これからどうしよ?
俺と灯里は一旦落ち着いたあと、未だ動けないままのレアを人目から遠ざけるよう、ドラゴン親子のねぐらまで山道を戻った。
俺の予想どおり、契約によって俺が得た力はとんでもなく強力なもので、レアの巨体すら軽々と持ち上げ、急斜面の山道をも飛び跳ねるように駆け上がれてしまったのだった。
そして今、俺はレアをねぐらに寝かせ、灯里やロカと首を傾けていた。
「さて、予想外の展開になったもんだな」
それ以外に言いようがない。
起きた事象になかなか頭が対応してこない。
まず、日本が滅びて異世界の空に浮いていた。
そして優秀な人間だけが地上のエルミリア帝国に降り、それ以外は棄民として飛竜のクソにでもなれとのお話だ。
灯里も両親と一緒に地上に降りる側の人間で、棄民の俺とは一度別れたはずだった。
だが灯里の両親は地上に降りる前にドラゴンの戦いに巻き込まれ命を落とし、灯里自身も子ドラゴンのエサとして捕まってしまう。
俺は親ドラゴンとの死闘の果てになんとか灯里を助け出すが、そこでなぜか打ち倒したはずのドラゴン親子と共生していくことになる。
冷静に考えてみれば灯里にとってそのドラゴンは両親の死に関わった存在だ。
そして自分自身をエサとして扱おうとした存在でもあり、当然灯里もそのことをわかっている。
にも関わらず灯里はそれを生きているから必死だったとサラッと流してしまった。
もちろん裏では傷んだ心に耐え切れず、先ほどは存分に俺の腕の中で泣いた。
でも、それだけで済ませられるような出来事だったろうか。
それとも、それ以上泣くことを許してくれないのがこの異世界の試練なのか。
落ち着こうが混乱してようが、事態は未来に向かって混沌としていく。
当たり前だ。
日本が丸ごと転移してしまったのだ。混乱や事件がこれで収まるとは思えない。
むしろ、波が海の深いところからゆっくりと重く揺れ動いて来るように、本当に大変な事態はこれからやって来るのだろう。
それを思えばそのドラゴン親子とどんな思いが交差しようとも、俺はそれを駆っていかなければならない。
灯里を守るためのドラゴンライダーとして。
「これからどうしよ?」
灯里がぼんやりと言う。
「しばらくレアの回復を待って、地上におりてみるのはどうだろうか。転送ゲートを使わなくても、レアたちに乗っかれば俺たちも地上へ降りることができるはずだ」
俺が提案するとその横から声が聞こえる。
「でも地上の国は恐いよ? ボクたちも必死に逃げて来たんだ」
「飛竜と契約した騎士で構成される騎士隊には魔法を使いこなす者たちもおり、群れをなされるとなかなかの脅威となりえますから」
「ごめんねママ。ボクをかばったりしなければママが負けるはずなんかなかったのに……」
「何を言っているのロカチム。あなたは私の大切な宝物なんですもの。命を賭けてでも守るのは当然のことなのよ?」
誰と誰の言葉かおわかりいただけたであろうか。
勘違いしてほしくはないのだが、これは決して俺の妄想などではない。
本当にドラゴンの言葉がわかるようになってしまったのだ。
「そもそもお前たちが狙われた理由ってなんなんだ?」
「間違いなく、この子との契約を狙ってのことでしょうね」
「どうしてロカちゃんが狙われるの?」
「未だかつてドラゴンと契約できた人間はいないため、幼いドラゴンであればと考えたのでしょう……もちろんロカチムとて飛竜とは比較にならない力を持っています。しかし、大群を相手にするとなると……」
「なるほど、強大な力を手に入れようとしてのことだったんだな……しかしそうなると、また攻めて来るんじゃないのか?」
「そうかも知れません……」
レアは残念そうにうなだれた。
「どうしよう遥斗くん。レアさん、こんな状態じゃ戦えないよ……」
「あぁ……俺も事情を知らなかったとは言え、悪いことをしたな」
影を落とす俺たちの前にロカが明るく翼を広げて躍り出た。
