12.新たなる伝説が生まれる
「はやる様ーッ!! 逃げて、逃げて下されぇッッ」
「勇者さまーッッ!!」
「お願いはやるさん! 逃げて、逃げてちょうだい! しっかりしてッ」
ハニーちゃんを片手に捕らえ、そしてもう片方の手で俺のあごをつかみ上げるしいたけ怪人が、目と鼻の先に迫っていた。かさフリスビーを再装着している、まさにしいたけだ。
「……気に入って、たんだぞ」
『ム?』
「俺の、伊達めがねーッッッ!! 壊れてたらどうしてくれんだ、ばかぁーっっっ」
ぼすーッッッ!!
ありったけの力をこめて、最至近距離からの・中段正拳突き!!
光るこぶしが白い湯けむりを吐きながら、しいたけのどてっ腹(……軸か)に、穴をあけた。
『ナ……ナ……何ダト、ソンナマサカ……!』
しいたけは震えた。顔がないから表情はわからないが、恐れおののいた声でぶるぶる呟く。
『クウゥ! コノママ消エル私デハナイ……! 勇者、キサマモ道連レダ……我ラガ邪神獣エリン鬼ニ、永遠ノ復活ヲ……! クラエ、自爆ダシィーッッ』
とっさに俺は、しいたけが片手につかんでいたハニーちゃんをひったくり、胸の中に抱きこんだ。
ぶ・しゃああああー!!
視界が茶色に、染まる。
・ ・ ・ ・ ・
「はやるさん。はやるさん、はやるさん……」
「ああ……何ということだ、勇者さま! Sir.ターケの体液、毒だしを浴びてしまわれるなんて」
「者ども! 早う、手巾を熱泉にひたしてくるのだ! できる限りふきとれば、命をとりとめるかもしれぬ!」
「はッ、殿!」
「お願いよ、はやるさん……目を開けてちょうだい」
「羽仁……」
「……玄道。俺たちも、蓮の葉っぱに水を汲んで来ようよ」
「そうだの、八偉。私もゆく……」
「はやるさん。せっかく魔人侯Sir.ターケを倒したのに……あなたは、ヴェップを救ってくれたのに! 死んでしまうなんて、あんまりだわ」
ぺろッ。
「羽仁はあなたが、大好きなのよ」
「ほんとかい」
「本当よ、 ……っって、ふわー!?」
俺はよろよろろ、と肘をついて上体を起こした。
「いや、ごめん……。しいたけのやつ、爆発寸前にかさで頭突きしてきたもんだからさ。ちょっとちかちかしちゃってて」
「……! 毒で死んじゃったのかと、思ったわ!」
「はやるは死にません。女の子のキスとジュテームで、なんぼでも復活します……って、あ、あ~……泣かないで、ね……。ごめんよ、怖がらせちゃったねぇ」
背中側に“毒”をかぶったダウンジャケットを脱いで、みかん猫を抱きしめた。なでる。
「毒っていっても、だしでしょ? これ。大丈夫だよ」
――ん……? いや待て、そう言えば加熱不十分な生しいたけは、アレルギーを引き起こすこともあると、聞いたことが……。
思い出したとたん、首すじあたりがチクチクしてくる。
「さっさと洗い流すにこしたことないね。あのー、もう温泉行ってもいいですかぁー?」
ハニーちゃんを抱いたまま振り返ると、勢ぞろいしたおじさん達が手ぬぐいを握りしめて、泣き笑いの顔でこっちを見ている。
「はやる様……!!」
嬉しさのにじむ塩から声で、ハニーパパが俺の名をよぶ。
・ ・ ・ ・ ・
お城に戻る頃には、もう陽がとっぷり暮れていた。
レトロ街並みのそこかしこに揺れる、ぼんぼりの灯りが夕闇にあたたかく浮かんで、とんでもなく情緒的!
「勇者どの、本当にお疲れさまでした。城の温泉に、好きなだけつかって下され」
俺の横を歩くお殿さま、実にフレンドリーに言ってくれる。
「えっ! お城に温泉あるんですか、すごいッッ」
「その後は、もちろんお泊りいただきましょう。今宵は宴ですな、おいしいものを存分に食べていただかねば!」
「やったねぇ、ハニーちゃん!」
腕に抱えたみかん猫に、笑いかける。二泊三日の旅館予約はふいになってしまったけど、それを上回るおもてなしを受けられる予感がする……!
「で、そのうー。儂の娘の、常緑姫ですが……」
「はい?」
「先代勇者のヒロミチ様に倣い、よろしければあなたにと思いましたが……」
お殿さまは俺の顔を、そのちょっと下をじっと見ると、立派なおヒゲをふさふさ揺らしてにこっと笑った。
「??」
「いえ、何でもありません。やぼは言わないでおきましょう。ははは」
無数のかがり火が焚かれまくって、昼間みたいに明るいねこ城へと、俺たちは入ってゆく。
ふと海の方、暗い空にきらきら輝く姿が見えた。
「うおー、別府タワーがライトアップされてるぅ! きれいだなぁ」
「……? あれはやぐらですぞー? 勇者どの」
門をくぐると、大量の猫ちゃんと武将コスプレイヤー達が、前庭に集結していた。
「勇者さまが、魔人侯Sir.ターケを倒したー!」
「わぁー!!」
大歓声である!
「さあさあ、皆さま。どうぞこちらへ」
にこやか武将に案内されてやって来たのは、広い廊下の突き当り。
「おおーう!! ついにとうとう、来たぁッ。浴場だぁッ」
「……また後でね。はやるさん」
「あ、はいはい。ハニーちゃんも、お湯につかるの?」
こくんとうなづくと、ととと……。しいたけフリスビーを喰らった時に挫いたという、後ろ脚を少し引きずりながら、ハニーちゃんは赤いのれんの内側へ行ってしまった。
「はやる様、我々はこっちですぞ」
ハニーパパも、足を引きずりながら青のれんの方へ入ってゆく。
「あ、俺、だしまみれなんで着替えたいんですよー。預けておいたバックパックは……」
「大丈夫だよ、ここはゆかたが借りられるんだ」
「そうなの? クロ君。て言うか、君らも入るの?」
あんどんのたくさん置かれた脱衣所、かごの中に服とめがねを押し込んで、引き戸を開ける。もわっと湯けむりが全身にぶつかった!
「えーと、シャワーはどこ? ちょっと暗いねえ」
猫ガイズがにゃんにゃん案内と指導をしてくれて、俺は専用湯槽から木桶でお湯を汲み、体を流し洗う。
「登仁様、お背中流しますよ」
「かたじけない」
武将コスプレを脱いだ裸のおじさんが、ハニーパパの背中にちょろちょろひしゃくでお湯を流している。にしても武将陣、やたら毛深い裸だ。
「はやる様、お風呂いきましょう」
ハチ君クロ君が楽しそうに言う。
「いこう、いこう♪ ……おおー!! なに、露天なわけ~!?」




