7.熾烈、白き触手! VSえのき戦
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結局ハニーちゃんは、パパのそばで丸くなった。
お堂に着くなりダウンジャケットのふところから飛び出してしまって、「おやすみなさい、はやるさん」 とっととと……と、かけてゆく。つれない……。
ふっ、しかしこのくらいの気まぐれは猫ちゃんの日常。いちいち気に留めて落ち込んでいてはいかんぜよ?
「おやすみ、ハニーちゃーん」
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翌朝、誰かが俺の頬ぺたを肉球でフミフミしている……。起きろって~?
「はやる様。朝ごはんができたそうですよ」
しょっぱ辛い声。ほがっ! ハニーパパじゃん!
俺は上半身をむっくり起こして、めがねを直す。灰色きじとらは俺の脇で、にんにん頷いている。
朝食はこれまた絶品、かまど炊きのごはんだった。よくわからない種類の雑穀がいっぱい入って、もちプチ食感がよろしい! そこにおかかと塩がかかっているだけのシンプルさだけど、何しろ米がうまいから満足感が半端ない。かまど炊きを再現するべく日夜努力しているであろう、各電器メーカーの炊飯器開発者たちに、俺は心からのエールを送った……。
きらきら差し込む朝の光のもと、マシュマロ女神さまやめがね勇者ヒロミチ様の像に、のんのんと最後のお参りをする。お坊さんに見送られ、俺たちは山を下った。
「天気も良いし、粘菌族に出会わなければ、夕方前にヴェップへたどり着けるでしょう」
背負ったバックパックの中、うなじの後ろあたりからハニーパパが言ってよこす。
「はやる様。ここの道を抜けると、じきに海が見えてくるんだよ」
てくてく歩く俺の左側、だいぶ打ち解けてきた若き黒猫くんが話しかけてきた。
「へえ、そうなの! クロ君は、別府へはけっこう行ってるわけ?」
「うん。俺は特に粘菌族の目につきにくいから、夜の闇にまぎれてヴェップとクー・ニシャキ村を往復する、連絡係をしているんだ」
「ああ、なるほどね、まっくろだもんね。ところできのこって、あいつら夜行性なの?」
「大方のやつらは、陽にあたるのを好みません。普段はじめっとうす暗いところに棲んで繁殖し、我々を襲って血を吸う時だけ出てくるのです。腹が減り次第やってくるので、昼夜というのは関係ないようです」
背中のハニーパパが答える。
「そうなんですか。対策たてにくいなあ」
「にゃーッッ」
ぼやいた俺のすぐ右脇で、はちわれのハチ君がするどい声をあげた!
「どうしたの、八偉!?」
石ころ道を少し先に言っていたハニーちゃんが、さっと引き返してきて問いただす。
「山の手の方から、ただならぬ殺気を感じた気がするんだ! 皆は感じないかい!?」
「……ああ、どんどん近づいているな。特に凶悪なやつらかもしれん」
俺の周りに、ハニーちゃん・クロ君・ハチ君はささっと集まる。
「……道を変えますか? お父さん」
「いや、もう遅いようだ。気をつけよ、皆!」
しゅら、しゅらしゅらしゅらっ!!
右前方の草むらから、白いロープみたいなものがたくさん突き出たかと思ったら、それが次々に猫ちゃんたちを捕まえてゆく!
「にゃーッ」
「うっわ、何これッ」
とにかく俺は身構えて、正拳! 正拳! 正拳連打!!
白く光るこぶしのあたる所だけ、きのこの触手らしいのをばふばふ粉砕できるのだが……、いかんせんロープだらけだ。解放されても、猫ちゃんたちはすぐに新手のロープに捕らえられてしまうッ!
「はやる様! これは触手特化魔獣、エノー鬼です! 草むらに身をひそめている、本体を討って下さいッ」
「えのき!?」
背中のハニーパパの声に、俺は路傍を見た。白いロープは全て、その一点から伸びてきている。俺はそこめがけて、走り寄った。
『きしゃーッッッ』
巨大えのき束の中心がくわッと口を開けて、俺を威嚇する! 正直萎えかけた、が。
「ふーーッッッ!!」
背中のハニーパパが、もっとすさまじい威嚇でうなる。そこですとんと、俺は落ち着いた。
「たぁぁぁッッッ」
開かれたその口のど真ん中に、渾身の中段突き!
白く輝きけむりを発する俺の右こぶしを中心に、えのきはばふっっっと飛び散った。
「皆、大丈夫かい!?」
猫ガイズは懸命に、ロープ触手を自分の身から取り外している。
「大丈夫よ。こいつは触手で捕まえた獲物を本体で食べる粘菌だから、誰も血を吸われてはいないわ」
クロ君にからまったロープを引っぺがしながら、ハニーちゃんが言う。
「……何かもう、粘菌の領域を越えてるよねえ!?」
「倒しておいて青ざめないで、はやるさん」
ハニーちゃんはそう言うが、今回のも本当に気色悪かった。どうしてこんなのが野放しになってて、ニュースにもなっていないのだろう? 自衛隊出動レベルの災害だと思うんだけど……。
やっぱり、秘密の研究所から逃げ出した凶悪実験動物が野生化しちゃっている、とかなのだろうか。うむ……SFでパニックでUMAだが、割と現実世界も色々とんでもないことが起きるものだしね?
極秘研究の産物としてのモンスターだから、大っぴらに公表できないのかもしれない。しかしこれだけ危険で被害も出ているのだから、どこかの偉い団体が動いてくれたって良さそうじゃないか~?
「羽仁、これだけじゃないぞ」
ハチ君は、道の前方をじっと見据えている。
「ずっと先に、似たようなにおいの粘菌が集まっている!」
「待ち伏せされている、ということ!?」
「いや……ちがう。別の誰かが、襲われているんだ!!」
ハニーちゃんとクロ君は、身体をぴくっと震わせた。
「えー、それじゃ俺たち、助けに行かなくっちゃ! じゃな~い?」
何気なく言った俺を、皆がくるっと見上げた。
「……その通りです。勇者はやる様」
背中のハニーパパが、重々しく言った。手前にいるハニーちゃんはなぜか緑の瞳をきらきらさせて、美人三割増しになった。
「行きましょう! はやるさん」