異世界と言えば魔法アイテム
メィサが大地から身を投げる前、波止場に着いた俺たちは少し風に当たりながら歩いていた。
「シキリモエオルヘコッメヲニヒ」
何を言っているのかまったくわからなかったが、メィサが俺に向かって小さなバッグを差し出して言っていたことから、俺にそれをプレゼントしてくれるのだとわかった。
「キメメスエ」
そう言ってメィサは片足で車椅子から飛び降りると、軽々とテトラポットの上に着地した。とても片足とは思えない身のこなしである。
続いてメィサは手に持った小さなクラッチ風のバッグを開いて、その口をテトラポットに当てた。すると驚くべきことにたちまちテトラポットはその小さなバッグの中に吸い込まれて消えてしまったのだ。
「マジック・バッグ……いや、マジック・クラッチってところかな」
もちろん俺の言葉も伝わってはいないだろうが、俺がその用途を理解したと伝わったのだろう、メィサは満足げに微笑んだ。
それからメィサは手頃な石をクラッチに入れ、取り出した。出し入れ自由と言う訳だ。
「でも、テトラポットなんか重くて出せないぞ?」
そんな俺の疑問に答えるようにメィサはクラッチの口を開いてポンポンと二度ほど軽く叩いた。するとテトラポットはクラッチから吐き出されるように飛び出し、元あった辺りにゴロリと転がった。
「ヒテーギムエザ、ロエダコヂベユ」
「まったくわからんが、わかった」
メィサはそのあと、一緒に差し出したペンダントでも同じことを繰り返して見せた。
俺は察してしまった。
マジック・バッグのような類を複数所有している意味はなんだろうかと。
しかもメィサは男で、そのペンダントは明らかに女性用のものだった。
そしてそれを、両方とも俺に差し出すというのはどういう意味なのかと。
その後、一度車椅子に飛び乗ったメィサはクラッチから紙とペンを取り出し、何かを書き始めた。当然俺にはなんと書いてあるのかはわからない。
ずいぶんと熱心に、何か大事なものを込めるように、何枚かの紙に一生懸命に文字を書き連ね、それを俺に見せたのち、再びクラッチにしまった。
そして、それをペンダントとともに俺に差し出したのだ。
とても断れる雰囲気ではなかった。
彼の目は、すでに何か重大な覚悟を決めたようであったから。
俺はそれを受け取ると、彼を正面から見据えて深く頷いた。
俺は、これから彼が何をするのか、察していたのだ。
そしてそれを止めることができなかった。
メィサは俺にスマホを取り出すように身振りで言い、操作をさせた。
彼の見舞いのなかで、日本の文化や技術を示す物として何度か触れさせていたのだ。そしてそのなかであった音声を録音できるアプリを開き、とても穏やかな声と表情でこんなふうに言った。
「ワタシワ、ジブンデ、シニマス。ハルト、トテモ、イイヒト、ワルクナイ」
俺がハッとしたとき、彼の身体はもう、大地を離れてしまっていた。
俺は今日まで、これほどまでに命の意味を考えたことはなかった。