4.壮絶! VSマッシュルーム戦
何やら皆(おじいさんおばあさんと、周囲のねこ達)にせかされて、俺はすぐさま出発することになった。
「びっくりしたなー! ここ、トイレがねこ用・人間用と、併設なんだね! 入っていきなり砂場だったから、焦っちゃった」
「では参りますが、よろしいですか?」
灰色きじとらが、しかつめらしく聞いてくる。
「はい、すっきりです」
ねこ達は塀の下をくぐる。俺はもう一度よじ登って、ひょいと外側に降り立った。
俺の両脇にハニーちゃんと灰色きじとら、前後に一匹ずつの計・四猫ちゃんだ。
緑の草が広がる原っぱ、そこにすらっと走っている白っぽい道を、すたすた歩いてゆく。
「……はやる殿。あなた本当に、大丈夫なのですか?」
灰色きじとらに言われて、俺は首をかしげた。
「何がですかー?」
「ふた足で歩いていては、身体が疲れて、乱れませんか」
「あ、俺はいつもこんな感じですけどね~?」
「さようですか。では、やはり……」
灰色きじとらは口ごもり、語尾をにごす。
「?」
「いや、失礼。おくれましたが、わたくし羽仁の父の登仁と申します。クー・ニシャキ集落の、守頭をつとめております」
「あーっ、お父さんだったんですか! よろしくです、でも“もりがしら”って、何ですか?」
「ご存知ありませんか? 村人に危険が及ばないように守るのが防人で、そのまとめ役を守頭と呼ぶのですよ」
――さきもり……もりがしら……なんかどこかで聞いた言葉っぽいけど、何だったっけ。危険から守るということは、警備員さんということだろうか。ああそうか、最新AI搭載の警備ロボなんだね。かっこいい!
ハニーパパは、その後ずいぶん色々と説明してくれたのだが、残念ながら俺にはほとんどがちんぷんかんぷんだった。
何となくのみこめたのは、この辺一帯に先ほどのきのこモンスターがうじゃうじゃいて、皆が困っているということだ。確かにむちゃくちゃ凶暴な感じだったし、猫ちゃんたちにとっては災難だろう。
「でもあれ、何なんですか? 警察とかに通報したら、動いてくれないのかなあ。あ、害獣だったら猟友会のハンターさん達かー」
「残念ながら我々の力では、村の外に出て粘菌族を滅することはできません。ひたすら逃げて向こうが疲れるのを待つか、塀の中から飛び道具で迎え撃つのみなのです」
「ここには、さっきあなたが倒したマッスル・ムーしかいないけれど、各地に様々な種類の粘菌族がはびこっているのよ」
ハニーちゃんも言うように、きのこ怪物はねんきん族と総称するらしい。何となく毎月保険料をお支払いするあれっぽい、一番割引額が高くてお得なのが二年前納だ……。俺は会社員だから、関係ないんだけど。
「ふーん。でもさっきみたいに、とにかく正拳突きで追っ払えばいいんだよね?」
「……前の方から、来るぞッ」
一番先頭を進んでいた黒猫が、するどく言った! 黒猫だけに、声もクールに届く感じ!
「みんな気をつけろ! 何体かいるっ」
ぼよーん! 空中、まるい物体が二つ跳び上がった。
「ああッ」
狼狽した声、振り返れば最後尾にいたはちわれ猫がその物体の影にのまれ、思わず立ちすくんでしまっているのが目に入る。
俺は迷わず、そこへ突っ込んだ。
「えいッッ」
踏み込みながら、思い切り腰を切っての右・正拳突き!
ばあんッッ!
俺の光るこぶしからしゅわっと白いけむりが流れる、突きが触れた刹那にマッシュルームの化け物は破けとんだ。
『きしゃーッッ』
左脇の方から、もう一体別のやつが跳びすさってくる。俺は前屈立ちの左脚をずいっと後ろに引いて、そいつを右足で蹴り上げてみた。
『ぎゃんッ』
ちょうど、バスケットボールを蹴った感触がする。マッシュルーム②は後方へぼいんと跳ねてから、再び跳びかかって来た。
――おっかしいな? 蹴りじゃ、爆発させらんないの?
俺の蹴りはどれも甘い。基本の前蹴りも下段蹴りも、決まればかっこいい足刀蹴りも、そもそも上がんない回し蹴りも、ぜーんぶ“なってない”らしいbyみち子師範。
――しかし、だよ。人間どうしたって、手よりも足の方が攻撃力は高いよね?
顔面に迫るきのこに、今度は左の上段突きを入れてみる。けむりがふしゅう~、ぷああッッ! きのこは文字通り、粉みじんになった。やっぱり効果があるのは、こぶしだけなのか。
「あーッ、頭さまッッ」
誰かの悲鳴が聞こえた。三体目のマッシュルーム……特にでかいやつが、ハニーパパの上にずしんと乗っかって、気ッ色わるい触手を灰色毛並みにからめている!
「トニーさーん!!」
俺は夢中で走り寄った。
「たーッッ」
ぱあん! 下段突きだ、粉砕ッ!
その飛び散りきのこ片を取りのけて、ハニーパパを引きずり出した。
「大丈夫ですか!? しっかりして、トニーさんッ」
「ううっ、はやる殿……。かたじけないっ」
俺はどきっとした。ハニーパパの後ろ脚、毛並みの中に穴ぼこが開いて血があふれ出しているじゃないかッ! 何てことだ、きのこ触手にやられたのか!?
「大丈夫、俺救急キット持ってるから……、動かないで!」
バックパックを下ろして、脇の草むらに置いたその瞬間。
『き・しゃーッッ』
とんでも気色わるな声が響いて、首がぎゅううっと締め付けられた。
「ああっ、はやるさんッ」
「まだ一体残っていたのか!」
俺は両手で、頭の後ろにひっついた奴をはがそうとする……。が、もりもりした触手は強力だ、はなれない!
温厚な俺ではあるが、これにはかなり腹が立ってきた。そこで、“肘打ち”の要領で右こぶしを耳の脇あたりにぶち込んでみる。
ぶわんっっ。粉砕!!
飛び散ったのはもう無視、まわりを見回す。
「もう、いないね!?」
「いません、勇者さま!」
「全敵殲滅であります、勇者さま!」
若い猫ガイたちが次々と叫んだ。そこで俺はハニーパパの横にしゃがみ、消毒薬ムキロンとティッシュを取り出して、足の傷を洗う。ああ、国内線が液体持ち込み自由でほんと良かった!
「うううっ」
「しみますよね、痛いですよね! でも我慢してください、ほんとごめんなさい!」※
一番でかいばんそうこうでも足りない傷だ。俺はガーゼの上からハンカチ(そう、持っているんだよ俺は)でぐるぐる包帯的にしばって、固定した。
「……はやる殿、私はもう歩けません。何とか一人でクー・ニシャキへ帰還しますから、どうか私を置いて皆と先へ進んでください」
「えー、なに言ってるんですか、もうー。またマッシュルームが出たらどうするんですー」
恐縮しまくりのハニーパパをバックパックの上の方に詰め込んで、背負う。しめかけジップから頭を出す形。俺たちはどんどん歩いてゆく。
「酔ったりしません? 大丈夫?」
「何とやさしき勇者さまなのだ。あなたは……」
おじさん声が、ちょっと潤んでしおっ辛い感じだった。
※今回は非常事態なのでムキロンしましたが、猫ちゃんに人間用の消毒薬とか使っちゃうのは基本ダメです。念のため。(はやる)