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雪ときどきミサイル、全国的に異世界転移


 雪とともにミサイルが降ってきて日本は消えた。


 いざ大学受験の当日にそんなことを言えば、諦めたか拗らせたかと思われるだろう。


 その日、街の景色はとても静かだった。


 夜が明ける前に降り始めた雪は、街灯の灯りを反射して、まるで銀の粉を振りかけたような美しい景色を生み出していた。


 歩道や車両は雪の結晶で覆われ、建物の屋根や樹木は白い毛布に包まれているようだった。街の中心では、歩行者が静かに歩み、小さな足跡が雪の上に印を残していく。


 喧騒とは無縁の穏やかで幻想的な雰囲気が漂っていた。人々は暖かいコートに身を包み、手には温かい飲み物を握りしめながら、寒さにも負けずに街を歩いている。


 高層ビルの窓ガラスには雪が積もり、都会の喧騒を静寂な冬の世界に変えていた。遠くから聞こえてくる車のタイヤ音や歩行者の足音が、静かな雪景色に優しく調和している。


 ホテルから覗く東京の街は、冷たい冬の空気に包まれながらも、雪の精霊が舞い踊るような美しい姿を見せてくれていた。


 そんななか、俺は腹の底まで大きく息を吸い込んで、また大きく吐き出した。


 俺、遥斗(はると)は医大を受験するため、昨日から東京まで出て来ていた。


 空は薄暗いのに、純白の世界が反射して窓から差し込む光だけが照明もつけていない部屋を仄かに照らし出す。


 雪の日にだけ味わえるこの不思議な明度、嫌いじゃない。


 受験当日の降雪なんて道のりを大変にするだけなのに、カーテンを開けてそんなことを思えるのは今日までの努力の結果だろう。


 出発の時刻まではのんびりと時間を潰し、簡単な身支度を済ませて部屋を出る。


 と、そこで同郷から一緒に出て来た幼なじみの灯里(あかり)と顔を合わせることになった。


「おはよう遥斗くん。昨日は良く眠れた?」


 あどけなく笑って揺れるショートカットの黒髪からは淡い香りが漂っていた。髪色とは対照的に透明な肌には清潔感が溢れ、大きな瞳は期待に輝いている。笑顔が顔全体を明るく照らし、自信に満ちた様子で片手を上げて挨拶をした。まるで受験当日であることを忘れさせるような軽やかな雰囲気だ。


 そんな調子でも、灯里は俺と同じく医大を志す受験生である。


「ああ、灯里は?」


 俺はいつもどおり気さくに答える。


「私もバッチリ! でも、受験当日に雪だなんて、私たちもツイてないね〜」


「そうか? 俺はミサイル以外ならなんでもいいけどな」


「何それ変なの」


 俺と灯里はともに余裕の表情で笑い合って受験会場まで足を向けた。


 幸い靴底の高さ程度にしか積もっていない雪は歩くのになんら支障なく、俺たちは何ごともなく駅から電車に乗る。


「ふたりとも、受かるといいね」


「別に落ちたって大したことないだろ」


「ま〜たそんなこと言って〜」


 そんなふうに灯里は俺を肘で突いてくるが、俺は本当に受験に失敗しても、それは俺自身の人生にそう大きな影響を与えないものだと、どこか俯瞰して見ているところがあった。


 別に俺は、医師になりたかったわけではない。


 昔からほんの少し人よりも要領が良かったから、なんとなく評価される職に就こうとしただけだ。


 ご近所さんでもある灯里の両親がともに医師であったことも多少は影響しているだろう。


「ん? なぁに? 私の顔に何かついてる?」


「いや別に。このままなんの苦労もなく医師になって、灯里と結婚して、イージーモードの人生もつまらなそうだなと思って」


「うわ。もう受かった気になってもうてますよ、この人は」


「いや、順当なら受かるだろうよ」


 この国のカーストは実にわかりやすいピラミッドだ。


 本来は単純に優劣をつけにくいはずの人間の能力を同じ基準で測るために勉学をさせている。


 進学も、就職も、大抵はそのピラミッドを横にスライドさせて構成されていく。


 頂点にいる者から順に次のピラミッドの立ち位置を決めていく制度なら、俺は誰よりも早く望んだ地位を得られる訳だ。


 ただ、そこまでしてほしいものがあるかと言われればそれもなく、目立たず、ただ人並みの生活ができれば俺はそれで良かった。


 そしてそれを実現するために必要な最低限の能力ならすでに俺には備わっている。無理をせずともどこか適当な公務員にでもなれればそれでいいのだ。


 なまじ人より優秀であったぶん、人生への飽きは人より早くやってきた。


「じゃあ私が祈ってあげる。遥斗くんの頭上にミサイルが落ちて来ますように、って」


「ははは。むしろそのほうが俺の人生に彩りをもたらしそうだ」


 口は災いの元、とは昔から言われておりまして。


 平和な国の、平和な朝の他愛のない会話の途中であったのだが、それは唐突にやってきた。


 突然、電車内に聞き慣れないアラートが鳴り響いたのだ。


 乗客のスマホが一斉に告げる不穏な警告。


 大地震の予報でときたま聞くようになった、妙に不安を煽るあのアラートだ。


「ほらみろ、灯里が変なことを言うからだぞ」


「え〜? 私のせいじゃないよ〜」


 俺たちはそんなふうに危機感もなく、まるで他人事のようにスマホを手に取った。


「なになに? わ、遥斗くん大変! またあの国がミサイルを発射したって」


「どうせまた近海に落下とかのオチだろ」


「でも至急頑丈な建物などに避難するようにって書いてあるけど?」


「ま、念のためだな」


 俺は特に気にしたふうもなく、興味もないのでスマホをポケットにしまった。


「もしかしたら、窓からミサイル見えるかもな〜」


 そんなふうに俺がボヤいたとき、灯里がまた俺を小さく小突いてきた。


 不謹慎だったろうか。


 笑って謝ろうと灯里を見れば、彼女は青くなった顔で窓の外を見ていた。


「おいおい灯里。そんなふうにしたって俺が引っ掛けるわけが……」


 そこで俺は絶句した。


 電車の窓から見える空の風景に、見慣れぬ物体が映っていたからだ。


 飛行機か? いや違う。なんだあれは。


 それは考える間もない一瞬の出来事だった。


 その日、雪とともにミサイルが降ってきて、日本は消えた。


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