表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

5.豊満美! 摩崖マシュマロ女神像

 


「あのう、かしらさま……。勇者さまに、お聞きしたいことがあるのです。よろしいでしょうか」



 てくてく道をゆく俺と猫ちゃん達。ふいと右側から声がかかった。



「何だ、八偉はちい? はやる様に、じかにお話してみればよかろう」



 俺のうなじの後ろ、背負ったバックパックの中から、ハニーパパが答える。



「うん、なあに? ハチ君!」


「はい……勇者さま。あの戦い方は、いったい何なのです?」



 俺の右脇を歩く、はちわれ猫のハチ君が、ちょっと緊張した風に聞いてきた。大きな体の若いねこ君である。



「あれはねー、空手」


「からて?」


「そう、空手。俺、高校まで習ってたんだ」



 全然うまくも強くもなかった。ひょろひょろいじめられっ子だった俺を心配した家族が、とりあえず家に近いからと道場に入れた。寸止めするところである……迷惑かかるといけないから、流派と道場名はここでは言わないよ。


 俺はそもそもの運動神経が良くないし、にぶいから組手くみては当然むいてない。かと言ってかたが良いわけでもない。みち子師範に怒られても、ほとんど覚えることができなかった。


 じゃあ俺は何をしていたのかというと、ひたすら正拳突きを上中下と繰り出して、気合を発しているだけだった。本当にそれだけだったんだけど……。



――どうしてなんだか、その正拳突きが、ここではすんごい役に立ってる……。



 俺は再び、自分の右手を見た。グー。


 ずうっと空を切ってるだけで、何の評価もつかなかった俺のこぶしが、こんな風に誰かを守れる力になるなんて。おかしな展開だけど、俺は素直に嬉しかった。



「その“からて”というのは、体術なのですか? 先ほどはやる様の前足が白く光って、何やらけむりのようなものを出していたように見えたのですが」



 左脇をゆくクロ君も、聞いて来る。こっちも若い、たぶんこの中で一番若いんじゃないのかな。小柄でかわいいんだけど、黒猫だけにずいぶんクールな雰囲気をまとっている。



「武器を使わない武道だから、……うん、体術ってことになるね! 護身術っても言うかなあ」


「幻術や、忍術ではないのですか?」


「何を言うのよ、玄道くろうど。勇者さまの聖なる力が、そういうまやかし・・・・からくり・・・・たぐいであるわけ、ないでしょうが」



 ハニーちゃんが、ぴしっと言った。他の若い猫ガイ達にとって、彼女はお姉さん的な存在なのだろうか?



 ふと見上げた空が、うすい緑色をしている。これまであまり見たことのない空色だけど、俺はそんなに違和感を持たなかった。猫ちゃんロボがしゃべるくらいだ、旅先では予期せぬことが起こるものさ! ……あれ。と言うかロボな割にはハニーパパ、怪我して血が出てたけど……え??



「日が暮れる前に、あそこの森山へ入りますよ」



 前方をあごでさし示しながら、ハニーちゃんが言った。



「今夜は、そこのお寺に宿りましょう」


「えーっ! まさか、宿坊しゅくぼうってやつ!?」



 お寺の参拝客が宿泊できる僧房がある、と聞いたことがあったが……。一般向けにかなりハードル高いのでは!?



「すごい。俺、いっぺん泊まってみたかったんだ~!!」



・ ・ ・ ・ ・



 オレンジ色の夕陽に照らされた崖のなかに、すごい仏像が鎮座していたッッ!



「うおお、何これーッッ!? バーミヤン!? 壊されたんじゃなかったのーッ!」



 でっかい樹々の合間をぬって、ぼこぼこした石段を登って来た(疲れた~)ところにいきなりこんなのを見せられて、俺はびびりまくった。



「えーと、えーと何て言うんだっけこういうの。崖の岩に彫られた仏さま。ああ、まがいぶつ……摩崖仏~! 臼杵うすきの方は知ってたけど、ここにもあるんだねッ。めっちゃ映えるぅぅ」



 スマホでばしゃばしゃ連撮しつつ、俺は崖に近づいて行った。



「しー、はやるさん。ここはお寺、聖所ですからね……静かにしましょうね」



 ハニーちゃんに優しくたしなめられて、俺はどきっと我に返る。



「ほんとだ、ごめんなさい……。あんまりきれいだから、つい興奮しちゃいました」


「ふふふ、そうよね。わたし達の導き手は、とっても綺麗な方ですからね」


「えっ?」



 スマホを下げ、画面ごしでなく直接に見て、俺はようやく気がついた。



「これ、仏さまじゃないの……?」



 まるッとまろやかな顔にやさしーい微笑み。ネックレスみたいなアクセサリーを首に手首に、頭にじゃらじゃらまきつけて、巨大な岩肌に浮き出ているのは女のひとだった。かるく持ち上げた両手の中に、お花をたくさん持っている。



「マシュマロボディの、ふくよか女神さまだ……! 何という、うつくしきおっp……」



 言いかけて、俺は慌てて口をつぐむ。危なかった、ハニーちゃんの前ではそういうことを口に出してはいかん! 礼賛の意味で言っても、セクハラと捉えられてしまいかねない世の中である!



「……うつくしい神さまだね!」


「いにしえの時代、ここに僧侶たちがたくさん住んで、神像を岩に刻む修行をしていたのよ。その聖なる威光のおかげでしょう、粘菌族も寄りつかないの」


「へえー……」



 崖から少し離れたところに、小さな建物が見えた。



「さあ、ご住職さまに会いに行きましょう。はやる様」


「こっちです、勇者さま」



 にゃんにゃん促してくる猫ガイたち。俺は夕陽にあたたかく照らされた、そのお堂に足を向けた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