「でも大丈夫! 元気になったボクが戦うよ! 今度はボクがママを守るんだ!」
「でもお前、大群が来たらヤバいんだろ?」
「それは……でもきっと大丈夫。もしも灯里ちゃんがボクに力を貸してくれるなら……」
「わ、私? それはどうして?」
「灯里ちゃんは今、ボクと力を共有しているから魔力も持ってる。だから練習をすれば魔法だって使えるし、力だって強くなるはずなんだ」
「わ、私が魔法!?」
「ちょっと待てロカ。その理屈で言えば俺も戦えるよな? ケガしたレアは寝たままでも、力を共有する俺がその力を行使すれば……」
「それはそうだけど……」
「何か問題があるのか?」
「ううん? ただ、ママの大きな力を人間の遥斗ちゃんが使いこなせるのかなぁって思ってさ」
心なしかロカの俺への当たりがおかしい。どうせレアを痛めつけたことに対する当てつけなのだろうが、ちゃん付けが妙にカンに触るものである。
「なめるなよ。そう言うならやって見せてやるよ。俺にも魔法を教えてくれるんだろ?」
「やだも〜ん。ボクは灯里ちゃんと練習するんだも〜ん」
「ムカ。てめ、人がせっかく協力してやろうってのに!」
俺が迫るとロカのヤツはこれ見よがしに灯里の後ろに隠れやがる。
「まぁまぁ遥斗くん。仲良くしようよ。私たち、仲間……か、家族みたいなものなんだからさ」
灯里の言うことはもっともなのだが、その後ろで得意げな顔を向けてくるロカが妙にムカつくのだ。
そんな様子を見て、レアは微笑ましそうに笑い声を漏らす。
「ふふふ。では、遥斗には私が魔法の使い方を教えましょう。ですが、今日は少しだけ疲れてしまいました」
「そうだな、じゃあ魔法の練習はまた明日からにでもするか」
「今日のところはここで一度お別れだね、ロカちゃん」
「えぇ〜!? どうして〜? ボク、灯里ちゃんと一緒がいいっ!」
俺たちが切り出すと、ロカが残念そうな顔で灯里の服を摘んでせがむ。
「何言ってるんだロカ。お前を街中に連れて行ける訳ないだろ……それにここから動けないレアを誰が守るんだ?」
「それは……もちろんボクだよ!」
そう胸を張って言い切ったあとにまた少し淋しげにするロカの頭を灯里は軽く撫でた。
「大丈夫。また明日、ちゃんとここまで来るよ、ロカちゃん」
「うん……約束だよ! 絶対だよ!」
「うん絶対。私はまだ挫いた足が痛いけど、強くなった遥斗くんがお姫様抱っこでピョンピョ〜ンって山を登って来てくれるから!」
「げ、そこ俺かよ?」
「そ〜だよ〜? わ、私にプロポーズしたんだから、それくらいはしてもらいたいなぁ〜」
そう照れて嘯く灯里も可愛らしい。
「しょうがないな」
俺は言われたとおり灯里をお姫様抱っこする。
ドラゴンの力を得た俺にしてみれば、いや、ドラゴンの力なんかなくたって軽い軽い。
「わわっ! や、やっぱり思ったより恥ずかしくなってもうてます!」
そう言って灯里は真っ赤になってジタバタするが、俺はそれを許さない。
「それじゃ、レア、ロカ、また明日!」
俺はドラゴン親子に軽く言って、灯里を抱っこしたまま斜面から高く飛び上がる。
「わわっ! お、落ちる〜! 落ちてもうてます〜!」
そう言って抱きついて来ると思ってわざと高く飛び上がったのだ。
大丈夫。これくらいの衝撃など、今の俺たちからすればなんの問題もない。
そうやって俺たちは普通の人間としてはありえない速さで街まで戻ったのであった。
その日、ひとりにはしておけないとの思いから俺は灯里の家に泊まった。
あれから灯里はまた今日起こったことを思い出して少し泣いたりもしたけれど、すぐにまた気丈な彼女へと戻った。
その表情からは泣いてばかりはいられない。この異世界で生きていくんだとの強い意志と覚悟を感じる。
俺はその横顔を見ながら、これからは俺が灯里を守っていくんだと強く決意した。
そう思うと、灯里とともに大学受験に上京した日が遠い過去のようにも感じる。
あのときは自分が望んだ職業に就けない未来だなんて想像もしていなかった。
