3.ねこの集落クー・ニシャキ
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みかん猫についてゆくと、さっき丘のふもとに見えた村が、ぐんぐん近づいてきた。
「ハニーちゃんは、あそこに住んでるの?」
「ええ、そう」
「何ていうところ?」
「クー・ニシャキ村というのよ」
――全然わからない……聞いたこともない地名だ。何県なんだろう?
「実は俺、飛行機からいきなり放り出されちゃったらしくってさぁ。何がどうなっているのか、よくわかんないんだ。事故のニュースとか、ハニーちゃん聞いてない?」
横を歩くみかん猫は、大きな緑の瞳をまるーくして、俺を見上げる。あー、かわゆい。
「ごめんなさい。わからないわ」
「あ、いいんだよ別に! けがとかしてるわけじゃないしね。あとでご主人さまに紹介してもらった時に、TV見せてもらうから」
「いやだ! 何を言うの、はやるさん!?」
猫ちゃんは、狼狽したような声をあげた。
「わたし、結婚なんてしていないわよ!」
抗議めいた感じに言われて、俺も慌てた。
「え? いや、何で……? じゃなくってごめんなさいっ、そうですよねぇマドモワゼル!」
にゃーっ!!
複数のねこ声がする、顔をそちらに向ける。
「おおおおう!?」
何と言うことだ、板塀の長ーく連なるその前に、十数匹の猫ちゃんたちが勢ぞろいしているぅぅ!
「羽仁! いったい、何があったのだ」
大っきな灰色きじとらが、しょっぱいおじさん声でがなり立てた。
「隣村との定期連絡が、こんなに遅くなって……。心配していたのだぞ」
「ぎゃッ、こっちの猫さま方もしゃべれるんだぁ!?」
ハニーちゃんが、すいっと俺の前に出た。
「みんな、聞いて! この人は、はやるさん。≪マッスル・ムー≫を、光る湯けむりこぶしの一撃で粉砕して、わたしを救ってくれたのよ!」
にゃ、にゃーッッ!!
全身をびりびり震わせて、猫ちゃん一同はどよめいた。
「何だって……!? それじゃ伝説の勇者さまが、とうとう再来したと言うのか!」
「と言うか、塀の外をこの姿で歩いている時点で、とんでもないッ」
みんなかわいいが、大半はおじさんお兄さん声である。
「と、とにかく内側へどうぞ! おい、誰か長さまに伝えに行ってくれ!」
にゃにゃにゃにゃにゃ!
猫ちゃんたちは、すばやく塀の下にある20センチほどの隙間に入っていく。
「えーっと」
俺は左右を見やる、……切れ目ないんだけど、この塀……入り口ってどこ?
一人ぽつーんと突っ立っていると、下の隙間からハニーちゃんが顔を出した。
「入らないの、はやるさん?」
「えっと……入りたいんだけど、俺にはくぐれないよ」
ダイエットしても到底無理な細さだ。
「ああ、そうね。上の方からはどう?」
塀は、ちょうど俺の頭プラス一個分くらいの高さ。両手をかけて、よっこいせとよじ登ってみた。
「おおおおう!?」
何だこりゃ、時代劇のセットみたいな風景がそこに広がっていた!
しかし俺の激浅知識(日本史は苦手だ)から察するに、昭和レトロでも大正ロマーンでもない。当然、お江戸でもござらない。もいっちょ手前の、あずきモモ山時代とか、そのへん雰囲気じゃなかろうか。いや、わからんし滅多なことは言わないでおこう。
かすかに、硫黄のにおいが鼻についた。ここにも温泉があるのだろうか?
「こっちよ、はやるさん」
猫ちゃん十数匹に囲まれて、ぽこぽこ群れ建つ昔ばなし風のわらぶき家の中でも、ひときわ大きい家へと向かった。
開けっ放しの引き戸をくぐると、広い玄関……“土間”ってところだ。
「長さまぁー! 勇者さまです」
「異界から、あたらしく勇者さまがお見えになりましたぁー」
――えー、さっきから言ってるけど、それ違ってない? 俺ただの独身リーマンよ?
うす暗い家の中、一段高くなった板敷の奥から、おじいさんが出てくる。
――あっ、初めて人間に会えた!
「こんにちは、無花生隼流といいます。事故にあっちゃったので、すみませんが助けて下さ……」
「おおおおおーう!!」
俺の言葉をさえぎって、おじいさんはガッツポーズで叫んだ!
「何という珍妙なるお召し物! 遥か遠方より来たれりと伝わる、お話の勇者さまそのものじゃ! さっ、上がって上がって!」
「あの~」
「さつきやー! お茶、お茶いれとくれー!」
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ハッスルしたおじいさんには“珍妙”なんて言われたが、俺をとりまいている環境の方がよっぽど変だ、と思う。
こぎれいな板間の上、俺はおざぶとんに座り、香箱座りの猫ちゃんたちに囲まれている。
「≪マッスル・ムー≫を、一撃粉砕されたとなぁぁッッ」
おゆのみを両手に、正面に座るおじいさんは、長い白ひげとはげ頭をぷるぷる震わせた。
「白く光る、こぶしでぇぇぇ!!」
「お代わり、いかがですか~」
「あっ、どうもすいません」
おじいさん同様、板についた感じの和服姿のおばさんが来て、お茶をついでくれる。
「めっちゃおいしい、お茶ですね~!」
でも、いつも実家で飲んでいる足柄茶とは違う。九州だから、釜炒り茶ってやつかもしれない。そしてお茶うけの漬け物も、すっごくうまい!
「長さま。こうして勇者さまが現れた以上は、首邑へお連れしなくてはいかんでしょう」
俺の脇にいる、灰色きじとらおじさんが言った。
「うむ。お前の言う通りだ、守頭よ。粘菌どもに苛まれ、疲弊した我らが殿さまを、必ずや苦境から救い出してくれるだろうて……! 殿は勇者さまを、必要としておるッ」
すい、とハニーちゃんが立ち上がり、俺の脇に寄り添った。
「お願い、はやるさん。わたし達にあなたの力を貸して。首邑のヴェップへ、一緒に行ってください!」
「あ、もともと俺って、別府に行くつもりだったんだ。いいよ! ここから遠いのー?」
「若い人の脚で、歩いて二日というところかのう」
おじいさんがうなづきながら言う。
「あ、歩きですかー? 困ったな、バスとか通ってないんですね。ここ」
みかん猫が、じいっと見上げてくる。
「えー、だって……。ハニーちゃんも、そんなに歩いたら大変じゃない? 大丈夫?」
こくり、とうなづくハニーちゃんの瞳……。うあー、瞳孔ひろがってるう。グリーンでビューティフル! いかん、抵抗なんて無理だ!
「仕方ないなあ……。まぁいっか、たまにはウォーキングするのも」
みなさまこんにちは!
秋深まる今日この頃、当温泉ツアーにご参加いただき誠にありがとうございます。短い旅路ではございますが、これから毎朝更新してまいりますのでどうぞお付き合いください。よろしければページ下部分にて☆評価やブックマークをどうぞ。
ほっこり楽しんでいただければ幸いです!
(門戸)