず、俺は女の子の顔をがん・・見してしまった。白無垢むくのぞろぞろ着物の上にあるのは、さらに紙みたいに真っ白く血の気の引いた、小さな顔……。たくさん泣き通したのが俺にだってわかるくらい、目と鼻だけが赤く目立っていた。何があったんだろう? ワンレン黒髪がつやつや光る、中学生くらいの子。かわいいとかきれいとか、そういうのがまだ早い、これから何にでもなれる少女だった。



「いかんぞ! お前が粘菌魔人に喰われたところで何になる。やつらはどっちみち、このヴェップを滅ぼす気でいるのだ!」



 お殿さまが顔を赤くして言っている。



「けれど父上、それでも一年の時間稼ぎにはなりますでしょう? その間に隣国ユフィーンと同盟を強めるのです。祭祀を執り行って勇者様の再来を祈願すれば、我らが女神様が奇跡を起こして下さるやも……」


「殿!! 姫!!」



 ほとんど叫ぶような声で、ハニーちゃんがお姫さまの話をさえぎった。



「皆さんの前にいる、このはやるさんが! わたし達の待ち望んでいた、勇者さまです!」



 ぎゅーっっっ!! その場にいる全員の視線を集めた俺は、ぎくっと背筋をのばした。



「けむり立つ光のこぶしで、邪悪なる粘菌どもを撃破し、ヴェップを救って下さいます!」



 言い切ったッ。ああ、何てはっきりした宣言と演出! こんな流れじゃ緊張しちゃうよ、ハニーちゃーん!


 注目されて仕方なく、俺はもじもじと声を上げた。



「えーと、無花生いちじきはやるといいます……。神奈川県から来ました。別府は初めてなので、よろしくお願いしまーす」





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