だが、それでも今、俺はまったく悲観などしていない。
あの日から俺たちを取り囲む環境はガラリと変わってしまったが、あの日には自分でも気づいていなかった、俺が本当になりたかったものになれたのだから。
灯里の隣にいること。
受験の日に言った、つまらなくてイージーモードの人生はもう送れそうにもないが、それはそれで構わないと思えるように、俺もまたこの異世界で変化をしている気がしていた。
次の日、灯里を連れてドラゴン親子のねぐらまで向かうと、そわそわした様子のロカが右往左往していたが、俺たちの姿を見つけるなり花開いたような顔で飛びついてきた。
「あ〜っ! 灯里ちゃ〜ん!」
俺は何かを察してポイっと灯里を放り投げてやったが、案の定、灯里はロカに顔面を舐め回されていた。
「ロカちゃん、やめてやめて〜。もうベトベトになってもうてます〜!」
戯れ合う二人を放って俺はレアの元に向かう。
「遥斗、いけませんよ? パートナーをあんなふうに雑に扱うなど」
「すまん、つい……」
「それでは、いつか自分が同じ目に合わされても文句は言えませんよね?」
「ん? どういうこと?」
「実は、共有されたあなたの知識を学ばせていただいていたのですが」
「何かわかったのか?」
「ええ……とても深い意味を感じる文字をいくつか見つけたりもしましたよ」
「な、なんだ……?」
「例えば……夫という文字を逆さまにすると、そちらの国のお金のマークになりますとか」
するとそれに便乗するように灯里がロカを引きずって割って入ってくる。
「あ、知ってるそれ。お母さんがお父さんに言ってたから! 夫を吊るして¥マーク!」
う、うそだろ? あの優しいおばさんがそんなこと……?
「そしたらね、お父さんもこんなふうに返してた。なら僕は土の下から支えて『幸』せにすればいいのかな? って」
おじさんも余裕すぎでしょその返し。
って、灯里のヤツ、両親のことをそんなふうに話せるようになったのはいいよ?
いいけどさ……
たぶんこの流れは俺にとってよろしくない。
「でもま、日本円も異世界じゃ役に立たないだろうし、そういう文化もなくなるな?」
俺は多少の苦し紛れも含めて切り返すが。
「どうかなぁ。うちの家族はいつだってお父さんが尻に敷かれてもうてましたよ?」
「ま、まさか、灯里までそんなことを言いだすようにならないよな……?」
なぜか俺は将来に向けた一抹の不安を感じてしまうのであった。
「どうかなぁ。私、たぶんお母さんに似てくると思うんだよなぁ〜……」
「わぁ〜! そしたら遥斗ちゃんをいっぱい尻に敷いてあげようね、灯里ちゃん!」
「ふふふ。頑張りなさい、遥斗」
どうしてだろう。灯里たちの視線がちょっとだけ怖いと思う俺がいた。
「な、なんだよお前ら。俺をそんなふうに……」
もしかして俺、けっこうこの中で立場が弱い?
そんなふうに思うのに、なぜかそんなに悪い気もしていないのが不思議だ。
たとえそれが俺に対して多少の良からぬ思いを込めた笑みであったとしても、俺はそれを守ってやりたいと、悔しいが思わされてしまう。
俺たちは生きていく。
そのためには、まずは俺自身が強くならなくてはいけない。
そう思って多少の我慢をしながら、俺はそんなフザけた笑みを浮かべたこいつらの輪の中に飛び込んでいく。
それが、この厳しい異世界で生き抜いていくための最適解だと信じて。
うん。これから頑張ろう。
俺たちの本当の戦いはこれからだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
試行錯誤しながら10代男性一人称で始めてみましたが、どうもズレてる?
今作からは「重い背景は不要」「読者の年齢層とズレ」あたりを勝手に感じ取りました。
なので次は「軽め(少しおバカ展開)」「おっさん」あたりで考えてみようと思っています。
もし見当はずれなことを言っていたら誰か教えていただけると幸いです。