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2.みかん猫ハニー

★ ★ ★


★ ★ ★



「いた、た~……」



 自分の声で、ふあっと気付いた。


 俺はかたい床の上に、横たわっているらしい……。よろよろと身を起こして、頭を振る。重い。あまり寝られなかった日の次の朝、と言う感じに重い。……飛行機に乗ってたはずなのに?



「あれっ。どこだよ、ここ?」



 見回してみて、ぎょっとした。大きな岩が混じる、草の原……見慣れぬ景色。



――はっ、まさか秋吉台!?



 行ったことはないが、確かあそこは山口県だ。大分空港のずいぶん手前で、途中下車しちゃったのだろうか……!?



「……って、飛行機でそれはない!!」



 起き上がり、さらに周囲を見回す。ぼんやりと重い頭の他は、特にけがもしていないようだ。めがねも壊れていない、よかった……。


 バックパックは、すぐ近くに転がっている。それを背負って、少し歩いてみた。ここは、なだらかな丘の上らしい。



「あっ、町だ! ……いや? 村、かな??」



 ふもとの方に、家らしきものが集まっている。とにかくそこへ行こう、と思い立つ。適当に下り方面に歩いていると、やがて村の方へのびている道に行き当たった。


 歩きながらスマホの機内モードを解除した。でも、アンテナ表示は全然立ってくれない。



「田舎に来るなら、やっぱりモバイルWi-Fiだよね~。仕方ないか」



 と。



「にゃーッッ」



 絹を裂くような叫び声が、俺の耳を直撃した!


 いや言ってみただけ。シルク裂いたことなんて、これまでの人生一度も経験ないし!



「あれは、猫ちゃんの悲鳴ッッ」



 実家で常に猫と暮らした俺には、よくわかる(祖母・種子たねこ(70)と母・峰子みねこ(49)は、無類の猫好きなのだ)。


 今響いたのは、喧嘩に入る前の威嚇とかではない。身に迫りくる危険を察知して、嘆き悶えてるやつである! 具体的には獣医さんとか病院に連行される直前!



「どうした、猫ちゃんッ?」



 その時、みかん色の猫がこっちに向かって、草原をじぐざぐに走ってくるのが見えた。猫の後ろを、何やら丸っこいものが追っている……!



「何だ、襲われているのか!? 猫ちゃんっ」



 丸っこい追手が、ぴょいっとはね上がり……そして猫に飛びかかった!



「にゃあーッッ」



 猫ちゃんの悲痛な叫び、俺は思わず怒鳴った。



「こらーッッ、そこ! 離さんかーいッッ」



 俺は駆けつけてゆく、……かけこみざま、猫にのしかかっている丸っこいのを、ずばっと蹴り上げた。



『ほがッッ』



 ころころっと転がって、そいつはまたたく間に立ち上がる。


 丸っこい野良犬……だと、俺は思っていた。ちがった。


 それは……それは、信じたくないのだけれど。


 でっっっかい、きのこ。


 マッシュルームみたいなやつ……と言うかマッシュルームそのものに、いかっぽい触手がいくつもいくつもくっついた、しょく悪いばけものだった!



「きっっもーッッッ」



 俺がとり肌を立てた瞬間、マッシュルームはずばっと宙に飛んだ!



「うおっ、……逃げろ、はねこー!!」



 無我夢中で俺は構えた、……腰を落として四股しこ立ち、右手を引く!



「はーッッッ」



 正面から飛び込んできたマッシュルームのかさ・・部分(で、いいの? 名称)に、正拳突きを叩き込んだ! この状況で他に何ができると言うのだ!


 しかし実に珍妙なことに、こぶしがマッシュルームに触れたその瞬間、俺の右手全体がぼわっと白く光った。ふしゅーっ!なんかけむりみたいなのも出ている、はあ!?



『ふがーッッッ、きぃあぁぁぁ』



 恐ろしい金切り声を上げて、きのこは粉みじんに破裂した。分厚いかさ・・が無数の破片になってはじけ、後方に向かってべしゃべしゃと飛び散り落ちる!



「え、ええええっ!?」



 やっつけた俺の方がびっくり仰天だ、どうなってんのッ!?


 目をばちばちさせながら、右手を見る。さっきの光は消えてしまって、もう何ともない。いつも通りの、俺の右こぶし。



「き、気持ち悪ーい……。どうしよう! これ、狂犬病とか破傷風とか、心配しないといけないやつー!?」



 破裂したきのこの残骸を前におろおろしていると、すねのあたりにふわっと感触があった。追われていたみかん猫!



「あ! はねこ……じゃ、なかった。大丈夫、けがしてない?」



 しゃがみこんで、さっと体を見回してみる。



「……平気そうだね。よかったね!」



 小学生の時からうちにいた、みかん色の女の子にそっくりだったから、さっきはついその名前を呼んでしまった。はねこは、俺が実家を出る少し前に、天国へ行ったんだっけ。……でも、本当に似ている。


 逃げずにそこに座っている、みかん猫の頭横に、俺はそうーっと右手をのばした。あ、なでさせてくれた!



「美人さんだね!」



 俺は笑った。猫も笑った。



「その、はねこさんというひとも。きれいなかたでしたの?」



 ……。ひゅうー……。


 すてきな涼風が、吹いた。



「助けてくだすって、どうもありがとうございました」



 俺の目はふたつの点となり、開け放した口は四角形となった。



「すごい……。アソボ君の先をゆく、AI搭載のスーパー猫ちゃんロボか。どこ製なのだろう」


「わたしは、羽仁はに



 妙齢女性のすてきな声で、猫ちゃんは続ける。



「ハニーちゃんですか! よろしくねッ」


「あなたのお名前は?」


「あ、俺、無花生いちじき隼流はやるといいます。神奈川県から来ました」



 県外では……いや県内でも知名度の低い、高座郡こうざぐんとまでは言わなかった。他県猫ちゃんが知っているわけない、海に面していない湘南地域なんてな、フフフ……。



「はやるさん。どうかわたしと一緒に、来て下さい」



 しゃべる猫ちゃんは、なまめかしい緑のお目々で俺を見上げた。



「行くよ。どこでも行くよ、連れて行って」


「こっちよ」



 猫ちゃんは、すたすた歩いて道の方へゆく。俺はぼうっとして、その後ろに続いた。



――すっごい……俺、猫ちゃんとしゃべってるッ。AIなんだろうけどファンタジーだ、まちがいなくファンタジージャンルだよな、これはッ!?



 ハニーちゃんがふいと立ち止まり、俺を見る。



「……伝説が、よみがえったんだわ!」




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