2.みかん猫ハニー
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「いた、た~……」
自分の声で、ふあっと気付いた。
俺はかたい床の上に、横たわっているらしい……。よろよろと身を起こして、頭を振る。重い。あまり寝られなかった日の次の朝、と言う感じに重い。……飛行機に乗ってたはずなのに?
「あれっ。どこだよ、ここ?」
見回してみて、ぎょっとした。大きな岩が混じる、草の原……見慣れぬ景色。
――はっ、まさか秋吉台!?
行ったことはないが、確かあそこは山口県だ。大分空港のずいぶん手前で、途中下車しちゃったのだろうか……!?
「……って、飛行機でそれはない!!」
起き上がり、さらに周囲を見回す。ぼんやりと重い頭の他は、特にけがもしていないようだ。めがねも壊れていない、よかった……。
バックパックは、すぐ近くに転がっている。それを背負って、少し歩いてみた。ここは、なだらかな丘の上らしい。
「あっ、町だ! ……いや? 村、かな??」
ふもとの方に、家らしきものが集まっている。とにかくそこへ行こう、と思い立つ。適当に下り方面に歩いていると、やがて村の方へのびている道に行き当たった。
歩きながらスマホの機内モードを解除した。でも、アンテナ表示は全然立ってくれない。
「田舎に来るなら、やっぱりモバイルWi-Fiだよね~。仕方ないか」
と。
「にゃーッッ」
絹を裂くような叫び声が、俺の耳を直撃した!
いや言ってみただけ。シルク裂いたことなんて、これまでの人生一度も経験ないし!
「あれは、猫ちゃんの悲鳴ッッ」
実家で常に猫と暮らした俺には、よくわかる(祖母・種子(70)と母・峰子(49)は、無類の猫好きなのだ)。
今響いたのは、喧嘩に入る前の威嚇とかではない。身に迫りくる危険を察知して、嘆き悶えてるやつである! 具体的には獣医さんとか病院に連行される直前!
「どうした、猫ちゃんッ?」
その時、みかん色の猫がこっちに向かって、草原をじぐざぐに走ってくるのが見えた。猫の後ろを、何やら丸っこいものが追っている……!
「何だ、襲われているのか!? 猫ちゃんっ」
丸っこい追手が、ぴょいっとはね上がり……そして猫に飛びかかった!
「にゃあーッッ」
猫ちゃんの悲痛な叫び、俺は思わず怒鳴った。
「こらーッッ、そこ! 離さんかーいッッ」
俺は駆けつけてゆく、……かけこみざま、猫にのしかかっている丸っこいのを、ずばっと蹴り上げた。
『ほがッッ』
ころころっと転がって、そいつはまたたく間に立ち上がる。
丸っこい野良犬……だと、俺は思っていた。ちがった。
それは……それは、信じたくないのだけれど。
でっっっかい、きのこ。
マッシュルームみたいなやつ……と言うかマッシュルームそのものに、いかっぽい触手がいくつもいくつもくっついた、気ッ色悪いばけものだった!
「きっっもーッッッ」
俺がとり肌を立てた瞬間、マッシュルームはずばっと宙に飛んだ!
「うおっ、……逃げろ、はねこー!!」
無我夢中で俺は構えた、……腰を落として四股立ち、右手を引く!
「はーッッッ」
正面から飛び込んできたマッシュルームのかさ部分(で、いいの? 名称)に、正拳突きを叩き込んだ! この状況で他に何ができると言うのだ!
しかし実に珍妙なことに、こぶしがマッシュルームに触れたその瞬間、俺の右手全体がぼわっと白く光った。ふしゅーっ!なんかけむりみたいなのも出ている、はあ!?
『ふがーッッッ、きぃあぁぁぁ』
恐ろしい金切り声を上げて、きのこは粉みじんに破裂した。分厚いかさが無数の破片になってはじけ、後方に向かってべしゃべしゃと飛び散り落ちる!
「え、ええええっ!?」
やっつけた俺の方がびっくり仰天だ、どうなってんのッ!?
目をばちばちさせながら、右手を見る。さっきの光は消えてしまって、もう何ともない。いつも通りの、俺の右こぶし。
「き、気持ち悪ーい……。どうしよう! これ、狂犬病とか破傷風とか、心配しないといけないやつー!?」
破裂したきのこの残骸を前におろおろしていると、すねのあたりにふわっと感触があった。追われていたみかん猫!
「あ! はねこ……じゃ、なかった。大丈夫、けがしてない?」
しゃがみこんで、さっと体を見回してみる。
「……平気そうだね。よかったね!」
小学生の時からうちにいた、みかん色の女の子にそっくりだったから、さっきはついその名前を呼んでしまった。はねこは、俺が実家を出る少し前に、天国へ行ったんだっけ。……でも、本当に似ている。
逃げずにそこに座っている、みかん猫の頭横に、俺はそうーっと右手をのばした。あ、なでさせてくれた!
「美人さんだね!」
俺は笑った。猫も笑った。
「その、はねこさんというひとも。きれいな方でしたの?」
……。ひゅうー……。
すてきな涼風が、吹いた。
「助けてくだすって、どうもありがとうございました」
俺の目はふたつの点となり、開け放した口は四角形となった。
「すごい……。アソボ君の先をゆく、AI搭載のスーパー猫ちゃんロボか。どこ製なのだろう」
「わたしは、羽仁」
妙齢女性のすてきな声で、猫ちゃんは続ける。
「ハニーちゃんですか! よろしくねッ」
「あなたのお名前は?」
「あ、俺、無花生隼流といいます。神奈川県から来ました」
県外では……いや県内でも知名度の低い、高座郡とまでは言わなかった。他県猫ちゃんが知っているわけない、海に面していない湘南地域なんてな、フフフ……。
「はやるさん。どうかわたしと一緒に、来て下さい」
しゃべる猫ちゃんは、なまめかしい緑のお目々で俺を見上げた。
「行くよ。どこでも行くよ、連れて行って」
「こっちよ」
猫ちゃんは、すたすた歩いて道の方へゆく。俺はぼうっとして、その後ろに続いた。
――すっごい……俺、猫ちゃんとしゃべってるッ。AIなんだろうけどファンタジーだ、まちがいなくファンタジージャンルだよな、これはッ!?
ハニーちゃんがふいと立ち止まり、俺を見る。
「……伝説が、よみがえったんだわ!」